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ぐっと距離が縮まる

 「大丈夫だよ。歩けるよ」


 「無理は良くないよ。肩を貸すから寄りかかって」


 「僕も肩を貸すから。三人で行こう」


 「〈タロスィト〉君も〈アルフィト〉君も、ありがとう」


 〈フランィカ〉君を二人で支えながら、寮の方へ戻っていく。


 〈フランィカ〉君は、細くて軽い華奢な身体をしている。

 体重は四十キロ無いかも知れないぐらいだ。


 先頭のガタイが良いやつみたいに、汗が強烈な腐臭汁では無いのが有難い。

 汗も少し女の子っぽく感じるのは、見た目からの先入観が影響していると思う。

 汗は見た目が百%ということか。


 寮の食堂で水を貰おうと入ると、武体服を着た一学年の学舎生が椅子に座って体調を回復させている。


 数人づつのグループに別れて、計十人にはなりそうだ。

 水を飲んで一息ついているが、皆、結構消耗している感じだ。

 武体術の授業が日課の最後になるのもうなづける。


 僕達も、おばちゃんに、水を貰って飲むことにする。


 〈アルフィト〉君は、

 「冷たい水が体中に染み渡ってくるぞ」

 と丸顔がますます丸顔になって、体調も問題無いようだ。


 領地貴族は、僕も含めて、体力を鍛える傾向があるのかも知れないな。


 〈フランィカ〉君は、

 「ケホ、ほんとだ。冷たい水で生き返るよ」

 両手でコップを持ってちびちび水を飲んでいる。


 こちらは、もう少し回復にかかりそうだ。

 今まで、激しい運動をあまりしてこなかったんじゃないのかな。


 「水がこんなに美味しいのは久しぶりだよ」

 と僕も、二人に調子を合わせるけど、朝稽古の後にも飲んだから、それほど久しぶりでも無いんだな。


 「〈タロスィト〉君は、凄いな。全く疲れている様子が無い。

 さっきの持久走なんて余裕で一番だったね。

 ひ弱な僕とは大違いだ。羨ましいよ」


 「そんなに凄くはないよ。買い被りだよ」


 「俺も、田舎の領地貴族なので、少しは鍛えられたが、〈タロスィト〉君は段違に鍛えられている。勲章を貰って昇爵したのは必然だったんだな。尊敬するよ」


 勲章と昇爵の話は結構広まっているんだな。

 謙遜し過ぎるのも嫌らしいし、威張っても仕方が無いし、返しが難しいな。

 でも、ランニングで尊敬されるのは、いくらなんでも違うんじゃないの。


 「ハハハ、ハァー。

 そうだ。知り合いになったんだから、名前は短く呼び合うようにしようよ」


 「うん。俺もそれが良いな」


 「僕もそうしたいな。ぐっと距離が縮まるからね」


 「じゃ、〈フラン〉も落ち着いたようだから、シャワーを浴びようぜ。汗が気持ち悪いよ」


 三人でシャワー室に向かうと、丁度三人分ブースが開いていた。

 汗が流せたのでさっぱりして気持ちが良い。

 着替えと手拭きを持ってくれば、良かったが、まあ仕方がない。

 濡れたまま武体服を着て部屋に帰り、直ぐに洗濯請負人に出そう。


 〈フラン〉と〈アル〉にまた夕食の時にと、言い残して僕は部屋に帰った。


 部屋に帰ってしばらくすると、〈リク〉が来たので、一緒に《黒鷲》の門を出る。

 門の外で、〈カリナ〉と待ち合わせをしていたんだ。


 「ご領主様、お久ぶりでございます。お元気そうで何よりです」

 そんなに、時間は経っていないけどな。


 「〈カリナ〉も元気そうで良かったよ。ところで、店員は良い人がいた」


 「ええ、甲乙つけがたい子がいたので、勝手ながら二人雇いました。

 一人は接客経験もある即戦力な子です。性格もしっかりしています。

 もう一人は私塾の《王国緑農学苑》を卒業したばかりの子なので、接客は素人ですが、《緑農学苑》の勉学を生かしたいという熱意に期待しています」


 果物店の売り子に、果たして農業の知識がいるのかな。

 単純に愛想が良い方が役に立ちそうだが、任せたと言ったし、興味も少ない。


 もう、僕の興味は違う方に向いている。


 「そうか、それは良かった。それじゃ行こうか。鍵は借りられた」


 「ええ、鍵はここに持っています」


 三人で、前に見た学舎町の奥にある三階建ての閉店している店舗に向かった。


 この店舗を買って、新たに商売を始めようという算段である。

 やっていることがもう商売人だが、隠された重要な意図は別にある。


 三階建てであることが肝だ。

 肝は、ねっとりと濃厚で、舌触りも良く、うまみがあると言うことだ。グヘヘヘ。


 店舗の鍵を開けて、中へ入ると舞い上がった埃が、窓から差し込んだ夕日で光っている。

 かなりの期間空店舗となっていたようだ。


 「ここは何の店だったんだろう」


 「そうですね。厨房がありますから料理店だったと思います」


 「このままの状態で、茶店をしようと思っているけど、どう思う」


 「お店自体は壊れてもいませんし、掃除をすればお店は開けると思います。

 ですが、この殆ど汚れていない状態が逆に気になります。

 これは、お客が少なすぎて、あまり煙も出なかったし、脂も飛ばなかったのだと思います。

 はっきり言いますと黒字を出すのは難しいです」


 赤字経営を長年続けてきた家の妹の言葉は、重いと言えるが、信用も出来ない。

 結局、打開することが出来なかったのだからな。

 ただ、今回は少し位の赤字は覚悟している。

 真の目的のためなら、やむを得ない。野獣遥かなりだ。


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