〈華咲服店〉
大きなお腹をさすりながら、食後のお茶を飲んでいると、
「あっ、〈クルス〉ちゃん、一つ大事なことを忘れていたわ。
直ぐに制服を作らないと、入学式に間に合わないと大変だから、明日お店に行きましょう」
「〈アコ〉ちゃん、分かりました。私は良く知らないのでお願いします」
「私のも作って貰ったお店なの。縫製の腕は確かよ」
ほー、制服か。すごく良いじゃないか。色々、楽しみが膨らむな。
「〈タロ〉様も、同じお店であつらえたのですか」
「えっ、僕の制服」
「〈タロ〉様、まさか作ってないのですか」
「男子もいるの」
「〈タロ〉様も、明日一緒に行きますよ。分かりましたか」
「はい」
「良いお返事です」
何かバカにされた気がするが、まさか気のせいだろう。
〈アコ〉の案内で、オーダーメイド専門の服屋に向かった。
大通りに面した大きな店で、大理石で作られた玄関が、見るからに高級店だ。
〈アコ〉が先に入って、制服の誂えを頼んだけど、注文が一杯で無理ですと、すげなく断られた。
他の店も数件回ったが、どの店も、間が悪いことに、もう一日早ければと謝られてしまった。
〈アコ〉は、昨日のお姉さん風が、どこか遠くへ吹き飛んで、しょんぼりしている。
〈クルス〉も、学舎での第一歩が悲惨なものになるかと、心配なんだろう。
陰気な顔になって、全く喋らない。
こうなれば、我が商店街に頼ろう。
たしか、服屋らしいのを見た覚えがある。
〈カリナ〉に聞いたら、やっぱり服屋はあるとのことだ。
縫製の腕は悪くは無いが、あまり流行っていないらしい。
でも、今は急いでいるので、反って好都合ともいえる。
その服屋は、〈細密宝貴石細工店〉とは、逆方向の通りの端にあった。
小さな古びた看板には〈華咲服店〉と書いてある。
華咲か。ずいぶんと少女趣味の名前だな。
店を入ると、年季が入って飴色になった、チェストというより、箪笥が壁面を覆っている。
引き出しの幅が大きいので、たぶん布地を入れてあるんだろう。
作業台の上には、作りかけの黒色の服と、大きな裁ち鋏や縫製道具が、乱雑に置かれている。
壁が一面箪笥なのは、最大限収納しようという、涙ぐましい工夫らしい。
それにしても狭い店で、空いている空間がもうあまりない。
僕と〈アコ〉と〈クルス〉が入ったら、もうすし詰め状態だ。
座る椅子は、元から一脚も置いてない。
肝心の店主は、作業台にうつ伏せになって、居眠りの最中だった。
ここで突っ立っていてもしょうがない。
近づいて大きな声で呼びかけてみた。
「寝てないで、起きて。制服を頼みたいんだ」
「アッ、クワッ、グゴ、ジュルジュル」と、
なにやら変な音を発しながら、店主が半身をパッと起こした。
小柄で灰色の髪を肩まで伸ばしている、二十歳前半位の女性だ。
眼鏡をかけていて、化粧っけも少なく、肌がパサパサしているように見える。
服屋なのに鼠色っぽい地味な服を着て、服のセンスがあるとは思えない。
眼鏡の跡が、くっきり顔についているぞ。
「ずー、ずみません。なにかありました」
涎をすすっているんじゃないか。
まだ、寝ぼけているようだが、「なにかありました」とは、客が来たことは無いのか。
これは、相当流行って無いな。
「制服をあつらえに来たんだ。急いでいるんだ」
「うちの店でですか」
うーん、ヤバイことを言ってるな。
「出来ないの」
「もちろん、出来ますが、しばらく制服の注文が無かったもので」
「注文ないの」
「皆さん、表通りの店に行かれます」
「そこで、忙しくて無理だって断られたんだ」
「なるほど」
「で、どうなの」
「はっ、はい。注文はすごく有難いです。喜んで作らさせて頂きます」
このまま頼んで良いのだろうか。
すごく疑問。
「それじゃ、《黒鷲》と《赤鳩》の制服を入学式までに作って欲しんだ」
「えっ、《黒鷲》ですか」
「出来ないの」
「《赤鳩》は昔ありましたが、《黒鷲》は初めてです。
でも制服は難しいものでは無いので大丈夫です」
心配だが、僕のはどうでもいいや。
〈クルス〉のが、ちゃんと出来れば問題ない。
「心配だけど頼むよ」
「《黒鷲》の制服を作れる機会は、うちではまずありません。
腕が高鳴ります。心配なさらないで、どんと任せてください。
それと、ひょっとしまして、《ラング》伯爵様でおられますか」
「そうだけど」
「凛々しいお顔でそうだと思いました。
〈カリナ〉さんを助けて下さって、蜜柑も頂きました。
制服まで注文して頂けるなんて、伯爵様は、人生の救世主さまです。
おありがとうございます」
頭を深々と下げて上げる気配がない。
どれだけ困っていたんだ。
突然お世辞を言い始めるし、具体的には言えないが、非常に心配だ。
でも、急いでいるんだ。
もう、選択肢が他にないんだ。
うん、何とか形になってれば良いんだ。
この後、〈クルス〉僕の順番で、店主に採寸された。
〈クルス〉が服を脱ぎかけても、僕が出て行かなかったので、〈アコ〉に店の外へ引っ張り出された。
急いでいるんだから、二人同時の方が時間の節約になるのに。




