〈在る〉と言われてもな
朝の鍛錬では、亡くなった兵士へ皆で黙祷を捧げてから、始めることになった。
兵士達はいつになく真剣に、鍛錬に取り組んでいたと思う。
お調子者の〈ハヅ〉さえ、黙々と剣を振るっていた。
「つい先日まで、ここで一緒に鍛錬を行っていた僚友が、残念なことに戦死をいたしました。とても悲しいことでありますが、軍では珍しいことではありません。少しでも悲しい事態を防ぐため、今の苦しい鍛錬があるのです。さあ、皆で乗り越えていきましょう」
〈ハパ先生〉の訓示は、僕の心へ深く染みとおっていくようだ。
「ご領主様、大きな声で号令を願います」
〈リク〉が珍しく僕に要求してきたな。
そう望まれたらのなら、僕は真摯に応えよう。
「鍛錬、はじめ」
僕は出来るだけ大きな声で、掛け声をかけたつもりだ。
〈リク〉がニッと笑ったので、そこそこの大きさだったんだろう。
引き締まった顔の兵士と共に、滝みたいな大量の汗をかくと、澱のように僕の底へ溜まっていたものが、皮膚から外へ噴き出して地面を濡らした。
ボタボタと垂れ落ちる汗と僕の後悔は、地面に意味をなさない図表を描き出している。
兵士の一人が、その図表を足でかき消して、僕に打ち込み稽古を願ってきた。
その兵士は、かき消したことに気づいてはいないけど、違うもっと大切なものに気づいているのだと思う。
溜まっていた執務をこなして、嫁達と夕食を食べる時には、僕も普通に会話が出来ていたと思う。
〈アコ〉の後宮に行くと、今日は〈クルス〉の後宮に行けと言われた。
あれー、日を間違えたらしい。
〈クルス〉の後宮に帰ると、〈クルス〉がニコニコとして出迎えてくれる。
「さあ、早く服を脱いでください」
「えぇー、いきなりなの」
僕は服を脱がされて、身体中を〈クルス〉に点検された。
「うーん、薬が塗られていますが、擦り傷が見られます。お薬を塗りますので、一度身体を洗いましょう」
僕は裸のままお風呂へ連行されて、裸になった〈クルス〉に洗われていると言うか、マッサージを受けている。
「旦那様は、とても気を張っておられたのですね。首筋が大変凝っていますよ」
〈クルス〉のマッサージを受けながら、僕は違和感を感じる。
背中にポタポタと水滴を感じるんだ。
湯気が天井で水滴となり、落ちてきているのか。
「〈クルス〉、水滴が…… 」
僕が後ろを向くと、赤い目をした〈クルス〉が一生懸命僕の首を揉んでいた。
「うぅ、旦那様、どうしました」
「〈クルス〉、泣いているのか」
「うぅ、感情が高ぶって押さえられないのです。旦那様を抱きしめても良いですか。この手と身体に、旦那様を感じたいのです」
僕は〈クルス〉に向き直り、〈クルス〉を正面からグッと抱きしめた。
〈クルス〉も僕の背に手を回し、強く抱きしめてくれる。
「あぁ、旦那様は私の腕の中に在るのですね」
〈在る〉と言われてもな。
僕はここにいるのだから、それは〈在る〉だろう。
無いって死んだことだろう。
〈クルス〉は難しいことを言うよ。
しばらく抱き合ったら、〈クルス〉は満足したようで、僕の身体を隅々(すみずみ)まで洗ってくれた。
そして僕の身体をタオルで拭いて、擦り傷や打ち身に薬を優しく塗ってくれる。
ただ変なのは、〈クルス〉も裸のままなんだ。
「うふふ、旦那様も私の身体に、この乳液を塗ってくださいね」
「これを塗れば良いんだな」
僕はお返しに、〈クルス〉のおっぱいやお尻を中心に、瓶の中に入っている乳液を手の平で塗ってあげた。
おっぱいやお尻が中心になったのは、〈クルス〉の身体に誘導されたためだ。
僕がおっぱいやお尻を、なかなか触らなかったんだろう、〈クルス〉が僕の手の方へ自分から寄せてきてくれたからだと思う。
〈クルス〉のおっぱいは、プニュプニュと僕の手で形を変えて、〈クルス〉のお尻は乳液で更にスベスベになっていく。
僕はその触り心地のせいなのか、とても眠たくなってしまう。
「うふふ、旦那様はもう目が引っ付きそうですね」
僕は〈クルス〉に、裸のままでベッドへ連れていかれた。
はぁ、〈クルス〉も裸のままだぞ。
〈クルス〉は裸のままで、僕を柔らかく抱きしめて、首筋を触ってくれている。
僕はそれが、とても気持ちが良くて、もう目を開けてはいられなくなった。
《アルアン》の町から、綿花を輸入出来ることになったので、木綿糸を作る工場を建設することを決めた。
工場と言っても、糸車を沢山並べて、一斉に人の手で紡ぐと言うだけの原始的なものだ。
だけどこれで《ラング領》にも、いよいよ工業製品的な物が誕生するんだ。
歴史的な快挙と言えるだろう。
ただ場所がな。
新町にはまだ空き地があるけど、今後の人口増を見越して残しておきたいんだ。
大きな工場のために、全てを埋めたくないんだよ。
空白があれほど怖かった、少し前から思うと、なんて贅沢な悩みだと感慨深いな。
それで、《ラング》の町と、入り江の間に細長い工場を造ることにした。
城壁を入り江へと続く道沿い建設して、その城壁を工場の壁として利用するって言う、二番煎じの案である。