〈アコ〉と呼んでおくれよ
少し早めだが、王都に行くことにする。
王都の店の進捗状況を確認するためと、〈アコ〉に逢うためだ。
入学後は、学校が全寮制のため、頻繁に逢うことは出来ないそうだ。
館を出発する時、〈クルス〉と〈サトミ〉と、僕の三人で、簡単な送別会をした。
送別会といっても、三人でお茶を飲み、取り留めの無い話をしただけだ。
この前みたいに、戦争に行くわけじゃ無く、〈クルス〉も直ぐに、試験で王都へ来ることになっている。
ただ、〈サトミ〉とは、長い間合えないので、
「学校が、お休みになったら帰ってきてくださいね。待ってます」
と少し淋しそうだった。
王都へは、護衛と付き人を兼ねて、〈ハヅ〉も一緒に行くことになった。
流石に、伯爵が単独行動はマズイっていうことだ。
子爵の得でも、ダメだったようだが。
入り江に着いたら、船長が出航の準備をしている最中だ。
「若領主様、もう直ぐ準備が整うから、少し待ってくれ」
ぼーっと待っていると、陸に引き上げてある押収した小型船が、目につく。
「船長、あの小型船。小型といってたけど、こうして見ると大きいな」
「「深遠の面影号」と比べれば、小型だが。
兵士を何人も載せて、戦をする用途に造られているんだぜ。
大きくなくっちゃ、話にならないってことさ」
「外洋にも行けるのかな」
「何といっても、戦船だ。頑丈に出来ているぜ。嵐じゃないなら、心配なしだ」
「船長、この入り江の漁師の顔役って知っている」
「知っているが、どうするつもりだ。関わりには、成りたくない御仁なんだ」
「ヘェー、船長が苦手な人か。話があるので、呼んでくれないか」
「命令なら仕方がねえが、深く係わるのはよした方がいいですぜ」
しばらく待っていると、漁師小屋から、顔役が現われた。
意外なことに、三十台後半くらいに見える女性だ。
アラフォーだ。
顔は潮に焼けて濃い小麦色で、キビキビした動作と抜け目なさそう顔をしているが、女性的な輪郭も、柔らかさもある。
黒髪は作業がしやすいように後ろで束ねて、洗いざらしの白いシャツに、踝までの真っ赤なサブリナパンツを履いている。
足先が赤い、狡猾で、焦げ茶色の雌狐という感じだ。
「ご領主様、あたいに何かご用事ですか」
「そうなんだ。あそこに大きめの船があるだろう。
あれで漁をする人が、いないかなと思っているんだ」
「あの戦船ですか。戦に使われるんじゃないんですか」
「使う予定が無いので、有効に使おうと思っているんだよ」
「そうですか。それなら、あたいと、弟達が使っても良いよ」
「弟がいるのか」
「そうだよ。四人いるよ。皆、一端の漁師だ。あたいが鍛えたからね」
「そうか。結構な鍛え方だったんだろうな」
「なに、五十回ほど、海の上で血反吐をはけば何とかなるもんですよ」
ひゃー、思ったとおり、怖い女性だ。船長の気持ちが分かってきた。
「あの船で、沖にある暗礁に行けば、魚が沢山獲れるんじゃないかと思っているんだよ」
「ふーん、成程。ヒュウゴ礁で漁をさせようって腹ですか」
「随分と沖にあるのに、名前が付いているんだね」
「とにかく大きな暗礁なんで、昔から名前だけは、伝わっているのさ。
でもさ、波が荒くて、あそこで漁をする命知らずはいないよ」
「あの船は、大きくて、戦用で頑丈だから、波が荒くても大丈夫じゃないかと踏んでいるんだ。
それと沖の暗礁は、巨大な独立峰になっているから、魚が沢山いるんだよ」
「ご領主様の言い分は解かった。
あたいの見立てでも、船は大きいし頑丈だ。
あたいは、この海を産湯代りに死に水もこの海の女だ。
ご領主様のお望みとあらば、度胸一番、おぼこのヒュウゴ礁を存分にこましてみせますよ」
なんだか、随分とテンションが上がっているな。
小さな漁船とは違うので、気を付けていれば滅多なことはないと思うし、女性が言うべき表現じゃないぞ。
でも、これを言うと、あたいにケチをつけるのかと、睨み殺されそうだから、止めておこう。
「船は四隻あるけど、一隻は予備に残しておいて、後は自由に使ってくれ。
それと、僕も魚が欲しいから、王都から帰ってきた時に、船の使用料として少し分けてくれよ」
「ご領主様に分けるぐらいは、造作もないよ。
使用賃がただとは、有難い。
ご領主様は太っ腹だね。気っぷが良くて惚れちゃうよ。
名乗るのが遅くなって悪かったが、あたいの名前は〈アコータ〉っていうんだよ。
この入り江の漁師二十人の取り纏めをしていて、〈ラング入り江〉の姉御が通り名なんだ。
ご領主様は、気安く〈アコ〉と呼んでおくれよ」
「それじゃ、姉御よろしく頼むよ」
「大船に乗ったつもりで安心してよ。
でも、ご領主様は連れないな、年の差なんて、海じゃ関係ないのに」
急に科を作ってきたけど、意図が分からなくて怖い。
船長の言う通り関わりは最小限にしよう。




