三人の許嫁
自称神獣と出会った翌日に、願ってもない情報が持たされた。
あの中年猫、本当に神獣かも知れない。
何と僕には、三人も許嫁が存在することが、判明いたしました。
拍手だ。スタンディングオベーションだ。田舎貴族といえども、貴族は貴族。許嫁がいたんだな。
許嫁という言葉の響きが、何とも良いね。庶民では味わえない、甘い蜜の響きがある。
三人もいるのは、確実に跡継ぎを残すためらしい。この子爵家は、親族が本当にいないからな。
これは何気に、勝ち組なのでは。欲望街道猪突猛進だ。猫直進だ。
許嫁の一人目は、近隣の伯爵家の正妻の娘で、名前を〈アコーセン・ハバ〉という。
同い年の一四歳の女の子で、この子が正妻に決まっている。
伯爵の正妻にはこの子しかいなくて、他には側室の子が三人いるようだ。
正妻の子供が、下位の子爵家に降嫁してくることは、あまりないらしい。
岩塩鉱山の経済力の賜物かも知れないな。
この世界の婚約者は親しくなるため、互いを訪問することになっていて、〈アコーセン〉ちゃんとは、結婚するまでに数回会う手筈となっている。
これは相性を確認し合うことと、性格や能力を把握するための制度のようだ。
貴族家の政治力学も相まって、一割程度は破談になることもあると聞いている。
今度会うのはもう少し先で、向こうからこちらに来てくれる。
本物の貴族のお嬢様と、会えるのが楽しみだ。
でも、醜態をさらして笑われないか、少し心配だな。
二人目は、岩塩の御用商人の娘で、これまた長女の〈クルース〉という、同じく十四歳の女の子だ。
御用商人の家は、〈クルース〉ちゃんの母親が、婿養子をとって継いでいる。
しかし、一人目の婿養子は、〈クルース〉ちゃんが生まれた後、直ぐに亡くなったらしい。
今は二人目の婿養子が、商会を切り盛りしている、少し複雑な家庭だ。
こっちは同じ領内なので、もっと頻繁に会うことが出来る。
身分差があるので、側室になることが確定していて、家の力関係でこちらから申し入れないと破断になることは無いようだ。
この子とはもう直ぐ会うことになっていて、楽しみだが、何をして何を話せばいいか、悩んでいる。
三人目は、兵長の二女で〈サトーミ〉という名前で、一つ年下の十三歳だ。
中学校二年生くらいか。兄と姉がいて、この子は末っ子になる。
この子も側室候補で、数日後に会う予定だ。
中学生と話が合う気がしない。こちとら見かけは十四歳だけど、中身は違うからな。
二日後の午後に〈クルース〉ちゃんが、僕の部屋にやってきた。
凛とした雰囲気の少女だ。身長は160Cmくらいで、僕より背が高い。
体形はスレンダーと言うより、少し痩せすぎだな。
肩までのストレートの黒髪を額の真中で分けて、濃いブラウンの瞳をしている。
肌は雪みたいに白くて、ヒンヤリしてそう。
生真面目で、図書委員とかをやっていそうなタイプに見える。頭が良いんだろう。
薄い青色で、襟がボウタイになった長袖のブラウスの上に、白色のカーディガンを着ている。
下はサロペットと言うんだか、肩紐がついた膝下丈のベージュのスカートだ。
生地は冬なので厚手だと思う。
「〈タロスィト〉様、お邪魔いたします。貴重なお時間を、私のために割いて頂きありがとうございます」
「こんにちは、〈クルース〉。そこの椅子に座って楽にしてくれ。それと〈タロスィト〉は長くて呼びにくいから〈タロ〉だけで良いよ。僕も〈クルス〉と呼ぶから」
「えっ」
「何か変かな」
「すいません。変じゃありません。分かりました。お言葉に甘えまして、〈タロ〉様と呼ばせて頂きます」
表情も話し方も固いな。何か事務的な話しぶりだよ。僕と話すのが、全然楽しそうに見えないな。
今日は二人で、ダンスの練習をすることになっている。
ダンスは、社交ダンスに似ていて、男女一組が音楽に合わせて踊るものだ。
ただし、社交ダンスより密着度が高くて、ずっと引っ付いている。
あまり体が離れることが無いという、嬉し恥ずかし要素が高い、ムフフな踊りだ。
踊りの先生は、メイド頭の〈ドリー〉が務める。
田舎貴族なので、踊りの専門家を呼ぶまではいかないらしい。
〈ドリー〉は、薬を扱っている裕福な家の娘で、王都の学校を卒業している。
その学校で、踊りを始め良家の子女が覚えるべき教養を一通り習得した、才媛ということだ。
まあ、メイド頭だけのことはあるのかな。
館の大ホールで、練習が始まった。
〈クルス〉の背中に左手を添えて、〈クルス〉の左手を僕の右手で握る。
そして、四角形を描くステップの練習を繰り返し行う。
〈クルス〉の手の平は、思ったとおり冷たくて、滑らかですごく触り心地が良い。
手を強く握り過ぎて、〈ドリー〉に注意されてしまったくらいだ。
〈クルス〉は、無表情だけど怒っている感じではなかった。
背中の感触は、スレンダーなんだけど、そこはやはり女の子で、冬服の上からでも柔らかさが伝わってくる。
〈クルス〉の方が背が高いので、見上げるようになる。
けれど、女の子の顔が間近に迫ってくるので、ドギマギしてしまう。
切れ長の目と、厚みも色も少し薄い唇が印象的で、華やかさはないけど可愛いと思う。
これだけ近づくと、自然と〈クルス〉の匂いも嗅ぐことになる。
石鹸の匂いと女の子の甘い匂いが、混じり合った、なんとも言えない良い香りだ。
僕の鼻腔をくすぐって、僕の心もくすぐってきたよ。
ただ少し、漢方薬のような匂いもする。服に使う防虫剤なのかな。
「今日の練習はここまでです。〈タロ〉様は随分と熱心に取り組まれて、見違えるように良くなられました。〈クルス〉さんは、いつもどおり正確なステップが出来ていました。お疲れ様でした」
「〈タロ〉様、お相手をして頂きありがとうございました」
「〈クルス〉が上手に合わせてくれて、良い練習になったよ。ありがとう」
「そんな、私は少しも上手じゃありません」
「そうかな、僕よりは数段上だと思うんだが」
「今はそうかもしれませんが、〈タロ〉様が直ぐに追い越されます」
「やっぱり僕は下手なのか」
「ハッ。失礼なことを申し訳ありません。直ぐに退散しますのでお許しください」
「本当のことだから気にしてないよ。〈クルス〉また次もよろしくね」
〈クルス〉は慌てて帰っていった。真面目だけど、雰囲気が暗い子だな。
でも、可愛い子で良かった。
もっと親密になって、あんな事や、こんな事や、色んな事が出来たら良いな。
数日後、兵長の娘の〈サトーミ〉ちゃんが、僕の部屋にやってきた。
〈サトーミ〉ちゃんは、身長が140cmくらいで、僕より身長が低い。
顔も身体つきもふっくらとして、まだ幼さが残っている。顔も身体もまん丸の女の子だ。
十三歳だからな。
髪の毛は濃い茶色で、短めのボブカットにしている。
目は灰色で、膝丈の黄色い厚手のスカートに、薄茶のニットのセーターを着ている。
美人とまでは言えないけど、愛らしい顔立ちだ。
この子も当たりだな。思わず顔がニヤニヤするのをグッと堪えた。
少女を前にして、含み笑いをするのは変態だからな。
僕は決して変態ではないのだから、気を付けないといけない。
「〈タロスィト〉様、ごきげんうるわしゅうございます。〈サトーミ〉は頑張って練習します」
緊張して、少し舌足らずなんだけど、背伸びして余所行きの話し方をしているのが可愛いな。
「こんにちは、〈サトーミ〉。そこの椅子に座って楽にしてくれ。それと〈タロスィト〉は呼びにくいので、〈タロ〉で良いよ。僕も〈サトミ〉と呼ぶからね」
「わぁ」
「何か驚かせた」
「な、何でもないです。良かった。〈サトミ〉長いの苦手なの。〈タロ〉様って呼びやすい。〈タロ〉様、よろしくお願いしますね」
提案を喜んで貰えたようだ。表情がクルクル変わって楽しいなこの子。素直な性格のようだな。
でも〈サトミ〉って日本人の名前みたいだ。
今日も〈ドリー〉ダンス講師の指導で練習が始まった。
二回目なので僕も少し慣れて、自然に〈サトミ〉の背中に手を回し、左手を握った。
背が低いので見下ろすことになって、〈サトミ〉の旋毛が見える。左巻きだ。
体温が高いのか、背中に回した手が暖かい。
〈クルス〉と違って、遠慮なく身体を引っ付けてくるので、僕の体の前面も暖かい。
胸の膨らみが、服越しでも何となく分かる。十三歳だけど大部膨らんでいる。
十三歳は、もう女の子なんだね。お兄さん嬉しいよ。
匂いも小さな子じゃない、もう女の子の甘い匂いがする。ただ、何か違う匂いもする。
何の匂いだろう。匂いの正体を考えているうちに、今日の練習が終わったようだ。
「〈タロ〉様、〈サトミ〉さん。今日は二人とも、動き出しのタイミングも合っていて、良い感じでした。お疲れ様です」
「〈タロ〉様ありがとう。褒められちゃいました」
「イヤイヤ。〈サトミ〉の動きが素直だから、僕も踊りやすかったよ」
こうして〈サトミ〉とのダンスの練習は終わった。
〈サトミ〉は、本当に素直で可愛いな。これから、色んなことが楽しみになるな。
しばらく経って、正妻候補の〈アコーセン〉ちゃんが、やってきた。
〈アコーセン〉ちゃんが、住んでいる伯爵領は《ハバ》という町で、《ラング》の町の二倍くらいの大きさだ。
人口も多い、少し都会の町だ。《ラング》の町からは、馬車で二日かかる。
近隣の町でも二日かかるとは、この世界で移動するのは大変だ。
お付きのメイドと護衛の兵士が二人の、四人で来たようだ。
一泊を野宿?馬車?で、過ごすのに、護衛が二人では少ない気がする。大丈夫なのかな。
整備された街道を進んでいる限りは、危険は無いということなのか。
馬車も豪華な物ではなく、ぼろいと言っても良いような状態だ。
襲ってもお金にならないと思わすカモフラージュのために、わざとしているのかも知れないな。
〈アコーセン〉ちゃんが、朝に到着したので、午前中は僕がお相手を務めることになった。
後二人の許嫁も一緒だ。許嫁同士が、全く知らないのでは、色々とまずいための配慮らしい。
午後からは、〈アコーセン〉ちゃんとダンスの練習をする予定となっている。
ダンスの練習ばかりやっているけど、これは貴族であれば当然とのこと。
婚約者同士の親密さを深める効果と、ダンスを上手く踊れるのが貴族の矜持ということだ。
社交界ということか。
手が触れるのも嫌な場合は、とても結婚生活を我慢出来ないということで、破談となる時もあるようだ。
ただ、面子や慰謝料で相当揉めるらしい。
「〈タロスィト〉様、ご機嫌麗しく存じます。本日はお招き頂きありがとうございます。〈タロスィト〉様に、お会い出来るのを光栄に存じます」
流れるような挨拶だ。上手だね。さすが、伯爵家の令嬢と言うところか。
〈アコーセン〉ちゃんは、身長が150cmくらいで僕とほぼ同じだ。
身体つきは太ってもいなし、痩せてもいない。
ただ、十四歳の割には、出るべきところは一杯出ている。胸とお尻が、とても大きい。
もうすでに、グラビアモデル並みのスタイルだ。
栗色のファファした、緩いウェーブがかかっている、背中まである髪も素敵だ。
丈が踝まである、ウール地の紺色のスカートに、レースをふんだんに使った白いブラウスを着ている。
臙脂色のボレロを羽織っているけど、ブラウスは胸元が開いた、少し大人っぽいデザインだ。
ただ、とび色の瞳をした目が少し垂れているので、おっとりした印象を受ける。
「〈アコーセン〉様、遠い所をお疲れ様でした。お会い出来るのを心待ちしておりました。椅子に座って楽にしてください。それと〈タロスィト〉は長くて呼びにくいので、〈タロ〉と呼んでください」
「まぁ」
「どうしました」
「何でもありませんわ。失礼しました。〈タロスィト〉様、お気遣いありがとうございます。お言葉に甘えて、〈タロ〉様と呼ばせて頂きます。それとわたくしのことは、〈アコ〉と呼んで頂けますか」
「そうですか、分かりました。私は〈アコ〉と呼ばせて頂きます」