「深淵の特訓」
衝角が完成したようだ。入り江で、「深遠の面影号」に装着してみることにする。
中々大掛かりな作業となった。まず、槍つきの三角形が思ったより重かった。
4人では持てなかった。丸太を船に固定するのも、大変だ。
元々そんな設計で造られていないからな。当たり前か。
船腹に穴を開けて、ボルトで固定するしか無かったので、船長が悲壮な顔をしていた。
ゴッツイおっさんの泣き顔が笑えた。
槍つきの三角形を、何とか丸太の先端に取り付けたと思ったら、船が前方に傾いてしまった。
著しくバランスを欠いたようだ。重いからな。当たり前か。
船長はもう号泣だ。
前後のバランスを取るため、後ろにも槍つきの三角形を取り付けるしかないな。
王宮から使者がやってきた。いよいよ、《ベン》島の奪回作戦が始まるとのこと。
ゆっくりで良いので、まず《アンサ》の港に向かって欲しいとの要求だった。
我が《ラング》子爵家の陣容は、〈ハドィス〉兵長を筆頭に、〈ハヅ〉と〈ハパ〉先生と兵士が30人だ。
〈ハドィス〉兵長だけではなく、跡継ぎの〈ハヅ〉も参戦するのは、〈ハドィス〉家が全力を挙げて、領主である僕を守るという決意だ。
〈ハドィス〉と〈ハヅ〉は、守れたら死んでも本望といっていた。
後は二人の娘に任せるから、心配ご無用とも言っていた。
父親を死なせたのを気に病んでいるらしい。
〈ハパ〉先生は、専属の僕の護衛だが、ちょっとイヤな予感がする。
当然、船長と船員も強制出撃だ。
〈クルス〉と〈サトミ〉とは、しばらくお別れだ。
今回は、仰々しい出陣式みたいのはしないことにした。
入り江まで見送りに来てくれた、〈クルス〉と〈サトミ〉は、「無事に帰ってきて」って、泣きそうな顔で言ってくる。
二人とも、布で作った小さなお守りを、恥ずかしそうに手渡してくれた。
思わず僕は、「必ず帰ってくるよ」って言って、二人を抱きしめてしまった。
照れると思ったけど、そんなことは無くて、二人ともヒッシと僕に抱き着いてきた。
〈クルス〉の細やかながら柔らかい胸と、〈サトミ〉の柔らかいながら弾力のある胸が、片方づつだけど、僕に幸せをもたらす。
ミルクの匂いから、女性の匂いに変わる時とでもいうような、何とも切ない匂いが、二人からしたように感じた。
人が見ているのに、シュチュエーションは人を大胆に変えてしまうね。
フラグじゃなければ良いけど。
衝角を装着した「深遠の面影号」は、遅い。
重量がまして、水の抵抗が増えたから、思った以上に遅い。
「若領主様、遅いですぜ。これじゃ、ドン亀もいいところだ」
「想定内だ。気にするな。丸太が左右に張り出しているので、安定は抜群だぞ」
「それにしても、遅い。デンデン虫と良い競争になりやすぜ」
船長は、衝角が気に入らないので、本当に五月蠅い。《ベン》島に置き去りにしてやろう。
ただ、遅いのは事実だ。通常の倍はかかる。
倍はかかる航海中に恐れていたことが、現実となった。
〈ハパ〉先生の猛特訓だ。
生憎と〈ハヅ〉がいるので、練習相手に事欠かないのも、災いした。
航海中は、朝起きて、特訓、昼食べて、特訓、夕食べて、特訓と恐怖の三部地獄だ。
〈ハドィス〉兵長と兵士30人も、当然、特訓だ。
領主がしているのに、見ているだけでは済まされない。海の上では逃げ場がない。
気を紛らわす物も、事もない。皆、一様に悲壮な顔だ。
後に、この特訓は船の名前に掛けて、「深淵の特訓」と呼ばれるようになった。
確かに、痛みと疲れの極致で、何か深い淵が垣間見えたように思う。
〈ハパ〉先生に、これは厳し過ぎると訴えたけど、
「《ベン》島で死んだらどうします。許嫁を悲しませるわけにはいきませんよね」
と笑いながら返された。
笑えませんよ、先生。
〈ハヅ〉も流石にキツかったようで、僕に同調して訴えてくれて、《アンサ》の港に近づいた、一日だけ休みがもらえた。一日中寝てたよ。
僕と〈ハヅ〉は、兵士たちのヒーローになり、泣きじゃくりながら手に縋り付いて来るヤツもいた。
止めろよ野郎の手は握らないぞ。
船長は、僕らを見て、ずっとニヤニヤしてやがった。《ベン》島に置き去りは決定だな。
《アンサ》の港に着くと直ぐ、王国軍の伝令がやってきた。
もう戦いは始まっているため、今日一泊して、明日の朝に《ベン》島へ出撃せよとのお達しだ。
僕達は、《アンサ》の町で、軽い食事と少しのお酒を飲んだだけで、船に帰って就寝した。
明日は、牽制が主とはいえ、本物の戦争だ。羽を伸ばすとかいう、話じゃない。




