町娘とならず者
ただ、もう一仕事残っている。
あまりにも人を集め過ぎて、大騒ぎになったので、〈クサィン〉がご近所さんにお詫びする必要があると言い出したんだ。
これからの付き合いもあるし、迷惑をかけたのは事実だし、当然かと思う。
蜜柑を売らないで取っておいて、配ることにした。
ついでに、〈アコ〉にあげる分の蜜柑も取っておくことにしよう。
ご近所は場所柄、店舗ばかりで、渡した蜜柑の効果もあったのか、皆怒っては無かった。
ただ、一個所どうしても店の人に会えない所があった。店は開いているのに呼んでも出てこない。
この店は、どうなっているんだ。
店の看板は、レンガと鍛冶の店となっているんだが、小さなボロボロの店で人の気配がしない 〈クサィン〉の話によると細々と営業しているが、扱っている商品が王都では時代遅れで、全く商売になっていないとのことだ。
うーん、良く考えたら、こんなことは、子爵家の領主がやることじゃないんじゃないのか。
御用商人の〈クサィン〉に、任せたら良かったんじゃないかと思い当たった時。
― キャー 離しなさいよ 誰か助けて ―
突然物陰から、小強面の男数人に追われている女の人が、悲鳴をあげながら走ってきた。
何事が起ったのかと、あっけに取られているうちに、女に人が僕の目の前まで来てしまった。
これは、どうも厄介事に巻き込まれた感じだな。
「すいません。そこの店の者なのですが、怖い男の人に追われています。どうか助けて下さい」
女性の年は良く分からないけど、まだ若いと思う。少し性格がきつ目に見えるが、凄い美人だ。
膝丈のスカートから覗いている足もしなやかで、均整がとれた理想的な身体つきをしている。
「何があったんだ」
「借金とりに、かどわかされてしまいます。もうそこまで来ているのです」
怖い顔をした、暴力沙汰を生業としていそうな男が三人、走り込んでくる。
そして、この若い女性を取り囲んだ。
「お姉ちゃん、手間を取らせるなよ。諦めて、大人しくついてこいよ」
「何を言っているのですか。決して諦めないし、ついてなんか行きません」
「期限はもう二十日も過ぎているんだ。返すあてなんか無いだろう」
「うぅ、もう少し待って下さい。必ず返します」
「そのセリフは、聞き飽きたんだ。もう観念しなよ。死ぬわけじゃないんだから」
男が若い女性の手を掴んで、強引に連れて行こうとしている。
やれやれ、目の前で何をしてくれるんだ。まるで時代劇の町娘とならず者だな。
「白昼の往来で、女性を堂々と、かどわかすとはどういう了見だ」
「何だ、このガキは、爺さんみたいな喋り方しやがって。お前には関係ないんだよ」
「面前で繰り広げられる無法を、野放しにするわけには参りません」
「ハァッ、変なガキだな。こっちにはちゃんと証文もあるんだ。 悪いのは借りた金を返さない、その女の方だ」
「曰く付きで御座るようだが、ここは一先ず退いて下され」
「ハァ、一体何なんだよ。邪魔をするならガキでも容赦しないぞ」
「待って下さい。《ラング》子爵家と事を構えるつもりですか。そちらの得にはなりませんよ」
見かねて、〈クサィン〉が割って入ってきた。調子に乗り過ぎたかな。
「ちぇ、貴族か。塩子爵のお坊ちゃんか。面倒だな。今日は引き上げるが、次は大人しくついてこいよ。分かったか」
三人の男がすごすごと帰っていった。
「覚えていやがれ」等、お決まりの捨てゼリフが聞けなかったのが残念だ。
それはそうと、うちは塩子爵なのか。ナメクジの天敵みたいな、悪口だな。
「《ラング》子爵の御曹司様、危ない所を有難うございます。私はこの通りに住んでいます〈カリーナ〉と申します」
「イヤイヤ、大したことは何もしていないよ。気にしないで」
「そんなことは無いです。本当に助かりました。恥ずかしいところを、お見せしてすみません」
借金のカタに、どうかされると言う話だと思うが、他人には知られたく無いんだろう。
詳しい事情なんかは、聴いたりしないでおこう。
「ところで、この店の人なのかな」
「えぇ、そうです。お店と言ってもアレですけど」
あれってなんだろう。ボロボロってことだろうな。
「丁度良かった。近所の人に迷惑をかけたので、お詫びに回っているんだ。蜜柑を売ってたら、人が集まり過ぎて、大騒ぎになってしまったんだよ。迷惑をかけて悪かった。お詫びの印に蜜柑を渡すよ」
「まぁ、蜜柑ですか。こんな高価なものを。迷惑なんてとんでもありません。お店は開店休業状態ですし、今しがた助けて頂きました。こちらがお礼をすべき所なのに、とても受け取れませんわ。逆に、ちゃんとしたお礼が出来ないのが申し訳ないです」
「お礼はいらないよ。さっきも言ったけど気にしないで。蜜柑は、近所には全員配ったんだ、一軒だけ渡さないのもアレだから、遠慮しないで貰ってよ」
「分かりました。あまり固守するのも、反って失礼ですね。頂戴いたします。しばらく待って下さい。ここの店主で、兄の〈カリィタ〉を呼びます」
女性が、店の裏口から出て、お兄さんを呼びにいったようだ。
奥にも建物があるのか、この店は見かけより、奥の方に敷地は広いんだな。
「御曹司様、妹を助けて頂いて有難うございます。蜜柑もすいません」
兄が妹に促されて、店の奥から出てきた。
兄は平均的な身長だが、かなり痩せていて仕事柄か薄汚れた作業服姿だ。
煤けた顔は、妹に似て整っているように見える。
敷地の奥に、煉瓦と鍛冶の工房があるみたいで、店の入り口で結構大声で呼んだけど、聞こえなかったようだ。
この店は、全く小売りをする気が見受けられない。
それとも、全く売れないので店番をする必要が無いのか。後者の気がするな。
煉瓦と鍛冶は、発展途上の町では需要が大きいが、王都にように発展してしまった大きな町では厳しいと思う。
煉瓦は、住居などの修繕と用途が限定されてしまう。
他にも店があるはずだし、こんな小さな工房では、注文が入らないんだろう。
鍛冶も、台所用品なら台所用品だけの既製品を売っている、製品ごとの専門店があるからな。
専門店は、安いし、早いし、品揃えも全然違う。村の鍛冶屋みたいな店の出番はないよな。
「御曹司様のお商売は、人が溢れるくらい盛況なのに、うちはこのありさまです。煉瓦と鍛冶ではもうやっていけません。私の働いて得るお給金はたかが知れています。そこで、御曹司様にご相談なのですが、ボロボロの店の価値は無いと思いますが、この土地を買って頂けないでしょうか。お商売を広げるために必要ではないですか」
へぇ、急に土地を買えってか。
でも理解は出来るな。利益が出せない土地を売って、借金を返すのは、当たり前の発想だ。
妹さんは、こちらが果物を扱う商売を始めると思っているようだ。
今日の売れ行きを見るとそれもありかもしれないな、
「聞くけど、今までどうして売ろうとはしなかったの」
「それは、今は正直追い詰められています。このままでは、借金の代わりに娼館へ落とされてしまうでしょう。そうなるくらいなら、自分から進んで娼館に身を売った方が、まだましです。借金の倍は、お金にはなると思います。でも、それは避けたいのです。娼婦にはなりたくありません」
「私も以前は、両親から受け継いだこの店を何とか守りたいと頑張ってきましたが、妹を犠牲にするのでは、全く意味がありません。反って死んだ両親に、顔向け出来なくなります。この土地を売って、借金が無くなるのならその方が良いです」
うーん、僕に、この土地が必要か。どうか。どうだろう。
お金に余裕があれば、王都に土地を持っているのはありだと思う。
が、お金に余裕があるのだろうか、少し計算してみよう。
蜜柑2千八百個×六銅貨(蜜柑単価)=一万六千八百銅貨
一万六千八百銅貨÷百=千六百八十銀貨 千六百八十銀貨÷百=百八十六金貨
百八十六金貨―一金貨(蜜柑仕入れ)―五金貨(運送代)=百六十金貨(蜜柑の儲け)
百六十金貨+五十金貨(羽の売却)―二百金貨(借金)=十金貨(使えるお金)
借金を差し引くと十金貨しか残らないな。
ただ、もう一度蜜柑を売れば、ある程度お金が入ってくる目途はたつな。
「うちもお金があり余って困っている訳では無いので、値段次第だが。他に買ってくれる人の当てはないのか」
「それが、以前から条件が良ければ売ろうと思ったのですが、中々話がまとまりません。売値は借金が、返せる二十金貨で構いませんので、どうかよろしくお願いいたします。見かけより土地は、大変広いのですよ」
足元を見られて買い叩たかれるんだろう。
それにここは、大通りから一つ奥に入った通りで、何といっても店の間口が狭すぎる。
小さな店しか構えられないのに、不必要な奥の土地代までは、負担したくないのだろうな。
「分かった。二十金貨なら買い取れるよ」
「御曹司様の有難うございます。これで私は娼婦にならずに済みます」
「また、妹を助けて頂いて有難うございます。ほっとしました」
「この土地と店を売ってしまって、後の生活はどうするんだ」
「私は友達の所へ身を寄せて、何とか暮らして行こうと思います。でも、兄が心配です」
「妹に心配されて、情けない限りですが、男一人なら何とでも出来ます。心配には及びません」
「この店を改修するのは、まだ先だから、しばらくは今のまま住んでいて良いよ。それと、提案なんだが。妹さんは改修後の店で働かないか。お兄さんは、思い切って《ラング》子爵領に来ないか。《ラング》子爵領は発展途上なので、これから大量に煉瓦が必要になるんだ。煉瓦を焼く炉も用意するよ」
「御曹司様のご配慮痛み入ります。店が変わってもこの場所で働けるのは、望外の幸せです」
「御曹司様、有難いお申し出なのですが、私は少しお時間を頂きたいです。王都以外に住むなんて、今まで考えたこともありません。正直現実感が無いのですよ」
「さっき言ったとおり、店を改修するのはまだなので、返事は後で良いよ」
「分かりました。良く考えてみます」
妹さんの読みに乗ることにした。南国の果実を売る店を始めてみよう。
蜜柑販売も成功したし、王都の少しは商売を知っている若い女性が、展望があると踏んだのだから、何とか商売になるのだろう。
でも、店は潰れていたな。大丈夫なんだろうか。
それに、父親の帆船を有効利用したいと思っているんだ。
船員の給金と船の維持のために、お金がかなり必要になってくる。
それを南国の物産の運送で、賄えないかと考えている。上手くいくと良いのにな。
兄さんの方は、領地には居ない種類の職人だから、領地の発展に役に立つと思う。
少し話をしただけだが、商売向きじゃないが、人柄に問題は無い感じだ。
王都より、田舎の方が合っている、大人しい性格だと思う。