〈クルス〉の髪を触る
また、小屋に〈クルス〉が訪ねてきた。
「〈タロ〉様、心の準備をしてまいりました。どうぞ、存分に私のスカートを捲って下さい」
いきなりか。
でも、心の準備をしてきた割には、顔が真っ赤だ。体も小刻みに震えているように見える。
これは言うとおりにする訳には、いかないな。
「〈クルス〉、今日はスカート捲りはしないよ。その代わり、〈クルス〉の髪を触らせてよ。〈クルス〉の髪を前から触りたかったんだ」
「〈タロ〉様、本当に髪を触るだけで良いのですか。もちろん、構いませんが」
「そうだよ。どうしても髪を触りたいんだ」
「〈タロ〉様が、そう仰やるのなら、私に異存はありません」
と言って、〈クルス〉は僕の横に腰かけた。
〈クルス〉はホットしたような、肩透かしをされたような、少し戸惑った顔つきだ。
僕は、〈クルス〉に近づき、〈クルス〉の肩を抱くようにして、髪を優しく撫でた。
「〈クルス〉の髪はサラサラして、手触りが良いね。とってもツヤツヤしてて、光ってるよ」
「〈タロ〉様、褒めて頂いて有難うございます。そんなに大した髪ではないのですが、お気に召したのなら、幾らでも触って下さい。〈タロ〉様なら、触られても嫌じゃありません」
〈クルス〉も嫌がっていないので、手を櫛の様に広げて、〈クルス〉の髪の根元まで、梳くように触ることにした。
髪の生え際まで指がスーと入って、〈クルス〉の繊細な髪の感触が、手に心地良い。
甘い林檎のような香りも立ち昇ってきて、癒されるようだ。
〈クルス〉も気持ちが良いのか、トロンとした顔になって、少し寄りかかってきた。
「あのー、〈タロ〉様、男の子は、好きな子の髪を触りたいと思うのですか」
「そうだと思うよ。好きな子に触りたいと思った時に、二番目に触りたいんじゃないかな」
「二番目ですか。あのー、〈タロ〉様、一番目は何ですか」
「最初は一番無難な、手だよ。手を握りたいと思うんじゃないかな」
「〈タロ〉様、私の手はどうですか」
「握っても良いの」
〈クルス〉は、僕の顔を見ながらコクンて頷いた。僕は指を開いて、〈クルス〉指に絡ませた。
恋人繋ぎだ。いきなりだけど、〈クルス〉から言ってきたんだから大丈夫だろう。
〈クルス〉は「アッ」って小さく言ったけど、ほんのわずか握り返してきた。
「〈クルス〉、嫌じゃない」
「何も嫌じゃありませんけど、私の胸、何だかドンドンしてるんです」
〈クルス〉は顔を赤くして、泣きそうな目で、もっと寄りかかってきた。
〈クルス〉の指は、やっぱり繊細で、白くて、高価な西洋人形のようだ。
手の平も甲も、白磁のように肌理が細かく、絹を纏っているようで、何とも気持ちが良い。
「大丈夫。胸は苦しくない」
「大丈夫です。〈タロ〉様の手は、大きくて、温かくて、優しい手です。でも、切り傷やタコがありますね。鍛錬を頑張っていらっしゃるのですね。尊敬します」
「尊敬されるほどでは無いよ。領主の跡継ぎの義務を果たしているだけだよ」
「そうであっても、〈タロ〉様はご立派です。〈タロ〉様、髪と手だけで良いのですか。もっとお望みを言って下さい。私は何でもしますよ」
「うーん、望みか」
「そうです。望みです」
「そうだ、〈クルス〉の望みは何なの」
「えっ、私の望みは良いのです。〈タロ〉様の望みを聞いているのですが」
「今の僕の望みは、〈クルス〉の望みを聞くことなんだよ」
「もぅ、〈タロ〉様は。仕方が無いですね。分かりました。私の願いは、〈タロ〉様に叶えて頂きました。今も叶えて貰っていますよ。恥ずかしいことを言わせないでください、〈タロ〉様」
〈クルス〉は、また顔を赤くして、僕を見つめている。
これは、もっと先に進めそうなムードだな。
だがしかし、やり過ぎは禁物だ。鬼畜になってはいけない。
ドウドウ僕の欲望よ、静まれ。
「他にも、まだ望みはあるだろう」
「他にですか。そうですね。薬の勉強を出来たらなと思っています。私は薬に助けられましたから。お世話になった、薬師の〈ドレーア〉さんに、少しでも教えて頂ければ、有難いなと思っています。私のスキル《敏舌》も少し役に立ちますし」
「〈クルス〉は薬師になりたいのか」
「違いますよ、〈タロ〉様。薬の知識を得て、自分にもですけど、〈タロ〉様の健康に、役立てればなと思っているだけです。まだ何の知識も無いのですから、あくまでも望みですけど」
「そうか、前向きな良い望みだな。でも、薬師の人に教えて貰うって言ったけど、王都の学校には行かないの」
「そうです。王都の学校には、家業を継ぐ弟が行く予定です。学費の問題と、私は〈タロ〉様に嫁ぎますから、花嫁修業が控えていますので。空いた時間に少しだけ教えて貰えたらと思っています」
「薬を学びたい意欲があるのなら、学校に行くべきだよ。学費は僕が用立てるよ」
「うっ、あんまりです。〈タロ〉様は、私に花嫁修業をする必要が無いと、嫁いでくるなと仰やるのですか。私の一番の望みなのに。私を揶揄われていたのですか」
「えっ、違うよ。恐ろしく違うよ。〈クルス〉は僕に嫁ぐんだ。他の人には渡さない。花嫁修業で何をするのか知らないけど、学校で学ぶことは、それ以上に大切だという話だよ。〈クルス〉が学校で薬を学んでくれたら、僕の健康にも、領地にも、とても良い影響を及ぼすだろう。それと、〈クルス〉が学校に行ったら、王都で会えるだろう。学校の3年間、〈クルス〉に会えないのは、寂しくて辛いよ」
「あぁ、〈タロ〉様は、私を他の人には渡さないのですね。私と三年会えないのは辛いのですか」
「そうだよ。〈クルス〉は平気なの」
「平気じゃありません。また病気になるかもしれません。でも、学費でまた、〈タロ〉様に恩を受けてしまいます。もう返しようもありません」
「学費は恩じゃないよ。僕の健康への投資だ。僕専任の薬師がいれば安心だろう。〈クルス〉が務めてくれるよな」
「私で良いのですね。分かりました。必ず期待にお答えしてみせます。学校の三年間も、決して寂しくて辛い思いはさせません。〈タロ〉様の傍から離れませんよ」
〈クルス〉は、とんでもなく真剣な顔で、僕を凝視して、思いっ切り身体を引っ付けてきた。
今から、傍を離れない気か。
〈クルス〉の痩せているけど、柔らかなお尻とか胸が、僕の身体に押し付けられて、形を歪まされている。
嬉しいけど、理性が危ない。
動揺したのか、〈クルス〉の髪を弄っていた手が動き過ぎて、〈クルス〉の耳の先に触れたようだ。
「やっ、やです。耳を触るのは止めて。あっ、あっ、〈タロ〉様もう許して」
〈クルス〉は、顔も身体も真っ赤になって、慌てて僕から離れた。
耳を両手で必死に隠している。そんなに耳が敏感なのか。
「〈クルス〉、ゴメンよ。触るつもりじゃ無かったんだよ。手元が狂ったんだよ」
「分かりました。分かりましたから、もう耳を触らないで下さい。身体がおかしくなってしまいます。もう今日はこれで帰ります。また来ます」
と言って、〈クルス〉は逃げるように帰っていった。
制止を振り切って、耳を触り続けたら、どうなるんだろう。
興味深いな。何時かやってみよう。




