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ムニュムニュ

 もう奴隷にはならないし、サービスも終わったのだろう。

 顔を赤くしたけど、今度は怒ってはいない。恥ずかしそうにしているだけだ。

 女心はやっぱり分からないな。


 具体的な分納の相談は、《チァモシエ》嬢のお付で来ている家臣と、秘書役の〈ソラィウ〉の任せることにした。

 〈ティモング〉伯爵家の意向も聞く必要があるので、時間はしばらくかかるだろう。

 〈ソラィウ〉にも秘書役として、キリキリと働いて貰おう。


 〈リク〉に今日のことは、内緒だと固く念を押しておいた。

 〈リク〉も「分かっています。絶対、誰にも話しません」と強く言っている。

 裸同然の《チァモシエ》嬢を、〈リク〉も僕の後ろから見ていたので、〈カリナ〉に知られたくないのだろう。

 必要以上に、《チァモシエ》嬢の局部を凝視していたのかも知れない。

 そんなに悪い事はしてないのだから、無用のトラブルは避けたい。

 そこは、僕と利害が一致している。一蓮托生だ。

 ただ、ブーメランのように帰ってくるから、〈カリナ〉をからかえないのが無念でしょうがない。 

 からかうための良いネタなのに、ストレスが溜まるよ。


 今日は朝から天気が良い。


 晴れ渡った空の高いところで、筋雲が勢いよく東へ流されていく。

 雲の形が、塊から線状になり霧散してまた流れてくる。目まぐるしく変わって、消えていく。

 雲は、大空に浮かぶ青い舞台の背景だと思う。

 舞台の幕が、次々と変わっていくようで、見ていて飽きないな。


 青い舞台で踊る演者は、たまに飛んで来る、燕と鳩しかいないのが少し寂しい。

 王都には、鷲と鶴はいないからな。妖精でも、紛れ込んだら楽しいのに。

 その他の演者は、目の周りの色が違うカラスだけだ。

 カラスは、たぶん悪役なんだろう。ふてぶてしい目をしている。


 「〈タロ〉様、お口がポカンと開いていますわ。どうして、お空を眺めておられるのですか」


 「何か空にあるのですか。それとも、ボーッとしているだけですか」


 んー、ちょっと空を見上げていたら、結構な時間が過ぎていたようだ。

 〈アコ〉と〈クルス〉に心配されてしまった。心配されたのは、僕の顔のせいなんだろう。

 自分では見えないが、間抜けな顔をしてたんだろう。ハンサムが台無しだな。あははは。


 「空には、雲と鳥しか見えないよ。でも、隣には美人が二人もいるから、全然寂しくないよ」


 「はぁ、急に褒めましたわね。何か疚しいことがあるのですか」


 「〈タロ〉様、何か誤魔化そうとしていません」


 「うぅ、二人とも何を言っているんだ。僕は清廉潔白だよ」


 「清廉潔白と言うのが、もっと怪しいです。私達に、言い難いことがあるのではないですか」


 「〈タロ〉様、早く話したら、それだけ気が楽になりますわ」


 えー、二人とも何を言いたいんだ。あたかも、僕が隠し事をしているような口振りだ。

 もしかして、《チァモシエ》嬢のことなのか。

 でも、王宮での出来事を二人が知っているとは思えないな。


 「えっ、隠し事なんてないよ」


 「ふん、私達は隠し事とは言っていませんわ。やっぱり何か隠しているのですね」


 「ふっ、長引けが長引くほど、立場が悪くなりますよ、〈タロ〉様」


 えぇー、こんな風に追い詰められるなんて、どういうことなんだ。僕は、一ミリも悪くないぞ。


 「違うとは思うけど、捕虜の件を言っているの」


 「そうですわ。やっと吐きましたね」


 「清廉潔白の内容を、ぜひとも聞かせて欲しいですね」


 二人の目を良く見ると、怒りが奥に溜まっているように見える。

 何かきっかけがあれば、たちまち大噴火を起こして、僕を地獄の底に沈めてしまえという目だ。

 たぶん。


 「ふ、ふたりとも。どうして捕虜のことを知っているの」


 「王宮では、〈タロ〉様の美人奴隷の噂で持ち切りですわ」


 「王宮から溢れた噂が、学舎町でも流れています」


 「な、なんで」


 「〈タロ〉様の奴隷が、とんでもなく美形で、大身貴族の令嬢だからですわ」


 「まるで、おとぎの国のお姫様の様だったので、誰かに話したかったのだと思います。王宮の人が、感動を分かち合いたかったのだと思います」


 とんでもなく美形、お姫様。

 《チァモシエ》嬢は、確かに綺麗な子だったけど、感動するほどではないと思う。

 他国の令嬢だから、皆ロマンティックな気分になったのだろう。

 話を面白い方へ加工したんだろう。噂というのは怖いものだな。


 「〈タロ〉様の奴隷って言うのは、止めてくれ。人聞きが悪いよ。ちゃんと奴隷は断ったんだ」


 「知っていますわ。〈タロ〉様が、そのまま奴隷にしていたなら、私は隣にいません。でも、噂では〈タロ〉様の奴隷となっているんですよ。腹立たしいですわ」


 「僕にそう言われてもな。それに、そんなに綺麗でもなかったよ。〈アコ〉と〈クルス〉の方がずっと美人だ。ずっとムニュムニュだ」


 「まあ、私達の方が美人なんですか。噂では絶世の美人と言われていますわ」


 「〈タロ〉様、褒めて頂くのは良いのですが、ムニュムニュとはなんですか」


 やっぱり褒めて良かった。目の奥の怒りの炎が、ずいぶん弱火になったぞ。もう少しだ。


 「噂だから、尾鰭がついたんだろう。現実は、あまり面白くない普通なんだよ。二人がムニュムニュだから好きなんだ。噂の人はムニュムニュじゃないんだ」

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