合図
〈クルス〉の頬から、耳の後ろの方へ、じらすように、ゆっくりと手の平を滑らせる。
〈クルス〉の大理石みたいな緻密な肌を、指先の繊細な動きでなぞっていく。
〈クルス〉の顔の輪郭を、暗闇の中で、測るように撫でて確かめた。
僕の手が、〈クルス〉の肌の感触を、とても気持ちが良いと言っている。
もっと、味あわせろと喚いている。
〈クルス〉は、「んうん、〈タロ〉様」と呟いて、僕の手に自分の手を被せてきた。
だけど、僕の手の動きを妨げるわけではなく、そっと添えているだけだ。
「真っ暗で見えないけど、〈クルス〉が綺麗なのは、手で触っても分かるよ」
「うふふ、〈タロ〉様の手は、〈タロ〉様の目と一緒で、私に甘いですね」
「へぇー、そんなに甘いかな。一度、舐めてみる」
僕は、指で〈クルス〉の唇を優しく撫でてみた。
〈クルス〉の唇は、水気の多い果物みたに、プリュンとしている。
僕の指先の動きに合わせて、しなやかに形を変えていく。
そして、少し熱い。少し湿っていた。
〈クルス〉は、「あん、〈タロ〉様。口紅が剥がれちゃいます」と切なそうに呟いた。
でも、被せている〈クルス〉の手は、僕の邪魔をしようとはしない。
自由に触って、と言っている。
それどころか、〈クルス〉は僕の真似をして、僕の唇を同じように撫でてきた。
暗闇が、見えないことが、〈クルス〉を大胆にさせているのかも知れない。
〈クルス〉の細くて華奢な指が、僕の唇をおずおずと触っている。
〈クルス〉のくすぐったい気持ちが、指先から僕に流されているようだ。
「〈クルス〉、くすぐったいよ」
「ふふ、仕返しです」
僕達は、しばらく互いの唇を、互いの指先で愛撫し合った。
二人の吐息は、二人の指をしっとりと濡らしていく。
唇の上で、指を滑らせるための、潤滑油のように。
吐息の中に、〈クルス〉の「あ、あっ」という喘ぎが、途切れ途切れに混じってくる。
私の唇をこじ開けて、と言う合図のような気がした。
そうなら、〈クルス〉の口の中に、指を挿し入れなければならない。
〈クルス〉に、指を舐めて貰なければいけない。
僕は、〈クルス〉の唇を割って、指先を入れよう試みた。
だが、〈クルス〉は歯を閉じて抵抗してくる。
なぜ、抵抗するんだ。合図をくれたんじゃないのか。
でも、歯を開く方法はあるんだ。
僕は、空いている方の手で、〈クルス〉の耳を触った。
〈クルス〉は、「あっ、いやっ」って言ったから、僕の指は口の中へ滑り込んだ。
僕の指は、〈クルス〉の口の中で、しばらくじっとしていた。
僕の指が、〈クルス〉の口に馴染むまで、動かさない方が良いと思ったんだ。
〈クルス〉の舌が、僕の指に慣れる時間が、必要だと感じたんだ。
〈クルス〉は、「ふぁろたま」と指を口に入れられたまま、何かを訴えているようだ。
これも、〈クルス〉からの合図だと思う。
僕の唇を触っている〈クルス〉の指を、「チュル」と口へ吸いこんだ。
〈クルス〉は、また「ふぁろたま」と言って、何かを伝えようとしているようだ。
また、〈クルス〉からの合図か。
もう僕の指は、〈クルス〉に馴染んで動かして良いんだと思う。
僕は、指をほんの少し動かした。〈クルス〉の舌の上で。
〈クルス〉は、ピクンと身体を一回震わせ、「ふはっ」って息を吐いた。
もしかしたら、喘いだのかも知れない。
僕は、〈クルス〉の指に舌を絡ませて、「チュル」と吸ってみた。
〈クルス〉は、「ううっ」ってくぐもった声を上げた。
僕の指が、口に入ったままだから、ちゃんとした声にはならないんだろう。
僕は、乱暴な動きにならないように、〈クルス〉の舌の上で指を滑らした。
〈クルス〉は、ピクンピクンと指の動きに合わせるように、身体を数回震わせて、「ふっっ」「ふっ」って息を小刻みに吐いた。
喘いでいるのか、単なる息かは、表情が分からないので、想像するしかない。
僕は、〈クルス〉の指に絡んでいる舌で、「チュル」「チュル」と何回も吸ってみた。
〈クルス〉は、「ううううっ」って、さっきよりも長く、くぐもった声を上げている。
また、〈クルス〉の舌の上で指を滑らす。
奥の方も、舌の裏側にも。ゆっくりと優しい動きに、注意しながら。
〈クルス〉の舌の隅々まで、万遍なく執拗な動きで、指を滑らした。
〈クルス〉は、もう震えてはいない。太ももをこすり合わせるように、身体をくねらせている。
喘ぎ声は、「ふっ」「ふっ」って短く荒くなっている。
〈クルス〉は、僕には見えないけど、頭を振ってイヤイヤをしているようだ。
僕の指から、逃げようとしているのかな。
〈クルス〉は、自由になる手で、僕の胸を押してきた。
これは、〈クルス〉の「止めて」の合図だったな。
僕は、〈クルス〉の口から指を引き抜き、〈クルス〉の指も舌から解放した。
引き抜いた指は、当たり前だけど、〈クルス〉の唾液で濡れている。
部屋の中の僅かな空気の流れで、指が少しヒンヤリとした。
〈クルス〉の指は、僕の唾液でベッタリと濡れているんだろうな。




