水車
「この川の水を何とか農地に引けないかな。農地が倍以上になるのにな」
「〈タロ〉様、残念ですが仕方ありませんだ」
農長は端から諦めモードだ。魔法も使えないし、物理法則は曲げられないからな。物理か。
「農長、水車で水を上げたら良いんじゃないか」
「〈タロ〉様、失礼なことを言いますが、水車を置いて、回すだけじゃ意味がありませんだ」
「回すだけじゃなくて、水車に斜めの筒をつけたら、汲み上がるんだよ」
「ふーむ。〈タロ〉様、大きい水車なら地面の上に出ますが、しかし、そのまま川に落ちるのだけの気もしますが」
執事の〈コラィウ〉も懐疑的だ。
「斜めの筒が重要なのですね」
〈ハパ〉先生は理解が早いな。〈ハパ〉先生以外は、皆出来ないと思っているようだな。
「僕も思いつきで言ったし、皆も半信半疑だと思う。だから一度、水車の模型を作ったら良いんじゃないかな。誰か、模型を作れる人を知らないか」
「模型ですか。それは良いですね。失敗しても、あまり費用が掛かりません。領民の〈コィジャ〉が、木工細工を生業にしていますので頼んでみます」
模型で済むならと、執事の〈コラィウ〉が頼んでくれるようだ。
「しかし、〈タロ〉様は独自の発想をされますね」
「奇想天外ですな」
「本当に奇抜ですだ」
「ハハァ、僕の玩具で終わるか。皆が吃驚するか、楽しみだな」
変った子供と、思われている感じだ。誰も本気で、上手くいくとは考えていないようだ。
それに、自分の発想じゃないので、少し気がとがめる。
校外学習で習ったのを、そのまま言っているだけなんだからな。
まあ、良いだろう。領地が豊かになれば、僕も皆もウハウハだ。
領地の巡察は、まる一日掛かって終了した。
詳しい話は、それぞれ家臣からレクチャーを受ける手筈となっている。
最後に、北側の状況を確認したところ、広大な土地が広がっているが、全くの手付かずとの返答であった。
おまけに、遠くの火山からの火山灰も降り積もっている、一面の荒地のようだ。
次の日、早速、領民の〈コィジャ〉の家に模型の作成を頼みにいった。
執事の〈コラィウ〉が、頼んではくれたが、細かいところは伝えきれなかったようだ。
筒の取り付けに関しては、僕にしか説明出来ないので、直接会う必要があったんだ。
「水車の片側に、筒を取り付けて欲しいんだ。筒の先が外側に向くようにして、数は多いほど良いと思う」
「こんな感じですか」
〈コィジャ〉は簡単な図を描いて、確認してくる。
「そうだな、筒が水車の真上に来た時に、筒の先が真下に向くようにしてくれ。それと、もっと筒の先が、外側に向くように斜めにしてくれ」
「こうですか」
「そうだ。そうだ。良い感じだ」
「今までには無い水車ですが、何とか作ってみます。確かにこれなら、水を汲み上げることが出来るかもしれませんね。それにしても、御子息様は良くこんなことを考えられましたね」
「まあ、たまたまだよ」
数日経って、模型が出来た。直径五十cmはある立派なものだ。
筒も指示通り良い角度で、斜めに付けられている。木工細工の腕は、確かなようだな。
家臣に集合をかけて、農場の小川で実証実験をすることにした。
小川に設置した水車は、クルクルと機嫌良く回って、地面に水を吐き出し続ける。
水車があげる飛沫に、虹がかかって、皆がそれをじっと見ていた。
虹より、地面に流れる泥水の方が、この場合は大事なんだがな。
まあ、良いや。模型ではあるが大成功だ。
「無事汲み上げたな。細工の腕が、上手で良かったよ」
「上手くいきましたね。褒めて頂いて有難うございます。自分で作っておいて、何ですが、半信半疑でした」
「うぁ、吃驚しただ。〈タロ〉様は天才様だ。これなら農地を、広げられますだ」
「おー。汲み上げましたね。〈タロ〉様は、民衆とは違った発想をお持ちだ。上に立たれる者の才覚を持っておられる」
「タロ〉様の思考は、私達とは次元を異にされていますな。この水車があれば、農業生産が飛躍的に上がりますな」
確かに僕は異次元なんだが、それは言わないでおこう。
「皆、褒めてくれて、ありだたいけど、まだ模型だよ。本物を作ろう。〈コィジャ〉、頼めるかな」
「私は構いませんが、費用が模型とは段違いですが、子爵家の意向は、大丈夫ですか」
「それは大丈夫だ。領地の発展に繋がることだ。遊びじゃないから、父上は怒ったりしないよ」
「分かりました。出来る限り早く作りますが、一月はお時間を頂きますよ」
「それじゃ、農長は水車を設置する適地を探しておいてくれ。あわせて、水路も作り始めてくれないか」
「分かりましただ」
これで水車の件は終わった。後は本物が、出来るのを待つだけだ。
水路を張り巡らせるのは時間がかかるから、農地が増えるのはまだまだ先だな。