赤い薔薇の蕾
でも、暗い路地を歩いてきたから、闇に慣れて、何とか部屋の様子を見ることが出来た。
〈クルス〉の顔も、着ているパジャマも薄っすらだが見える。
〈クルス〉は、丈も袖も七分くらいの、青っぽい薄い生地のパジャマを着ているようだ。
〈クルス〉の表情とパジャマの色は、ハッキリとは分からない。
「ふー、〈タロ〉様。本当に来られたのですね」
〈クルス〉は、僕に近づいて、小声で話してきた。
何言っているんだ、〈クルス〉は。変なことを言うよ。
「僕は、〈クルス〉に嘘なんかつかないよ。〈クルス〉と、二人切りで逢いたかったんだ」
僕は、〈クルス〉の耳元へ小声で言った。
〈クルス〉は、くすぐったいのか、身体をピクンと震わせた。
「ふぁ、私も、〈タロ〉様と逢いたかったです」
〈クルス〉が、そう言ったので、僕は〈クルス〉の背中に手を回した。
〈クルス〉も、僕の背中に手を伸ばしてきたので、〈クルス〉をしっかりと抱きしめた。
「ふふふ、こうして〈タロ〉様に抱きしめられて幸せです」
〈クルス〉は、僕の肩のあたりに頭を預けて、両手で僕に抱き着いている。
薄暗いからか、パジャマの生地が薄いからか、いつもより〈クルス〉の身体の凹凸と熱が伝わってきた。
いつもより、〈クルス〉の胸が生々しい。
いつもより、〈クルス〉の下半身が熱い気がする。
僕は、人差し指を〈クルス〉の顎に添えて、〈クルス〉の顔を上げさせた。
〈クルス〉は、僕の指に素直に従い、顔を上げて、僕の方は向いた。
薄暗い部屋の中で、〈クルス〉の唇だけが、真っ赤に浮き上がっている。
闇の中で、開かれるのを待っている、赤い薔薇の蕾のようだ。
僕は、〈クルス〉を見詰めながら言った。
「〈クルス〉の唇が赤い」
「〈タロ〉様が来られるから、口紅だけは塗って待っていました」
僕は、〈クルス〉の唇に激しく唇を押し付けて、吸った。
唇の位置を変えながら、何回も吸った。
薄暗いからか、唇が赤いからか、僕はいつになく興奮していたと思う。
唇を吸うのが激しくなって、「チュパ」「チュパ」という音が、暗がりの中、大きく何回も響いていた気がする。
「んうん、〈タロ〉様。音が。音が聞こえちゃいます。そんなに、私の唇を強く吸わないで」
「分かったよ。もう吸わないよ」
今度は、唇の間を割って、舌で〈クルス〉の舌を撫でまわした。口の中全てもだ。
〈クルス〉の舌を撫でまわすたび、〈クルス〉は「ヤッ」「ヤッ」と声にならない声を上げ続ける。
「ピチャ」「ピチャ」という舌が絡まる音が、薄暗い部屋に響いた気がする。
「あぁ、いや。いや。〈タロ〉様、音が。音が恥ずかしいです。そんなに、何度も私の舌を舐めないで」
「ごめん、〈クルス〉止まらないんだ」
続けて僕は、〈クルス〉の舌と口の中を撫でまわした。
〈クルス〉は、「はあん」「いやっ」と断続的に声を上げ続いている。
声色に艶が出てきている気がする。甘えたような声に聞こえてしまう。
僕は、〈クルス〉のお尻と胸に手を伸ばして、両方同時にまさぐった。
〈クルス〉のお尻は、薄い生地の下で、柔らかく僕の手を跳ね返してくる。
〈クルス〉のおっぱいは、薄い生地の下で、僕に揉まれて形を変えていた。
〈クルス〉は、身体をくねらせて、逃れようとしている。
でも同時に、腕の中で熱い身体をくねらすのは、僕の興奮を誘っていることにしかならない。
〈クルス〉は、僕の胸に手を当てて、僕を押しのけようとしてきた。
でも、力がほとんど入っていない。
僕は、〈クルス〉の甘い声と、熱い身体を感じて止まらない。
そして、〈クルス〉は力が抜けて、ダランと手を降ろしてしまった。
身体は、吃驚するくらい熱くなっている。
〈クルス〉は、僕に口を塞がれながら、「〈タロ〉様」とか細い声で呼んだ。
「ごめん、〈クルス〉。やり過ぎた」
「はっはっ、んうん。〈タロ〉様、やり過ぎです。
舌が弱いと知っているでしょう。お尻も胸も、こんなの触り過ぎです」
〈クルス〉は、少し息が乱れながら言った。声には、まだ艶が残っていたと思う。
表情は薄暗くて良く分からなけど、口調は厳しかった。怒っているみたいだ。
「ごめん、怒っている」
「少し怒っています。胸を押したところで、止めて欲しかったです」
「すいません。これから、そうするから、機嫌を直してよ」
「〈タロ〉様、前にも同じように言われていましたよね。
猿ではないのですから、ちゃんと学習してください」
酷いな。猿って言われちゃったよ。僕もほんの少しだけ、そうかとも思うけど。
何回もやっているから、今度は相当怒っているな。
僕は、〈クルス〉をギュッと抱きしめながら、
「〈クルス〉のことが、好きでたまらないんだ。だから、止められなかったんだ」
と弁解した。
「ふぅ、そんなことを言われたら、もう何も言えないじゃないですか。
私も〈タロ〉様が、好きでたまりません。
今日も、早く逢いたいって、ドキドキしながら、待っていたのですよ」
「じゃもう怒ってない」
「ええ。怒ってはいません。でも、私のことをもう少し大切にして頂けると嬉しいですね」
「分かったよ。反省しています」
「約束ですよ。破られたら、私は悲しくなります」
〈クルス〉の雰囲気は、元に戻って、今は穏やかな感じだ。
「〈タロ〉様、名残惜しいのですが、こんな遅い時間です。
今日は、もうお帰りになってください。寝られないと、明日に差し支えますよ」
「そうだな。今日は、もう帰るよ。また来るよ」
そう言いながらも、〈クルス〉が僕の袖を引っ張ったので、僕は〈クルス〉を抱き寄せて、キスをした。
「〈タロ〉様、くれぐれも気を付けて降りてくださいね。〈タロ〉様、お休みなさい」
〈クルス〉に見送られて、僕は雨樋を降りて行った。
〈クルス〉は、窓から身を乗り出すようにして、僕を見送ってくれている。
〈クルス〉の方が明るいから、僕のことは見えないと思うけど、ひょっとして〈クルス〉には見えているのかな。
〈クルス〉の視線が、僕を捉えていた気もする。
同時に、〈クルス〉の身体の残熱も、伝わってきた気がする。