表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/710

領地の巡察

  父親が出征した。もちろん、「深遠の面影号」に乗船してだ。


 出征の儀式は、厳かに執り行われた。〈ウオィリ〉教師の祈祷に始まり。

兵長〈ハドィス〉の決意表明、父親の挨拶、おまけに僕の留守役の宣誓まであった。


 領民は、父親の出征を心配そうに見送っている。

 紛争地から遠いと思っていたら、関わりが出来たので、気が気じゃないんだろうな。


 次の日から、領主留守居役の僕の教育が始まった。付け焼刃感が拭えないな。

 まずは、領地の巡察をすることになった。


 お供は、執事の〈コラィウ〉、農長の〈ボニィタ〉、御用商人の〈クサィン〉の三人と護衛の〈ハパ〉先生だ。


 領地は広いので、馬で行くことになる。もちろん、僕のパートナーは、愛馬〈青雲号〉だ。

 〈青雲〉は僕の下手な騎乗技術でも、大人しく言うこと聞いてくれる。

 〈サトミ〉が甲斐甲斐しく世話をしてくれたり、言い聞かせてくれたお陰だ。

 有難う、〈サトミ〉。


 町の門を出ると、街道が一直線に伸びているのが見える。

 ポプラ並木は、毟られたように丸裸で、武骨な幹を崩れた神殿の円柱のように並べている。

 街道の両側にある小高い丘の周りに、農場が広がっているようだ。

 地面にへばりついた草は、茶色を晒しているが、その奥底に碧の光を放つものも垣間見えたような気がする。

 

 小川では水車が回っていて、小屋もあるから粉を挽いているのだろう。


 「〈タロ〉様、目の前にありますのが、我が領地の農場でございますだ。小麦・大麦・蕪・ジャガイモを主に作っておりますだ。葉野菜や豆類も少し作付けしておりますだ。果樹園も向こうにありますだ」


 「農長、農地は他にもあるの」


 「農地は、ここだけですだ」


 「この広さで、領民の需要を満たせているの」


 「おぉ、〈タロ〉様、もう領主様のようですだ。ギリギリ足りてますだ。広さは、そこそこありますが、地力が低くて取れ高が増えないのが、頭痛の種ですだ」


 「家畜は飼っているの」


 「鶏、豚、牛、羊を畑には出来ない、丘の上で飼ってますだ。だども、どいつも数が少ないんだ。一杯増やしたいんですが、餌をたんと作るのが出来ねえだ」


 目を凝らすと、確かに丘の上に畜舎が見える。牛がゆっくりと歩いているのも見えた。


 二つの課題か。肥料が少ないのか、連作障害が出ているのかもしれない。

 飼料作物を、栽培する余裕も無いようだな。


 《ラング川》沿いに西へ進むと、農地が終わって荒野になった。

 このまま川沿いに進むと、入り江に出る道に繋がるらしい。


 「農長、この荒野は開拓することは出来ないの」


 「〈タロ〉様、誠に残念なのですが、水が無いですだ。川が横にあるんですが、川の水面が低いんだ。川の方が、低いので水が引けねえだ」


 川を見ると、なるほど、川が大地を削って谷になっている。

 大きな川で、水量もあるのに何とかならないかな。


 さらに進むと荒野が終わり、川沿い以外は鬱蒼とした森が広がっている。

 植林した森では無く原生林のようだ。

 これだけ大きな木が多いと、とても開拓して農地には出来ないな。


 森を見ていると、執事の〈コラィウ〉が、森の説明をしてくれた。


 「〈タロ〉様、領地の西側は、この森が取り囲んでいます。深い森で、木材資源は大きいと言えます。ただ、利用出来ない樹種の方が多くて、効率が相当悪いのが難点です」


 「効率が悪いのか。狩猟はどうなの」


 「狩人が、数名いるはずです。森が深すぎて、獲物を捕るのが難しいと聞き及んでいます。森の奥には、蜘蛛型の魔獣もいるようで危険も大きいです」


 これだけ木が密に生えて、魔獣がいるようでは、素人でも狩猟が厳しいのが分かる。


 また荒野に戻って、しばらく南に進むとドーム状の小山が見えてきた。

 斜面で、三十人くらいの人が作業しているようだ。


 「〈タロ〉様、眼前に雄大に見えますのが、《ラング岩塩鉱山》であります。王国一番の産出量を、誇っておるところでございます。王国内に塩を供給している、最も重要な鉱山と言えますな」


 御用商人の〈クサィン〉が、自慢げに説明してくれた。

 自分の扱っているの鉱山が、国一番なので鼻息が荒いな。


 「王国内の需要の、どのくらいを占めているの」


 「おぉ、〈タロ〉様、良い問いでございますな。おおよそ、三割程度と考えてございます」


 シェア三割か。命に係わる絶対に必要な物だけに、三割でも結構な占有率なんだろうな。


 「いつまで、採掘出来るの」


 「心配ご無用でございます。しかとは分かりませんが、この調子で掘り進めても、百年は大丈夫でございますな」


 死ぬまで大丈夫か。子爵家の経済は、安定しているようで何よりだ。


 昼になったので。食事は鉱山の作業所でとった。

 〈クサィン〉は、しきりに些末な物しか無くてと、恐縮していたが、〈ハパ〉先生の話では、人夫の物よりは数段上とのことだ。

 ただ、味付けは塩味が効き過ぎていて、かなり塩辛かった。肉体労働には、塩が必要なんだろう。


 昼からは、東の方に進んだ。

 少し行くとガス臭い匂いが漂い、小さな沼が、いくつも点々と見えてきた。

 真っ黒なドロドロしたものが、ブクブクと湧き出している。気持ちが悪い場所だ。

 この光景を見て、不意に思い出したことがある。

 「岩塩ドームの傍には石油が湧くことがある」と、なぜか記憶の隅に残っていた。

 入院する前の授業だったので、変に覚えていたらしい。 


 「船の防水に使うタールは、この辺りで取っているの」


 「おー、〈タロ〉様、その通りです。良くお分かりになりましたね」


 執事の〈コラィウ〉が感心してくれたようだ。他の皆も驚いている。エッヘンだ。


 「この沼の先は、どうなっているの」


 「〈タロ〉様、この先には草原があるのですが、魔獣〈紅王鳥〉の生息地で、きゃつの縄張りです。決して、縄張りに踏み込んではいけません。霊薬の元となる珍しい薬草が自生しているため、命知らずが何人も踏み込みましたが、一人残らず帰ってきていません。私も〈紅王鳥〉には、触ることさえ難しいと思います。それほどの脅威です」


 〈ハパ〉先生が真剣な顔で注意してきた。怖いね。

 そんな怖い所へは、用事も無いのにいかないよ。


 「分かった。怖いね。町を襲ったりしないの」


 「魔獣は、縄張りの外へ出ることはありません。襲われれば大勢の死人が出ますので、有難いことです」


 魔獣が引きこもりで良かったよ。もっと東へ進むと、山が見えてきた。


 「向こうに見える、木が疎らに生えている山が、石灰を採掘している山です。遠いので、ここから見るだけにしておきます。領地の建材に使用されています」


 執事の〈コラィウ〉の説明も簡単で、あまり重要なものでは無いということか。

 石灰岩は、珍しい物ではないからな。

 また、少し進むと〈コラィウ〉の説明があった。


 「少し行った先の崖で、粘土が取れます。質の良い高温にも耐えられるものです」


 「おっ、粘土があるのか。陶器の生産とかはどうなの」


 「小規模の窯があって、領民の食器などを焼いています」


 「領民用なのか」


 「陶器は壊れやすく、重たいですから、馬車で運ぶと運賃がかさみます。そのため、細々ながら領地で、必要な分だけを製造しております」


 「運賃がかかるから、他領へは輸出出来ないのか」


 「その通りです。また、王都や大きな町では、昔から陶器を生産しています。由緒ある窯も多数あります。館で使用している食器類は、王都で作られた高級品です」


 田舎の、それもぽっと出の窯の陶器を誰も買わないわ。

 おまけに運賃が上乗せされて、高いのでは話にもならないな。


 ぐるっと回って、東側の川沿いに出た。ここも荒野が広がっている。

 直ぐ下に川が流れているのが惜しいな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ