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夢の泉

 「うぉー、〈サトミ〉。これは、素晴らしい泉だな。本当に綺麗だ。連れてきてくれてありがとう」


 「えへっ、そうでしょう。すごいでしょう。〈タロ〉様と、絶対一緒に来ると決めてたんだ」


 「へぇー、ここも夢に出てきたの」


 「出てきたのに、決まっているよ。〈タロ〉様と一緒に来たんだ」


 「それで、二人はどうしたの」


 「あはっ、それは恥ずかしいから内緒だよ」


 「教えてよ。僕も、一緒にいたんだから、知っている方が自然じゃないかな」


 「うーん、夢の中の〈タロ〉様は、〈サトミ〉が作った〈タロ〉様だもの。今一緒にいる〈タロ〉様は本物の〈タロ〉様だから、まるっきり違うよ」


 「何だか難しいな」


 「〈サトミ〉、難しいこと言ったかな。それより、色んなことをして泉を愛でようよ」


 僕と〈サトミ〉は、ゆっくりと泉の周りを回ることにした。

 小鳥の鳴き声を聞きながら、〈サトミ〉と手を繋いで歩くのは、それだけで至福の時間だ。

 〈サトミ〉はニコニコ笑っていたけど、僕はニヤニヤ笑っていたと思う。


 泉の水を飲んだり、泉に足をつけたりして、泉を身体中で満喫したように感じる。

 泉の水を〈サトミ〉にかけたら、〈サトミ〉に倍かけられて、二人で笑いあったりもした。

 小さなリスが現れて、〈サトミ〉の手に乗ったのは、心底驚かされた。

 〈サトミ〉の、動物に好かれる能力は、ずば抜けていると思う。

 〈サトミ〉はリスを手に乗せて、ケラケラ笑って、はしゃいでいるだけなんだが。


 あっと言う間に、夕日が傾きかけたので、僕達は帰ることにした。


 「〈タロ〉様、今来たばっかりなのに、もう夕方。時間がおかしいよ」


 「はははっ、楽しかったから、時間が過ぎるのを早く感じたんだよ」


 「苦しいことは長く感じるのに、時間って意地が悪いよ。もっと、〈タロ〉様と一緒にいたかったな」


 「まだまだ夏休みは終わらないから、何回でも逢えるよ」


 「うん、そうだね。〈タロ〉様、〈サトミ〉と、また逢ってくれる」


 「逢うに決まっているさ。僕も〈サトミ〉と、もっと一緒にいたいよ」


 「〈タロ〉様、嬉しい」


 僕は、〈サトミ〉の腰を引き寄せて、しっかりと抱きしめた。


 〈サトミ〉の背中を強く抱いて、〈サトミ〉の顔を上に向かせた。

 〈サトミ〉は、首から上が濃いピンク色になって、大きな瞳をウルウルさせている。

 〈サトミ〉は、「〈タロ〉様」って少し震える声で言って、僕を見詰めてきた。


 僕は、「可愛い〈サトミ〉が大好きだ」と耳元でささやき、〈サトミ〉の真っ赤な唇を奪った。

 押し付けて、「チュッ」と少し吸ってみた。


 〈サトミ〉は、「んう、夢みたい」って掠れた声で言って、僕をまた見詰めている。


 僕は、〈サトミ〉の赤い唇に唇を重ねて、今度は強く押し付けた。

 そして、「チュッ」「チュッ」と〈サトミ〉の唇を何回も優しく吸った。


 〈サトミ〉は、「んう」「んん」とくぐもった声を出しながら、僕がしたいようにキスをさせてくれた。

 〈サトミ〉の両手は、僕の腰の辺りをさするように動いていたと思う。

 手をどうして良いのか、分からなかったのかも知れない。


 キスが終わった後、〈サトミ〉は、大きく息を吸い込み、僕の胸に顔を埋めてきた。


 「夢と同じだけど、夢と全然違う。頭の中がキラキラするよ。夢見ていたことを超えるなんて、思いもしなかったよ」


 「そうだな。僕も〈サトミ〉と、こんな風にキスが出来て、夢のようだよ。これから、一杯したいな」


 「うん。〈サトミ〉に、もっとたくさん、たくさんして、〈タロ〉様」


 最後にまた、軽く〈サトミ〉にキスをして、僕達は帰り支度を始めた。


 太陽が傾き、透明な泉の色が徐々に色を帯びていく。青、緑、黄、赤と色が移っていく。


 無垢なものが、少しずつ経験を重ねて、成熟していくようにも見える。

 無垢なものが、年を重ねて純粋なままでは存在出来ずに、不透明な泉に変質してくようでもある。


 僕の横で髪をなびかせている少女に、僕は何をしたのだろう。

 何をするのだろう。何を奪って、何を与えるのだろう。


 あっ、しまった。また、お土産のオルゴールを渡すのを忘れてた。


 厩舎に帰って、〈サトミ〉に渡したい物があると、小屋で待ってて貰った。


 「〈サトミ〉、これ王都のお土産なんだ。直ぐに渡せなくて、ごめん」


 「あはっ、〈サトミ〉にお土産くれるの。〈タロ〉様、ありがとう。開けても良い」


 「どうぞ。どうぞ」


 「うわぁー、綺麗なハンカチなんだ。黄色の花と、猫の柄が、すんごく可愛いよ。これ刺繍だから高かいよね。〈サトミ〉が貰っても良いの」


 「〈サトミ〉のために買って来たんだから、貰ってくれないと困るよ。もう一つのも開けてよ」


 「うん。〈タロ〉様、ずっと大切にするよ。もう一つも開けるね」


 〈サトミ〉は、包装紙を取り外したけど、ただの箱なので戸惑っているようだ。


 「〈サトミ〉、こうして蓋を開けると、音楽が流れるんだよ」


 「あー。本当だ。すごく綺麗な音だよ。女の子もクルクル回って可愛いな。「牧場のあの子は猫みたい」の曲なんだね。これも〈サトミ〉が貰っても良いの」


 「当たり前だよ。逢えなくて寂しい時、これを聞いたらましになるかなって、思って買ったんだ」


 〈サトミ〉は、胸に両手を当てて涙ぐんでいる。


 「〈タロ〉様、酷いよ。〈サトミ〉を泣かすようなことを言って、酷いよ」


 僕は、〈サトミ〉を引き寄せ、優しく抱きしめた。


 〈サトミ〉は、少し僕の胸で泣いた後、口を尖らせて僕を見上げた。

 口を尖らせて、僕を見上げたまま、動かない。このままなら良いのにな。

 口を尖らせる〈サトミ〉を見られるのは、後、少しだと思う。


 僕は、〈サトミ〉に「チュッ」とキスをして、〈サトミ〉の涙の跡を拭ってあげた。


 〈サトミ〉は、くすぐったそうにしていたけど、僕にされるままになっている。

 そして、ニコッと笑った。


 「〈タロ〉様、〈サトミ〉の宝物にするよ。これがあれば、もう寂しくないよ。ありがとう、〈タロ〉様」


 繰り返し振り返りながら、〈サトミ〉は、お土産を抱えて帰っていった。


 僕は、〈サトミ〉にオルゴールを与え、〈サトミ〉の素直な心の一つを奪ったのかも知れない。

 僕は、〈サトミ〉の頬を愛撫して、〈サトミ〉の心の渇きを増やしたのかも知れないな。

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