鬼の〈アコ〉
《ラング》に帰ってきて聞いたのだが、《ハバ》伯爵が、結構前から領民に重税をかけているようだ。
税を払えなくなった者から、情け容赦なく、土地や家を取り上げているらしい。
追い出されるように《ハバ》から、逃げてきた人達が結構いると聞いている。
「すいません。〈タロ〉様に断りもしないで、勝手なことを言ってしまって。
これからは、決してこんな出過ぎたまねはしませんわ。
つい感情が高ぶって言ってしまいました。心の底から、怒りが込み上げてきたのです」
〈アコ〉が、今まで一度も見たことが無い、険しい顔をしている。
いつもは、可愛い顔が、目がきつくなって鬼のようだ。
本気で怒っている。
僕に怒っているんじゃないよな。怖いよ。
〈クルス〉も〈サトミ〉も、酷すぎると〈アコ〉に賛同している。
「そうか。〈アコ〉が、怒るのも無理がないよ。追い出すなんて酷い話だ。
《ラング》を頼ってくれたんだ、ここでは幸福にしてあげたいな」
「ありがとうございます。〈タロ〉様にそう言ってもらえて、嬉しいです。
だからもう、気持ちは切り替えましたわ。
私が怒ったままで、皆が楽しくないのは申しわけないです。
これからは、楽しんでいきましょう」
町を出ると、街道が一直線に伸びている。
ポプラ並木は、大きな葉を広げて、旅人に一刻の日陰を与えている。
僕達は、街道を逸れて、丘の上に昇っていった。
丘の上から、見渡すと農場が見えた。
以前より倍以上の緑が見える。視界一杯に農場が広がっているんだ。
川の横には、いくつも水車が回っているし、家畜も沢山歩いている。
おぉ、すごいぞ。僕の知らないうちに、滅茶苦茶発展しているじゃないか。
〈アコ〉も、先ほどの険しい顔が吹き飛んで、
「うぁー、農場が一面に広がっていますね。すごいですわ」
と興奮気味だ。
〈クルス〉も
「しばらく見ないうちに、こんなに広くなったのですね。
もう、食料を他所から購入する必要はありませんね」
と驚きが隠せない様子だ。
〈サトミ〉は
「今年は、余った分を他所に売る予定なんだよ」
と自分の手柄のように誇らしげだ。
「これもみんな、〈タロ〉様の水車のお陰なのですね。〈タロ〉様は天才です。尊敬しています」
〈クルス〉が僕をじっと見つめて言ってくれる。
「私もその話を聞きましたが、実際に農場を見ると、〈タロ〉様の偉大さが分かりました」
〈アコ〉も僕をじっと見つめて大げさな褒め方をしてくる。
「町の皆も、〈タロ〉様はすごい、領主が〈タロ〉様で良かったって言っているよ。
〈サトミ〉は鼻が高いよ」
〈サトミ〉も僕を見つめて、僕の良い評判を言ってくれる。
あぁ、残念だ。
二人切りなら、こんな雰囲気になったら、抱きしめてキス出来るのに。
どうしたもんだろう。
「いやー。僕の力じゃないよ。臣下や農民の人達が頑張った結果さ」
「うふふ、謙遜することが出来る〈タロ〉様が誇らしいですわ」
「ふふふ、〈タロ〉様は謙虚なところも素敵です」
「あはっ、威張らない、〈タロ〉様がとっても好きだよ」
褒められて、悪い気はしないな。
僕達は、にこやかに笑いながら、館に帰っていった。
翌日の、午後は、〈サトミ〉の希望で遠出をすることになった。
馬に乗って、森の近くにある泉に行く予定だ。
「〈サトミ〉、お早う。お待たせ」
「〈タロ〉様、おはようございます。〈サトミ〉も、今来たところなの」
厩舎で、〈サトミ〉と「今日は楽しみだね」と話しながら、
馬に鞍を着けていく。
僕の乗る馬は、〈ベンバ〉という大柄の馬だ。
〈青雲〉よりも一回り以上大きい。
《ベン》の戦争で鹵獲してきた馬だ。だから、〈ベンの馬・ベンバ〉だ。
〈サトミ〉にこの名前を言った時、〈サトミ〉は、なぜか悲しそうな顔をしていた。
なぜだろう。
〈サトミ〉の乗る馬は、当然〈青雲〉だ、小さくて、大人しいからな。
〈サトミ〉は、女の子では珍しく乗馬が出来る。
乗馬の技術があると言うより、馬が、〈サトミ〉の願いを聞いて、乗せて運んでくれるという感じだ。
〈サトミ〉にかかれば、どんな暴れ馬でも大人しくなるからな。
今日の〈サトミ〉には、不満が一つある。馬に乗るから、
今日の〈サトミ〉は乗馬用のズボンをはいている。
これでは、〈サトミ〉の下着を見るチャンスがないし、ふくらはぎさえ見えないよ。
テンションが下がるな。
でも、良く見ると〈サトミ〉は、薄っすらお化粧をしている。
上唇がツンと上がった唇に、真っ赤な口紅を塗っている。
僕とデートだから、してきてくれたのか。
テンションが上がってきたぞ。
「荷物も積めたし、〈タロ〉様出発するね」
「分かった。場所を知っている〈サトミ〉が先導してくれないか」
城壁の門を出て、しばらく街道を〈サトミ〉と並走する。
それから、あまり整備されていない小径を結構行くと、泉があった。
見えないほど透き通った水を湛えた、泉だ。
遠い山からの伏流水が、底から湧き出しているんだろう。
心が洗われるを、とおり越して泣きたくなるような、清らかな水だ。
それほど大きくはない。一周しても、たいしたことは無い大きさだ。
水底で揺らめいている若葉色の水草と、水面に浮かんでいる純白の花も清々しい。