〈サトミ〉に蜜柑を渡そう
懸案になっているスカート捲りの件だが、色々考えたが、自然に出来る方法が見つからない。
僕にとっては極自然な行為だが、許嫁達が不自然と感じるのを防げそうにない。
ただ、少しでも進展させるために、シュチュエーションを整えることにした。
二人きりになれる部屋を用意することだ。
人目があるとやり難いし、やられた方も他の人に見られたら嫌だと思う。
僕だけなら、それほど嫌じゃないという期待だ。
館の部屋ではメイドの目がある。あの人達は仕事柄か、とても目敏い。
油断出来ない。常時監視されている気がするくらいだ。
それと、二人きりになれる施設は、先々是非とも必要だ。
エッチなことの大半は、監視下でするものでは無い。
二人だけの秘密にすけべだ。あっ、すべきだ。
そこで放置したあった小屋を改修することにした。
館と厩舎の間にある、元は外作業用の休憩小屋だ。
小さいけど問題ない、二人入れれば良いんだから。
執事の〈コラィウ〉に頼んだら、理由を聞かれた。当たり前か。
仕方が無いので、勉強に集中するためにだと言っておいた。
苦しい言い訳だが、本当のことは言えない。それでも、改修は了承された。
御子息様だからな。良かった。
館に帰ったら、父親から折り入って話があると言ってきた。改まって話とは初めてだな。
話の前にお土産があると、蜜柑を一杯渡された。黄色いツヤツヤの蜜柑だ。
柑橘類の爽やかな匂いがする。
まあ、食べてみなさいってことで、久々に食べる蜜柑は美味しかった。
甘みが強くて、酸味も良いアクセントになっている。
そう言えば、この世界で果物を殆ど食べたことが無いな。
「お父様、この蜜柑はどうしたの」
「〈タロ〉、良く蜜柑を知っていたな。勉強を頑張っているな。国の南端にある《タラハ》の町で買ってきたんだ」
「高級な物なのに、ありがとう。美味しかったよ」
「それは良かった。買ってきた甲斐があったよ。それとだな、蜜柑はそんなに高くは無かったんだ。今年は大豊作で安く買えたんだよ」
「そうなの。まだ、沢山あるけどこれも貰っても良いの」
「ああ、良いとも、お父さんは今食べたから、残っているのは全部〈タロ〉のものだよ」
「ありがとう、お父様。〈クルス〉と〈サトミ〉にもあげて良い」
「そうか、そうか、構わないよ。女性は蜜柑が好きだからな。〈サータ〉も好物だった」
「お母様も好きだったの。どんな人だったのかな」
「…… うー。〈サータ〉は賢くて、暖かくて、美しかった。完璧な女性だった。蜜柑は思い出なんだ。今でも思い出すと辛いな」
父親は、十年以上たった今でも、母親のことを引きずっているんだな。
「蜜柑の話はこれで終わりだ。〈タロ〉、呼び出したのは実はな」と父親が本題を話し出した。
要約するとこんな話だった。
大昔から、《ベン》島の領有を巡って、《アルプ》国と《インラ》国が争っている。
今、《ベン》島は《インラ》国に取り返された状態だ。
国王は、重臣や領主からの突き上げによって、この状況を放置して置けなくなった。
《ベン》島の奪還作戦が決まって、《ラング》領にも挙兵の勅旨がもたらされた。
「〈タロ〉や、そういう事で、お父さんは戦争に行ってくる。あまり気が進まないが、国王の命令だから仕方がない。連れて行くのは兵長だけだから、政務には支障は無いと思うけど、留守を頼むよ」
「お父様、お役目大変でしょうが、くれぐれもお体ご自愛して下さい。留守は任されました。それで、出発はいつになるのですか」
「〈タロ〉は凄くしっかりしてきたな。お父さんも安心だ。出発は十日後の予定だよ」
政務は、普段から家臣任せだから問題ないだろう。
しかし、《ベン》島の火の粉が、こっちまで飛んで来るとは思わなかったな。
許嫁に蜜柑を配ろう。
メイドには頼まずに、自分で渡すことにした。
少しでも心証を良くして、好感度を上げようとするセコイ作戦だ。
何事も、小さなことからコツコツだ。
〈サトミ〉の家を訪ねたら、皆、慌ただしく動き回っている。
兵長だもの、そりゃ出兵の準備で大変だわ。
〈サトミ〉は家にはいなくて、多分厩舎に居ると思うとの返事だ。
忙しくて呼びには、行ってくれないようだ。
仕方が無いので、厩舎に行くと直ぐに見つかった。馬の世話をしているようだ。
「〈青雲〉、櫛ですくのは気持ちいい。お尻もすいてあげるね。良い子だから、〈タロ〉様の言うことを良く聞くんですよ。分かりましたか」
〈青雲〉は、僕の馬だ。
青鹿毛で額に雲みたいな白斑があるので、何も考えずに〈青雲〉と名付けた、少し可哀そうな馬だ。
大人しくて扱いやすいが、小柄で馬力が無い子供向けの馬だ。
〈サトミ〉は、僕の馬の世話をしてくれているんだな。
「〈サトミ〉、ありがとう。〈青雲〉も喜んでいるよ」
「〈タロ〉様、こんにちは。〈タロ〉様も、〈青雲〉が喜んでいるの分かるんですか」
「いや、僕のは想像だよ。〈サトミ〉は分かるんだろう」
「はい。〈サトミ〉は『敏覚』のスキルがあるから、大体分かるの」
「〈サトミ〉は役に立つな。動物の気持ちが分かるんだ」
「ヘヘェ、〈サトミ〉が役に立つって、褒められちゃった。馬の世話ばかりしてダメって、皆に怒られるけど、〈タロ〉様は怒らないし、嬉しいっていう気持ちが伝わってくる。〈タロ〉様好き」
やったー! 初好き頂きました。
「僕も〈サトミ〉が好きだよ。顔を見たくて会いにきたんだ」
おー。この世界では、今一歩現実感が薄いせいか、歯の浮くような台詞がスラスラ口を吐いてくるな。
自分の抱いている気持ちを、照れなくストレートに話せる。
「えっ、〈サトミ〉の顔を見たくて会いに来たって、〈タロ〉様ほんと」
顔を赤くして、はにかんでいる。体をもじもじさせて可愛いな。
「本当だとも。〈サトミ〉が可愛いから、いつも〈サトミ〉のことを考えているよ」
本当に何時も考えている。エッチなことが多いけど。
〈サトミ〉はもっと顔を赤くして俯いてしまった。どうしたんだろう。
まさか、エッチな妄想がバレたのか。多分言い方が直球過ぎたんだろう。
そうに違いない。そうしておこう。
「そうだ〈サトミ〉、お土産を持ってきたんだ。蜜柑だけど食べる」
「わぁ、蜜柑ですか。〈サトミ〉まだ食べたことないです。珍しいものなのに、〈サトミ〉が食べて良いんですか」
「〈サトミ〉のために持ってきたんだ。遠慮しないで食べてよ」
「〈サトミ〉のためにですか。嬉しいです。食べたいです」
〈サトミ〉と僕は、厩舎の柵に仲良く二人で腰かけて、蜜柑を食べた。
〈サトミ〉は、上機嫌で美味しいそうに、蜜柑を食べてくれた。
スキルがない僕にも、嬉しいっていう感情が伝わってきたよ。
「〈タロ〉様、ごちそうさま。とっても美味しかったよ。〈サトミ〉、こんな嬉しいの生まれて初めてだよ。一生忘れないよ」
「一生は大げさだな。また、何か美味しい物があったら持ってくるよ」
「ううん、〈タロ〉様が会いに来てくれるだけで嬉しいよ。次からもっとお話ししようね。今日は本当にありがとう。長いこと厩舎にいるから、おばちゃんに怒られるから、もう帰るね」
〈サトミ〉は、本当に素直で可愛いな。好感度も少し上がったような気がする。
やっぱり女性には、プレゼントだね。
それと〈サトミ〉の匂いで何かなと思っていた、正体が分かった。
厩舎の匂いだ。匂いが付くほど、ここで過ごしているんだな。