正義は〈アコ〉
劇場で三人分の切符を買って、中へ入った。
一枚二十銀貨もする。結構高い値段だ。
劇場はもう半分以上埋まっている。なかなかの入りだ。
僕達は、中央近くに空いていた席に座った。
「〈タロ〉様、幕が開くのが待ち遠しいですわ。私、ワクワクした気分が止まりません」
「それは良かった。僕もだ」
僕はちっともワクワクしていない。〈アコ〉に合わせているだけだ。
作られた人生を見せられても、「それで」って言う気持ちだ。
演劇が好きな人と、好きじゃ無い人の違いは、なんだろう。
直ぐに答えが出せる問題では無い気がする。
ただ、演劇に興味が無いと言えば、〈アコ〉が気にするだろうし、ハッキリと言う必要は無いと思う。
客席には、その後も、お客が次々と入ってきて、八割くらい席が埋まった。
人気が高いのは本当だな。
そして、幕が開いた。
舞台は、典型的な恋愛物だ。〈リク〉が言うように、ヒロインはなかなかの美人だ。
でも、〈アコ〉や〈クルス〉より、ずっと下だ。
何といっても、〈アコ〉や〈クルス〉は、現実にキスは出来るし、胸やお尻も触れるからな。
それに、めちゃくちゃ可愛い。
見ているだけでは、不満が溜まるだけだ。
視覚以外にも、五感全てで感じることに勝てるわけが無い。
嘘の人生、誰かの人生、と自分の人生と比べられるはずも無いか。
演劇は自分では無い人生を、一時楽しむものだ。
変に難しく考えているのは、意味が無いことだな。
〈アコ〉の演劇に対する思いが正しい。正義は〈アコ〉にある。
やっぱり、麗しのメロンおっぱいが正義と言うことだ。もっと、一杯正義に触れよう。
舞台が暗くなって、悲しい雰囲気になってきた。
美人の女主人公と、ハンサムな男主人公が、なんかの理由で、仲を引き裂かれる場面だ。
もう会えないと嘆き悲しんでいる。気持ちは分かるけど、好きどうしなら、キスくらいしろよ。
理解に苦しむ。もう最後までやれば良いのに。
でも待てよ、最後までしたら、十八禁どころか、上演出来ないな。
一番、悲しい場面で、〈アコ〉が僕の手を握ってきた。
悲しい気持ちを和らげようとしているのか。分かち合うとしているのか。
どてらでも構わない。
手を握るぐらいお安い御用だ。いくらでも、握れ。両手でも良いぞ。
その後、舞台は剣戟のシーンになった。
迫力も、緊迫感も、何もない退屈な演技だ。レベルが低すぎて、見る気になれない。
もう少し何とかならないものかな。
目を閉じていたら、眠ってしまったようだ。
銀貨二十枚がもったいないな。
「〈タロ〉様、途中で寝てたでしょう。良い舞台なのにもったいないですわ」
「そう言うなよ。〈アコ〉に手を繋いで貰ったら安心したんだよ」
「まあ、私のせいですの。安心したって、怖い場面は無かったでしょう」
「舞台のように〈アコ〉が、僕から離れていくのが怖かったんだよ」
「もー、そんなこと言って、〈タロ〉様は。私をキュンとさせないで下さい。
胸が熱くなって困ってしまいます」
「コホン。ここは劇場ですよ」
〈リク〉が、現実に引き戻してくれて、僕達は劇場を出た。
出口では、「良かったわ」「泣いちゃった」「次の公演が楽しみだ」と口々に、劇場から帰る人が感想を言い合っていた。
僕は熟睡出来たから、良かったと思っておこう。
昼食は、噴水通りにある分厚い炙り肉が美味しい店でとった。
分厚いのに、柔らかくジューシな良い肉だった。
焼き方も、真ん中が少しだけ赤い、絶妙な焼き加減だった。
ここで、夕食分の、粗挽きに肉の揚げパンも買っておいた。
午後からは、いつもの「南国茶店」だ。
「南国茶店」は全席が埋まっている。大盛況だな。
〈カリナ〉も、〈テラーア〉も、目まぐるしく働いている。
少し忙し過ぎるくらいだ。
開店当初で物珍しいからと思うけど、開店を遅らせて正解だったな。
あのまま開いていたら、マズイことになってた気がする。
「甘いおイモ」も、良く売れているようだ。食べているのは、やっぱり女の子が多いな。
「蜜柑果汁」も、「バナナ果汁」も、一緒に注文されていて、こちらも好評のようだ。
〈リク〉も慌てて手伝いに入るようだ。頑張って儲けろよ。
今度は、厨房に置いてあったバナナジュースを失敬した。
〈カリナ〉が「あー」って溜息をついていたが、何か悩みがあるのだろう。
着替えを済ませて、〈アコ〉と引っ付いてソファーに座った。
「〈タロ〉様。〈カリナ〉さんが、恨めしそうにしていましたよ。大丈夫ですか」
「〈カリナ〉も、いざ結婚するとなったら、後悔とか悩みがあるんだろう。
これで良いのかとか」
「〈タロ〉様。全然違うと思います。どこをどうしたら、そんな話になるのです。
〈カリナ〉さんが、後悔するわけありませんわ」
「そうかな」
「そうです。二人は愛し合っているのですよ」
「まあ、それよりバナナ果汁を飲もうよ」
「うーん、申し訳ない気もしますが、もったいないから頂きますわ」
「バナナも濃厚で美味しいな」
「バナナって果汁にすると、甘くて濃厚なのですね。これは女子に受けますね」




