踊るバカ
「南国茶店」は次の休養日から開店することに決まった。
舞踏会があるので、いつもより賑やかになるだろうとの読みだ。
〈アコ〉と〈クルス〉は、また完成品に手を伸ばしている。
特に〈アコ〉は、ニマニマと顔がにやけている。
「二人とも、そんなに食べたら昼食が食べられないぞ」
「〈タロ〉様、もう遅いですわ。このお菓子がお昼ごはんです」
「私も、もうお昼ごはんは食べられません」
「ご領主様、このお菓子の名前はどうします。良い案はありますか」
〈カリナ〉が僕に意見を求めてくる。スイートポテトでは意味が通じないしな。
「そうだな。「南国イモ」でどうだ」
「えー、それはちょっと。「南国イモ」では、かっこ悪いです」
せっかく考えたのに、文句を言われた。
「〈タロ〉様、甘いのが美味しいお菓子ですから。「甘いおイモ」でどうですか」
〈アコ〉は、本当に甘いのが好きだな。
「それ。それが良いですね。女性は甘いものが好きですし。名前で分かるのも重要です。
ご領主様のより、圧倒的に良いです」
〈アコ〉は、命名のお礼にと、またスイートポテトを貰っている。
今までも結構食べていたけど、まだ食べられるのか。
「〈タロ〉様、お願い。もうお腹が一杯で食べられないの。残りを食べて」
やっぱり、想像通りだ。前にもあったぞ。わざとなのか。
「〈アコ〉、またか。甘いのを一杯食べて太っても知らないぞ」
「うぅ、ごめんなさい。食べないようにします」
僕も〈アコ〉の残りを食べたら、もう昼ご飯は無理だな。
店でお茶を貰って休憩しよう。
〈リーツア〉さんが、「睾丸をジャガイモと間違われた男」の大人のジョークを飛ばして、 〈テラーア〉と〈シーチラ〉を笑わせている。
隣に座っている〈アコ〉と〈クルス〉は、顔が少し赤くなっている。
このくらいのジョークで、顔を赤くしているようではダメだな。
もっと、僕のジャガイモを触らせて、耐性を付けなくてはいけない。
よく見ると〈カリナ〉まで赤くなっているぞ。〈リク〉は何をしているんだ。
いや、何もしてないのか、だ。
休憩が終わって、「南国茶店」の二階に行く。
前回と反対で、最初は〈アコ〉と二人切りだ。
「〈タロ〉様、舞踏会が近いので、ダンスの練習をしましょう。おさらいが必要ですわ」
えぇ、そうなの。イチャイチャしないの。
「残念だけど、分かったよ」
「〈タロ〉様、気を落とさないで、踊れば楽しくなりますわ」
確かに、舞踏会で恥をかくのは、僕も避けたい。悲しいけど、おさらいは必要だな。
ソファーとテーブルを隅に退けて、練習を開始する。
〈アコ〉の腰に左手を添えて、〈アコ〉の左手を僕の右手で握りながら、ステップを踏み出した。〈アコ〉の右手は、僕の肩か、背中に添えられている。
最初は、「輪舞旋楽」の練習だ。
三拍子の曲に合わせて、男女が位置を入れ替えながら。優雅に舞う踊りだ。
名前のとおり、クルクル回るのだが、どれだけ滑らかに回るかが、この踊りの上手い下手の分かれ目だ。
最初はぎこちなかったが、段々調子が出てきた。練習したことを身体は覚えているもんだな。
狭いから、一か所で回ることになる。部屋着のスカートを翻しながら、〈アコ〉を回転させる。
ゆっくりだから、それほどスカートは翻らない。遺憾に思う。
「〈タロ〉様、一度休憩しましょう。お茶を飲みましょうよ」
僕達は、片隅に寄せたソファーに座って、〈アコ〉が用意してくれたお茶を飲んだ。
「〈アコ〉、ありがとう。お茶が美味しいよ」
「ふふ、どういたしまして、普通のお茶ですよ」
「〈アコ〉は踊りが上手いな。合わせてくれるので踊りやすいよ」
「うーん。合わせにいっている意識はあまり無いのです。
私は、基本的に〈タロ〉様の目を見ていますから、自然に合うのだと思いますわ、〈タロ〉様」
「そうか。以心伝心だな」
「はい。〈タロ〉様の動きや、考えが、段々分かってきましたわ。
私は、いつも〈タロ〉様を見ていますから」
「僕は、いつも〈アコ〉に見張られているの」
「ふふふ、見ているだけですよ。見張ってなんかいませんわ」
「お手柔らかに頼むよ」
「もう、どういう意味ですか、〈タロ〉様」
「ハハハ、もっと練習する」
「しますけど。その前にお願いがあるのです」
「なに」
「変な警戒していますね。心配しなくても大丈夫ですよ。
今度の舞踏会で、私のお友達の〈ヨー〉、〈ヨーコラウ〉とも、一回だけ踊ってあげて欲しいのです。
誰にも誘われなかったらですが。
良い子なのですが、大人しくって、引っ込み思案な子なのですよ」
願ってもない話だ。言いやすくなったな。
「分かった。了解だよ。
ただ、僕の方も頼まれているんだ。〈ソィラギソ〉と言う名前で、大人しいヤツなんだ。
一回だけ踊ってやってよ。頼むよ」
「まあ、一緒ですね。当然、私も了解です。
〈タロ〉様に頼むのが心苦しかったのですが、すごく楽になりましたわ」
休憩を終えて、練習再開だ。
言いにくい頼みも解決して、踊りも余裕が出てきたのか、〈アコ〉はにこやかに笑いながら、優雅に舞っている。
「こんなに、踊りが楽しいなんて思いませんでしたわ」
「僕も思いどおり踊れるから楽しいよ」
「〈タロ〉様が、お上手だからですわ」
「〈アコ〉の方が上手いよ」
「ふふふ、二人で褒め合っていると世話がないですね」
「本当だ。傍から見るとバカみたいだろうな」
「ふふふ、踊るバカですか。酷いですね。踊るあんぽんたん、くらいで済みませんか」
「少し可愛らしさが出たけど、それも相当間抜けだな」
「ふふ、そうですね」
〈アコ〉は、笑い声をあげなから、クルクル回っている。
舌を噛まないか心配なくらい口を開けて笑っている。