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「深遠の面影号」

 急に父親が、跡目披露という儀式のために王都へ行くと言い出した。


 父親は領主としても、子供にとっても、問題がある人だ。

 趣味にのめり込むあまり、他のことを顧みないためである。


 父親の趣味は船で、この世界の最先端の船である帆船の製造と運航に、人生の大半を注ぎ込んでいる。


 「お父様の船は、どんな船なの」


 「船に興味を持つとは、〈タロ〉は賢いな。我家の将来は安泰だ。〈タロ〉や良くお聞き、お父さんの船「深遠の面影号」は、大きさも速度も世界一なんだよ」


 「へぇー、すごいんだね」


 「それとだな、向かい風でも帆走出来る最先端の技術を、「間切り」と言うんだが、これが出来る特別な帆を装備しているんだ。お父さんの船だけ、何処へでも好きな所に行けるんだ。ワクワクするだろう」


 「うん。そうだね。ワクワクするね」


 「そうだろう。おまけに、復元力と堅牢性に優れた船体構造も取り入れた、画期的かつ安全性抜群の夢の船なんだ」


 父親は興奮しつつも、話し慣れた内容なのか、一気に捲くし立ててくる。

 船の話だと熱量が全然違う。


 「お父様の船は、どこまで行けるの」


 「〈タロ〉よ、良くぞ聞いてくれたな。素晴らしい質問だ。お父さんの船は、世界一周も可能なんだよ」


 「へぇー、すごいんだね。世界一周か」


 「ただ、世界一周は、まだ無理なんだ。〈タロ〉にも分かると思うが、沖に出て陸が見えないと、方向が分からなくなるんだよ。といって、初めての海で陸に近いと、暗礁に乗り上げる恐れが強くなる。それで、この国の沿岸の海図は、全て完成させたんだ。凄いだろう」


 「へぇー、すごいね」


 「そうだろう。今はこの国の沿岸だけだが、世界の1/4を手中に収めた様なものなんだ。だから、もうすぐ世界一周ができるぞ。〈タロ〉や、お前も一緒に世界一周に行くか」


 普段と雰囲気が一変して、同一人物とはとても思えない。怖いぐらいだ。

 海図と世界を手中に収めるは、全然違う話だ。誇大妄想もあるのか。色々心配になってきたぞ。


 最先端という話だが、羅針盤は無いみたいだな。

 方位磁石のことを教えたら、もっと暴走しそうだから止めておこう。


 今まで誰も、遠洋航海をやろうと思った人がいなかったため、海図を地道に造っていたのか。

 それで、いつも船に乗っていたんだな。子爵領の政務は、家臣に任せっぱなしだ。


 兵務は兵長の「ハドィス」に、岩塩を始めとした貿易は御用商人の「クサィン」に、農園の管理は小作頭の「ボニィタ」に丸投げ状態だ。


 子爵家は大丈夫か。無能な領主が、下手に口を出さない方が、上手く回っているのだろう。

 これほど船に執着するのは、何か理由があるんだろうな。


 「跡目披露に行くことになったので、そのつもりでいてくれよ。〈タロ〉も、知らない間に大きくなったからな」


 はぁー、ほとんど船に乗っているから、知らないだけだろう。


 「お父様、跡目披露とはなんですか」


 「言ってなかったかな。跡目披露とは、貴族の跡取りが王様にお目通りをして、正式に跡取りと認めてもらうことだよ」


 何も聞いてないよ。呆けてはないよな。僕はまだ子供だから、頼むよ。


 「王様に会うのですか」


 ほぉ、王都に行くのか、それは楽しみだな。


 「そうだよ。〈タロ〉が我が家の跡取りだと、国王に認めてもらう必要があるのだ。昔、血みどろの跡継ぎ争いが起こったことがあって、貴族家では重要な儀式となっているのだ」


 「馬車で行くのですか」


 「もちろん、「深遠の面影号」で行くよ。快適だし早いよ。楽しみにしておいで」


 「お館様、お待ちください。船も良いですが、万一の事を考えて、陸路にされてはどうですか」


 執事の〈コラィウ〉は船をあまり信用してないのか。

 領主と跡継ぎが、一度に亡くなったらマズイからな。


 「なんだと。「深遠の面影号」は完璧な船だ。遭難するとは失敬な。不愉快だ。絶対に「深遠の面影号」で行くぞ。直ぐに王都へ行く用意をしろ」


 自分の船を貶されて怒っているけど、僕も結構心配だ。

 何せ出来上がったばかりの技術なんだから。遠泳の練習をしておくべきだったか。


 こうして僕は、王都に船で行くことになった。


 王都は《アルプ》という名前で、国のほぼ真ん中にある、人口数万人の都会だ。

 《アンサ》という町の港に行き、そこから馬車で一日の距離だ。

 《アンサ》の港までは、陸路だとおおよそ十日はかかる。


 船に乗り込むために、《ラング》の町から、少し離れたところにある入り江に向かった。

 入り江には、数件の漁師の家と桟橋があるだけだ。獣を防ぐ柵も簡単なものしかない。


 「お父様。この船は水が漏れたりしない」


 ストレートに不安を聞いてみた。


 「おいおい、「深遠の面影号」に失礼な物言いだな。最新の技術と最高の船大工が精魂込めて作ったものだよ。水が漏れるなんてありえないよ」


 「最新の技術って、どんなものなの」


 「〈タロ〉は益々船に興味を持ってきたな。素晴らしいことだよ。そうだな、色々な技術を詰め込んでいるけど、一つ挙げると、水漏れ対策にタールを詰めるという、画期的な技術を駆使して、完璧な密閉を実現しているのだよ。凄いだろう」


 「へぇー、すごいね。お父様、この船は何人くらい人が乗れるの」


 「そうだな。船倉に詰め込んだら百人は乗れるかな」


 百人は無理そうだが、それなりに大きい。

 今も陸路に使うからと、馬四頭と家紋が施された馬車が積まれている。

 馬車を向こうで借りるという発想はないのか。


 「お父様。この船はオールもあるんですね」


 「そうだよ。帆船だから風で進むのは当然だが、細かく動かすためにオールも装備しているのだよ。接岸する時に便利だからね。「深遠の面影号」は何でも出来る凄い船なのだ」


 「へぇー、すごいね。お父様。《アンサ》の町までどのくらいかかるの」


 「そうだな、順風とまでは行かないから、四日はかかるな。でも、こんなに早く着けるのは「深遠の面影号」しか出来ない芸当だよ。凄い船だろう」


 船は思ったより良く出来ていて、前の世界で言うとガレー船とガレオン船を足して二で割ったようなものだ。

 素人目だけど、大きな波が立っていても問題なく帆走している。

 大金を掛けただけのことはあるようだ。


 「坊ちゃん、儂の名は〈サンィタ〉だ。「深遠の面影号」の船長をしている。よろしく頼むわ。くれぐれも、船の上では大人しくしておいてくれよ。海に落ちたら、可愛い許嫁ともうイチャイチャ出来なくなるぞ」


 「分かったよ。船長の言うとおりだ。魚に身体を啄まれても嬉しく無いからな」


 「ワハハハ。儂も娘っ子なら良いが、魚は御免被るぞ。聞き分けが良くて助かるわ」


  船長は、潮風に焼けた赤銅色の肌をした、見るからに海の男だ。

  黒髪で体格もあるゴッツいおっさんだ。

  操船技術を見込んでスカウトされてきたんだから、それなりの腕があることを期待しよう。


  ガサツだが、やれる男の気配がする。人生で、何が大切かを分かっているようだからな。


  出航をして、外洋に出た途端に船足が止まった。えー、いきなりトラブルかよ。大丈夫なのか。


 「お父様、船が止まったけど故障ですか」


 「〈タロ〉や、違うよ。あそこに鳥が沢山見えるだろ」


 「はい、見えます。あの鳥が何か。あっ、餌があるということですね。あの下に暗礁があるのですか」


 「ご名答。〈タロ〉は本当に賢い子だね。暗礁があるから、慎重に進んでいるのだよ。暗礁の位置は、全て海図に落とし込んである。苦労の賜物だよ」


 「へぇー、すごいね。暗礁の位置が、分かっていると魚も沢山獲れますね」


 「ウーン、漁師の使っている、丸木舟に毛が生えたような船では、もう外洋のここまでは、来られないと思うよ。波も荒いし転覆するかもしれないな」


 暗礁か。危ないな。魚が沢山いるのに獲れないのは残念だ。


 暗礁を過ぎて、少し進むと今度は、真っ白な島が見えてきた。絶海の孤島だな。

 島が白いのは鳥の糞か。信じられないほどの、糞の量だな。数百年分はあるんじゃないか。


 それからも、「深遠の面影号」は順調に進んだ。


 海の色は、日差しの加減や水深によって、銀、藍、紫、橙色と、色々な輝きを見せてくれる。

 たおやかな波、うねるような波、白兎が跳ねているような激しい波。

 波も僕を飽きさせないかのように、色々な表情を見せてくれた。


 水平線が、何処までも続く広やかな海。

 白い帆を一杯に膨らませて、滑るように航跡を刻む、ただ一隻の船。世界の海を独り占めだ。

 他の船は、どこにもいない。沿岸をトロトロ動いているだけだ。


 父親の気持ちが、少し分かる気がした。

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