〈南国茶店〉
個室のブースは五か所だ。カウンター席は無い。狭いから仕方が無いんだ。
内装は少し凝って、南国ムードを取り入れてみた。
エスニック調と言うのか、アジアン風と言うのか、とにかくそんな感じだ。
気分がそうなら、そうで良いんだ。
床は、こげ茶色とアイボリー色を交互に斜めに張って、ハイトーンとダークトーンを組み合わせた。まるで、インテリア雑誌から抜け出たような床なんだ。たぶん。
壁も、薄く剥いだ木を細かく斜めに編み込んで、全面に貼り付けている。
廃材に近い細かい木を使用しているので、値段もすごく安いんだ。
この世界は、人の手仕事が驚くほど安価で、何度も驚かされる。身分の差が大きいためだろう。
天井は、思い切って真っ青に塗って、白い雲を漂わせてみた。
上を見上げれば、一面の青空だ。鬱陶しい気分なんか、南風で吹き飛ぶぞ。
止めは、レジ周りを、ヤシの木に見えるように装飾したことだ。
幹を模して、ザラザラとした質感の木の皮を張って、茶色に塗っている。
葉っぱは、トゲトゲの形に板を切って、鮮やかな緑色に塗ってそれらしくした。
南の国の穏やかな音楽が聞こえて、際どい民族衣装の女性が周りで踊っているぞ。
レジはもう南国の店になったとしておこう。
ただ、暖炉があるのが、雰囲気を微妙なものにしている。
ハッキリ言ってぶち壊しだ。
でも、現実は南国じゃ無いので仕方がない。
暖炉の火は、温かくて癒されるよ。
「〈タロ〉様、良いお店ですね。内装が素敵ですわ」
「まるで、本物の南の国に来たようです」
「そうかな。ありがとう。まあ、そこの椅子に座ってよ」
「〈タロ〉様、この椅子、座るところと背もたれが、縄で編んでいるんですね。
こんなの初めて見ましたわ。吃驚です」
「私も初めて座ります。座り心地も、少し変わってて良いですね」
「衝立も、太い蔓で出来ているのですね。南国情緒がたっぷりですわ」
「ふじの蔓で編んでいるんですね。背が高い割には、重苦しさが無くて良いですね」
「そうかな。そうだろう。ありがとう。この机の敷きものも良いだろう」
「南の植物の絵ですね。鮮やかですわ」
「この柄を見たら、心が遠い南国に飛ぶ気がします」
「そうだろう。そうだろう。ウフフフ」
身びいきもあるだろうが、女子受けは上々だ。まずは良かった。
この店は、女性にそっぽを向かれたら終わりだからな。
お茶とジュースとお菓子では、男は来ない。自ずと女性がターゲットになる。
男は女性が来たら自然とついて来る。おまけだ。
男は女性が来たいと言ったら、逆らえないからだ。
僕が自分で実証しているから、この説は固いぞ。
「〈タロ〉様、この店のお品書きはどんなのですか」
「それがな、種類は少ないんだ。お茶と蜜柑果汁と焼き菓子だな」
「それは、少ないですね」
「おイモは売らないのですか」
「南国だからな。イモは合わないと思ったんだ。お菓子は、今後の検討課題だな」
二人は、立ち上がって、物珍しそうに新しい店の中をあちこち見ている。
ヤシの木風のレジに少し驚いているぞ。
「〈タロ〉様、このお店の名前は、なんて付けたのですか」
「〈南国茶店〉だよ」
「まあ、そのままなんですね」
「何の捻りもないですね」
「えっ、良い名前だろう。名は体を表しているだろう」
「そうですけど」
「中身で勝負と言うことですね」
二人の受けは、あまりよろしくないが、もう看板は注文しちゃったよ。
〈南国茶店〉、我ながらシンプルで良い名前だと思うけどな。
何をコンセプトにしているかを、端的に理解してもらえるはずだ。
誰もが、南国に行って、ゆっくりと休みたいと思うに決まっている。
そう信じたい。そう信じよう。信じた者は救われるはずだ。
「二階もあるけど見るかい」
「もちろん、見ますわ」
「ぜひ、見たいです」
店の中にある階段を使って、二階のホールに上がる。
二階は、廊下を挟んで二室しか無いが本当の個室だ。
部屋の大きさは、十人入るには厳しい。五人なら余裕がある。
窓はそれほど大きくは無いが、三方に空いているし、小さな暖炉もついている。
壁と床は、板を二枚張り合わせて中に空気の層を作る構造にしている。
窓のカーテンは、薄手と厚手の二重と過剰なくらいだ。
これは、暖房効果も高める意味もあるが、主眼は防音効果を狙ってだ。
この部屋の中で、何をしても、どれほど声をあげても、部屋の外には聞こえないってことだ。
フハハハハ。この部屋の中では、えろえろ出来ると言うことなんだよ。
家具も、えろえろ考えて選んだぞ。
まずは、三人がけのソファーだ。高級品をチョイスした。
固くは無いが、柔らか過ぎない物を選んで貰った。
固いとあまりリラックス出来ない。
だが、柔らか過ぎると身体が沈み過ぎて、身体の下に手が入らない。
絶妙な固さが求められる。
僕も今日初めて座るので、どんなソファーかドキドキしている。
ソファーと対になるオットマンも、購入済だ。
足が延ばせるし、人数が多い時は椅子の代わりにもなる。
テーブルもあるけど、これはどうでも良い。
ソファーが命だ。