第1章「隠し事」1-1
第1章「隠し事」1-1
誰だって隠し事の一つや二つはあるだろう。
隠し事が露呈してしまうと,人間関係の破綻に繋がったり,自分のアイデンティティが崩壊したりと,非常にナイーブな問題に発展しまうケースが多い。
九条帝に場合,その隠し事はそんな精神的な問題を超越しているため,絶対に露呈してはならないことである。
黒い長い髪を靡かせながら,今日も心の中で思う。
(絶対に,男とバレないようにしよう…)
ここは,女学院。教諭には男性がいても仕方ないが,生徒に男がいてはならないだろう。
帝は絶対に男と露呈してはいけないのだが,その実情とは裏腹に注目度は非常に高い。長身で,スラっと伸びた足,胸は少し細工して小ぶりな感じで,所謂モデル体型に見える。ここが女学院であっても,羨望の眼差しで見られるのは当然である。また,顔は元々が中性顔だったため,髪が長く,スカートでも履いていれば,女性と見られていても仕方のないことであった。
(うーん,やっぱ見られているな…)
「ご,ごきげんよう」
帝は見られている視線にムズムズしていて,上の空だったため,目の前に女生徒がいるのに気づかなかった。少し驚き,挨拶してくれた女生徒を見た。
「ごきげんよう」
帝はニコっと笑顔をすぐさま作り,挨拶を返した。咄嗟にそんな返事ができるのも,慣れているからである。下級生だろうか,笑顔の帝をずっと見つめて,ぼーっとしていた。
「どうしたのかしら」
そう下級生に問いかけると,下級生はハッとして頭を下げた。
「すみません!帝様に見とれていました!今日もお綺麗で…憧れです!」
「そう,ありがとう。でもあなたの方が綺麗で可愛いわよ。あら,前髪が乱れているわね」
帝は反射的に,下級生の前髪を手で整えてあげた。その光景を,周囲の女生徒たちが見ており,黄色い勧声が上がった。
「「キャー!!帝様!!」」
下級生は,帝に髪を整えられるのをじっと待つが,恥ずかしくなり後ずさった。
「あ,ありがとうございます…!では,また!!」
「うふふ,おかしな子…」
帝は走り去る下級生を笑顔で手を振り見送った。帝は超絶完璧に女生徒を演じていたのであった。
(…また,目立ってしまった)
目立つのは本意ではない様子だが,仕方がないのである。
「まーた,女の子を誑かして…ほんと九条さんって女たらし…」
「私は,フツーにしているだけですわ。綾小路さん」
「どーだか」
後ろから,話してきた女生徒は綾小路礼,帝とルームメイトである。もちろん礼は女性で,帝が男ということを知らない。帝は今日までもなんとか,男であることを隠し通しているのだ。
礼は茶髪のポニーテール,元気系な少女だが,強気な態度とは裏腹に頬を赤らめている。
「昨日はほんと,ありがと…」
「いえ,当然のことをしただけですわ…」
帝が注目されているのは,容姿のこともあるが,昨日の出来事が多く起因していた。
(あれがなければ,こんなに目立つことはなかったのに…)
そう帝は悔やむが,後の祭りである。帝は編入生で,始業式の際に目立ってしまったのである。
ここは,神前女学院高等学校,再度言うが女学院である。神道を教育の中心に置き,巫女としての心構えを教え,淑女として社会に排出する高校である。各界の令嬢が多数在籍しており,その多くは中学からのエスカレートで進学した人ばかりである。礼はそのうちの一人であるが,帝は外部編入組という扱いである。家柄が重視されるこの学校では,嫌煙される存在なのだが,編入試験をトップで通過したこと,容姿端麗であること,そして始業式でのある出来事により,この学校のお嬢様方に大変気に入られてしまったのである。それほどまでに,女学校というのはボーイミーツガールに乏しく,日々色恋沙汰を求めている淑女が多いのである。
帝と礼が一緒に歩くだけで,周りの女生徒たちが色めきだす。
「帝様と礼様,ルームメイトなんですって!」
「やっぱり,付き合っているのかしら…」
流石は女学校,噂話は絶えないようだ。
(そんなわけないだろ,僕が綾小路さんと…そんなの許されないことだ)
「…噂になっているね」
「ええ,皆さん想像力が豊かですわね…」
(本当に困る…苦手だ。僕の性別がバレると周りが不幸になるのだから)
頬が赤くなっている礼とは対照的に物憂げな帝の様子。
(あーどうしてこうなったのだろうか)
―時は始業式に戻る