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奇策か良策か

魔獣討伐を交渉材料に大手商会の娘を人質代わりに嫁にもらう。

卑劣な手を使った縁談の強制にカイ達は顔をしかめた。

同じ女として納得いかなかったのか、トウカは鼻息荒く怒りの声を上げる。


「なにそれ!?理不尽にもほどがあるじゃん!」

「ですがそれに応えるより他に手がありません。」


不服ながらもカナデは首を横に振ってうつむいた。

その様子を見かねたカイは意を決したように提案する。


「うちとの取引を切りゃなんとかならねぇか?


自分たちを切り捨て見殺しにするような提案にヒビキは息を呑む。


「それはいけません。カイ殿を見捨てては恩知らずにもほどがある。」

「だが、そんな男にカナデ嬢を嫁がせるのは酷だろう。俺にとっても娘みてぇなもんさ、賛成できねぇ。」


カイの言葉にヒビキは思わず言葉を詰まらせた。

恩人であり友人と慕ったカイが自分と同じように娘を想ってくれている嬉しさ。

しかしその決断は他ならぬカイを見捨てる決断である。

相反する感情が歴戦の商人であるはずのヒビキを黙らせる。


しかし、当の本人であるカナデは父親の代わりに毅然とした態度で断った。


「お気持ちは嬉しいですがそれはできません。取引先を見捨てれば、商会としての信用は地に落ちます。なにより、私達の誇りが許しません。」


口調ははっきりとしつつも、唇はやや白く肩は微かに揺れている。

明らかに強がっているのが見て取れたが、その健気さにカイは言い返すことができなかった。

トウカもまた、カナデの様子に泣きそうな声でつぶやく。


「そんな…。それしか方法はないの…?」

「他にいい手があれば別ですが、思いつかない以上一番穏便に済む方法が他にはありません。」

「カナデさんが犠牲になるのに?」

「死人が出るよりマシでしょう。」


困ったように笑ったカナデの目元は微かに濡れているように見えた。

打開策が見つからない以上、全員がうつむいて沈黙する他なかった。


…ただ一人を除いて。


「死人が出なければ、他の手を取るのもありだと?」


唯一、顔を上げていたラクが口を開く。


「なんぞいい手があるのか?」

「その前に確認したい。誰かが依頼を受けた場合、報復があるって話だけど、それをギルドが止める手立てはないのか?」


ハンターは気性が荒く、酒場では喧嘩することすら日常茶飯事だ。

そんな彼らとはいえ、無差別に暴力を振りまくのは犯罪でしかない。

あまりに横暴な手に出れば、ギルドや衛兵に取り押さえられることもあるだろう。

それを期待しての言葉だったが、ヒビキが不可能な事情を口にした。


「本来であればそうなるべきだろう。しかし、この街において『斬頭会』の勢力は大きい。構成員を見たことは?」

「ない。けど話から察するに碌な連中じゃなさそうだ。」


ハンターを差し置いて血の気が多く素行が悪いとなれば、もはや盗賊や山賊としか思えない。

『斬頭会』という名前からしても、果たして切られる首が魔獣のものか怪しいものだ。

その予想が当たっているのか、ヒビキは頷きながら続きを説明した。


「噂程度の話だが、『斬頭会』の構成員は元賊だと言われている。"首断ち"オゥノが壊滅させた組織の構成員だとね。」


オゥノ自体、ハンターの仕事の中でも賞金首を狙うような仕事を好んでこなしたらしい。

そこで打ち負かした者たちにハンターを名乗らせ、賊ではない正規のように見せかけた組織を作っているのだという。


ハンターであれば魔獣討伐の貢献から小さい不祥事は見逃される傾向にある。

それが積もりに積もって強大な勢力になったとき、誰も手出しができない組織になってしまったらしい。

もはやギルドはおろか領主軍でさえ相手取れば無傷ではすまないだろうという見解だ。


「ヒビキさんが言う噂程度なら、かなり確信が持てる情報ですね。」


ラクのお世辞にヒビキの暗くなりがちだった表情が少し明るくなった。

ヒビキの情報を聞いたラクは少し考えるように沈黙したあと、自身の中にあった打開策を口にした。


「ギルドも領主軍も手に負えない『斬頭会』、それが怖くて手を出せないならハンターを頼るのは辞めよう。」

「ならばどうする。カナデ嬢が縁談を受ける以外に手があるのか。」

「縁談を拒めないのは魔獣のせいだろう?なら魔獣を倒せばいい。」


当然とばかり軽い口調で言うラクに周囲は困惑した。

ラクの要領を得ない説明に気を短くしたトウカがせっつく。


「ハンターを頼らないなら誰を頼ればいいの?」

「ハンター以外を頼ればいいだろ。例えばそう『魔法騎士団』とか。」

「王都の魔法騎士団を呼べんのか?」


驚きのあまり身を乗り出したカイにラクは苦笑いを浮かべた。


「今から呼んでも来る頃には漁場どころか近海すべての魚がいなくなってるよ。」

「でもそれじゃ何処の魔法騎士団…に…?」


言いながら何かに気づいたカイは言葉を失う。

追ってその意味に気づいたジンがすかさずラクの方を見た。


「ラク…!お前戦う術があるのか!?」

「じゃなきゃ提案しないよ。」


ラクの言葉にカイとジンだけでなく、残りの三人も提案の意味に気づき始めた。


「ではラク君。君の言う魔法騎士団というの他ならぬ君自身を頼れということかい?」


(…元だけどね。)

ラクは内心付け足しつつヒビキの質問に答えた。


「他に手はありますか?」

「しかしそれではラクさんが危険です。私の縁談以上に穏便とは思えません。」


カナデはそんなことを頼めない、とばかりに必死に言いすがる。

だがラクはあえて自信たっぷり笑顔でカナデの心配を否定した。


「心配いりませんよ。魔獣を倒して、かつ報復に来る盗賊もどきを片付ければいいのでしょう?全て叶えばこれ以上に穏便な手はない。」

「全て叶えば…そうでしょうけど…。」

「なら、魔法騎士団に頼る他ありませんね。」

(元だけどね。)


有無を言わせないラクの勢いに、カナデは呆然として言葉を失う。


「簡単に言うがなラク。現実はそう甘くないぞ。」

「でも試して見る価値はあるでしょ。最悪失敗しても、怪我なら自分で治せる。」

「怪我で済めばいいがな。」

「ジンさんがいるだろ?」


ラクの突然とも言える信頼の言葉に、ジンは一瞬驚くもすぐにニヤリと笑いを浮かべた。


「小僧が生意気言いおるわい。ええじゃろう、足掻けるだけ足掻く。カナデ嬢の縁談はその後でも遅くないじゃろ。」


ジンの決定に周囲は頷くしかできなかった。

実際ラクの提案が実現すればそれ以上はない。

失敗しても生きて帰れるならラクの法術で被害は最小限に済む。

そう考えれば、この提案を飲まない手はなかった。


ヒビキはラクに重荷を追わせることに罪悪感を覚えつつ、縋るように頭を下げた。


「ラク君を死地に向かわせるようで心苦しいが、ここは一つ頼らせてほしい。」

「死地といっても、それは魔獣にとっての…でしょうけどね。ま、任せてください。」


自信の現れか軽口で応えるラクにヒビキは苦笑を浮かべた。

一見無謀に見える策でも、こうも余裕をもった態度を取られると大丈夫な気がしてくる。

そこまで考えてヒビキはラクが必要以上に明るく振る舞っていることに考えが及んだ。


心配するのは自分だけではない。

むしろ父であるカイの方が間違いなく心配だろう。

口には出さないが内心気が気でないに違いない。

そんな父も含め、自分たちを安心させ罪悪感から解き放とうとしているのだ。

事件解決の鍵を自ら担うだけでなく、周囲の重圧まで背負おうとするラクにヒビキは人知れず感謝の念を抱いた。


「ラクさん、どうか無理はなさらないでください。」

「カナデさんは無理だと思ってるんですか?」

「…いえ、そういうわけでは。」


過度な心配はラクの不信を意味すると気づいたカナデは慌てて口をつむぐ。

そんなカナデの様子にラクは笑って答えた。


「心配せずとも、成功の暁にはたっぷり報酬をいただきますからご安心ください?」


ニヤリと笑うラクの姿にカナデは一瞬呆けたあと、釣られて口元を抑えた。


「ふふふ、そうですね。無事お帰りになったら精一杯の報酬をお支払いします。」

「ほっぺにキスでも?」

「…えっ!?」


思わぬ要求にカナデは頬を赤らめて俯く。

チラリとラクの方を一瞥したカナデはからかわれた事に気づき頬を膨らませた。


「…もう!ラクさん!」


そんな二人の様子に周囲のヒビキ達は笑い合う。

先程までの暗い空気が嘘のように、明るい雰囲気がラクたちを包んだのだった。

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