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悪魔の取引

「さて、ではそろそろ本題に入りましょうか。」


ヒビキの言葉にその場の全員の背筋が自然と伸びる。

カイ達は何もここに雑談をしに来たわけではないのだ。

漁師たちの今後の生活を左右する事態を解消するためにも、マリナーク商会に入ってきている情報を手に入れる必要があった。


「ヒビキさんの手紙に書いてあったことは全員に伝えてあります。なんでも、ハンターたちの動きが鈍いとか。」

「はい、そのとおりです。」


ヒビキは深刻そうに頷く。

合わせて、隣りにいた女性の表情にも影が差した。


「事件があってすぐ私はハンターズギルドに魔獣の討伐依頼を出しました。カイ殿から事情は聞いていたので、Aランカーへの依頼交渉もお願いしました。」


ハンターズギルドでは貢献度に応じて、ハンターにランク制度が適用されている。

一番下はEから最上級のSランクまであり、AとSのランク帯は高位ハンターと称されている。


高位ハンターはハンターズギルドから特別待遇を受けることができ、道具類の購入や依頼の遠征先における宿泊費用などに補助金が出る。

依頼達成で得られる報酬も高くなり生活が安定するため、ハンターたちの多くがその地位を目指す。


しかし一部制限を受けることもある。

緊急や指名依頼を出されることがあったり、他領などへの移動を制限されたりする。

これは高位ランカーでないと対処できない魔物被害が存在するためである。

補助金などの待遇を受ける代わりに、ある程度の強制力が生じるのだ。


ただし指名依頼については領内への著しい悪影響がない限り、緊急扱いとされずハンターは断ることも可能となる。

不用意に指名依頼がたまって無駄に怪我を追う危険性を増やすわけには行かないのだ。


ヒビキの口ぶりから言うと、今回の鑢鮫(ヤスリザメ)討伐の依頼は緊急依頼として扱われなかったようである。


「緊急扱いにならなかったのは出現場所が海中のため、街そのものへの被害が出にくいのが理由とのことです。また、今回死者が出なかったことで彼らも慎重になっているのでしょう。」

「全く融通の効かんバカタレばかりじゃのう。」


海での魔獣討伐は陸地に比べて難度が高いため、高位ランカーといえど相性や不覚を取れば死んでしまうことも珍しくない。

万が一の戦力低下を嫌ったハンターズギルドは、緊急依頼ではなく指名依頼にとどめたらしい。

ハンターズギルドの職員たちの対応に、ジンは腕を組んで不満そうに鼻を鳴らした。


「この街にいるAランカーは二組で、一組は別の依頼で遠征中とのことでした。もう一組には依頼を断られたようです。」


可能ならAランカーにお願いして確実に仕留めてもらいたかったところだが、そううまくは行かないらしい。

それでも、断られたら一般依頼として張り出されるはずである。

にもかかわらず、受注するハンターが一人もいないというのは不自然な話であった。


「指名は断られましたが、報酬は相場より弾んだので誰かが受けてくれると思っていました。しかし、それを阻むものがいたのです。」

「ハンターの依頼受注を阻む者…?」


カイの問いかけにヒビキは口を閉ざしてしまう。

唇を噛み、苦痛にゆがむ表情からはただならぬ事情があることが垣間見える。

そんなヒビキの様子を察してから、カナデが続きを引き継いだ。


「それを説明するためには、私に持ちかけられた縁談の話からする必要があります。」

「縁談…?」


思いもよらぬ方向からの話にカイは疑問を口に出して首をひねる。

カナデは小さく頷くと思い出すかのようにゆっくりと続きを話した。


「ひと月ほど前、バロン商会の御曹司から私に縁談が持ちかけられたんです。」

「うわ…。最悪…。」


バロン商会の御曹司と言われて心当たりがあったのか、リナは嫌なものをみたかのような顔をする。

その様子を見たカナデが小さく笑った。

女性二人の様子にラクは思わず口を挟む。


「有名なのか?」

「ここ数年の話だしラク兄は知らないかぁ…。キザったらしい女好きで有名なクソ野郎だよ。」

「ふふふっ。リナさんも嫌な思い出が?」


端的な最低評価に堪えきれなくなったカナデが口元を抑える。

"リナさんも"という言葉から、多くの女性が被害を受けていることが察せられる。

笑っているカナデを見て、眉間のしわを緩めながら呆れたようにリナは答えた。


「いきなり肩抱いて口説いてくるから、気持ち悪くて鳥肌立っちゃって…。咄嗟に殴っちゃったから力加減ミスって(あばら)にひびいれちゃった。」


当時その場に居合わせなかったラクでも、リナがナンパ男に右ボディを入れて吹っ飛ばす様子が簡単に想像できた。

実際にその様子を見たであろうジンが腕を組みながらうんうんと頷いている。


「アレは我が孫ながらいい振り抜きじゃったの。」

「褒めるところか…?」

「慰謝料請求しようとしてきたけど、お祖父ちゃんが人睨みしたら黙っちゃって。おかげで以降はめっちゃ平和だよ。」


満足そうな表情を浮かべる二人に周囲が若干困ったような笑いを漏らす。

話を戻そうとカナデは頷きながら話を続けた。


「女性みんながリナさんのように強いといいんですけど、そうもいきません。古くから塩の専売権を持つ大商会の息子だけに、強引な手で毒牙にかかった女性も少なくありません。」

「当然そんな男に娘をくれてやるつもりはありません。それにカナデが嫁げば、商会としても傘下に入ったように見えるでしょう。」


ヒビキはカナデに相談するまでもなくキッパリと断ったらしい。

あとから聞いたカナデも受ける気はなかったようだら、


婿入するならともかく、娘が嫁いだとなれば二つの商会の上下関係は自然とバロン商会が上になるだろう。

嫁いだカナデが半ば人質のような存在となってしまうからだ。

孫娘をもつジンは当然とばかりに頷くも、当初の疑問は解消されなかったようで口を出した。


「そんで、その話が今回の件にどう絡んでくるんじゃ。」

「えぇ。それが調べたところによると、そのバロン商会とつながりのあるハンターのせいで周囲のハンターたちが受注を渋っているようなのです。」


ヒビキの話によると、ハンターたちが依頼の受注を渋る原因に(くだん)のバロン商会が絡んでいるという。

事情が見えてきたジンは圧力をかけているハンターに当たりをつける。


「そんなことに手を貸すようなやつと言えば…"首断(くびた)ち"あたりかのう…。」

「流石ですね。おっしゃる通りAランカーの"首断ち"と彼が率いるクラン『斬頭会(ざんとうかい)』が睨みを聞かせているようです。」


ハンターというのはその仕事の特性上、気性が荒い人間も少なくない。

依頼を管理するギルドの建屋に併設された酒場では、毎日ケンカが絶えないことで有名だ。


そんなハンターたちの中でも特に血の気が多く、素行の悪い者たちが集まったクランが『斬頭会(ざんとうかい)』らしい。

そしてそれを率いるハンターこそ、この街でも二人しかいないAランカーのうちの一人"首断(くびた)ち"の異名を持つオゥノという男らしい。


「おそらく金を積んだバロン商会の頼みを聞いたオゥノが依頼を断り、かつ周囲のハンターに圧力をかけているのでしょう。」

「報復を恐れた他のハンターたちは仕事を受けることができん、というわけじゃな。」


ようやく話の全貌が見えてきたラクたちも納得したように頷いた。


「ということは、バロン商会はカナデさんを欲しいがために今回の妨害をしてきたと…?」

「えぇ、昨日新たに手紙が届きました。『魔獣を対処したくば娘を差し出せ』とね。」

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