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頑固爺

父と師匠を連れて漁師たちの家を訪れたラクは、法術を駆使して傷を治療して回った。


アズマの言葉通り、漁師たちの中で一番傷がひどかったのはカイだったらしい。

それより傷の浅い漁師たちをラクはほとんど時間を使わずに手早く治癒していく。

半日とかからず全員の治療が終わる頃には、カイとアズマは驚きを通り越して呆然としていた。


「アズマ先生の言葉を疑ってたわけじゃなかったけどよ。本当にあいつは才能あったんだなぁ。」

「いや私も、まさかここまでとは想像していませんでしたよ。」


ラクは幼少期にアズマのもとで薬学を学ぶさなか、法術の才能を見出され王都への上京を奨められていた。

アズマの説得の甲斐もあってラクは王都に上京し、養成所に通うことができたのである。


しかしその時はアズマもここまで大物になるとは想像していなかった。

アズマは今更ながら自分が師と呼ばれることに、荷が重すぎて胃の痛む気がした。


「さて、じゃあ最後に頑固爺のところに行きますか。」

「ジンの旦那にも困ったもんだぜ。こんな時に意地張るこたぁねえのになぁ。」


当初は最も傷が深いと言われていたハンターのジンの元へ行ったのだが、他の漁師たちの治療をしてこいと追い返されてしまったのである。

事情を知った漁師たちは回復の証明としてみんなでジンの家の前に集まってきた。


「人んちの前にゾロゾロ集まってきやがってなんのようだクソガキ共!」


ラクが家に近づくと、とても重症人とは思えないでかい声が響いてくる。

あまりの怒声に周囲の漁師たちが思わず固まった。

(思ったより元気そうだ。)

ラクは苦笑を浮かべながら、ジンの家に上がっていった。


寝室に入ると少女に支えられながら、ガタイの大きな老人がベッドに腰掛けていた。

顔には年齢を感じさせるシワがいくつかの傷とともに刻まれている。

それに対して肉体は若々しさを感じさせるほど、筋肉質で鍛えられている。

それも今ではところどころ包帯が巻かれて血が滲んでおり、額には脂汗が滲んでいるようだった。


「カイのところの倅か。なんの用じゃい。」

「ジンさんの治療に来たんだよ。」

「老い先短い爺のために労力使うことぁねぇだろう。」

「それほど労力でもないから大丈夫だよ。」


肩をすくめて軽く告げたラクに、ジンは力なく笑った。


「へっ、ガキが口だけはいっちょ前になりやがって。いいだろう、たがこの腕はお前でも苦労するんじゃねえか?」


ジンは挑発するかのように首から包帯で釣られた左腕をラクに見せる。

二の腕部分に大きく歯型が残り、肉を割いて骨まで噛み砕かれていた。

なんとか腕は繋がってはいるものの筋肉も神経もズタズタになっており、もはや自然治癒では二度と動かないだろうことがわかるほどひどい有様だ。


「どうだラク。お前にこの傷が手に負えるか?」


法術は万能ではない。

確かに原理を理解していないと対処の難しい病気に比べ、傷を塞いで自然治癒を進めて対処できる外傷のほうが治療の難度は低い。

それでもここまで損傷が激しいと塞いで悪化を防ぐことはできても、元通りに治癒することは困難になる。

ジンの怪我は人体の構造を理解した法術士が、繊細な法術のコントロールを要求されて初めて治療できるレベルのものだった。

それでもラクはなんのことも無いような口調

で簡単に肯定を口にした。


「千切れて腕の先を失ったとかじゃなければ、完治させられる自身はあるよ。」

「言うじゃねぇか。よし、やってみろ。」


ラクの自信たっぷりな態度が気に入ったのか、つい先刻の拒否が嘘のように治療を受け入れた。




まず手始めにラクは腕以外の傷を治療した。

腕の治療に時間と体力を必要とし、ジンの限界が来てしまうことを考慮したためだ。

腕以外の外傷は漁師たちと変わらなかったためさほど時間はかからない。


「すごっ!一瞬で治るじゃん。」

「他のもんが全快しとるんだ。これぐらいできて当然じゃろう。」


さっそく発揮されたラクの実力に少女は驚いたようだが、ジンにとっては予想の範囲内だったらしい。


「これぐらいなら手際はともかく、教会のバカ共でも真似できる。ワシが見たいのはその先じゃ。」


多くの法術士は協会の庇護を受けている、という名目で半ば独占されている状態だ。

解剖学が発展していない世界において、医学の権威は法術士にある。


だがその恩恵を受けられるのは、ある一定以上の財力を持ち"お布施"を払える人間に限られる。

そのため、払えない人間を見下すような法術士も教会には多い。

地方の教会ほど金額の割に大した恩恵を得られないことも多いため、ジンにとって教会は口だけのバカの集まりという認識らしい。


それでも、ラクを一括ひとくくりにせず自分の目でそのの実力を見極めようとしているあたり身内に甘いところあると言える。

ジンが向ける自分への厳しい視線の中にある種の期待を感じ、思わずラクは小さく笑った。


「なにが可笑しい。」

「いーえ、なんでもー。腕に感覚は残ってる?」


ラクがジンの指先を叩いて確認する。


「鈍っとるが触られとるのはわかる。」

「わかった。じゃこれでどう?」


ラクは法術で痛覚を麻痺させると、もう一度指先を叩いてみせた。


「いや、なんもわからん。麻酔か?」

「時間かかるからね。治癒が進むほどに神経が繋がって痛みも増してく。」

「そこまで軟弱なつもりはないがの。」

「修行の成果を見せるんだから、痛くないに越したことないだろ。」


ジンの強がりを軽くあしらい、ラクは腕の治療に集中する。


腕は鑢鮫ヤスリザメに骨まで噛み砕かれている。

なんとか筋肉と皮で繋がっているが、本来なら既に壊死し始めていてもおかしくなかっただろう。

改めてアズマの腕の良さに感謝しながら魔力を流す。


事件から2日経過しており、アズマの薬で傷の自然治癒が進んでいる。

おそらく自然治癒力を上げる霊薬の一種を使用しているのだろう。

薬師として可能な最大限の処置だが、不自然に癒着が進んで元の状態に治すことが困難になっていた。

ラクは砕けた骨を丁寧に寄せながら修復すると、あえて自然治癒で癒着した部分を傷つけ正しい組み合わせで神経・筋肉同士を繋いでいった。


治療を始めて一時間は経った頃、カイを始め短時間で回復した漁師たちはあまりの時間経過に不安で家の外をソワソワしていた。

流石のラクでも手に負えない傷だったのではないか、なにかあって重篤化してしまったのではないか、そんな悪い想像が頭をよぎり始める。

そうしていよいよ周囲のザワつきが大きくなり始めた頃、家の中から雷のような怒声が飛んできた。


「ガタガタ煩いぞガキ共が!!」


あまりに突然の大声に漁師たちの動きが固まる。

ジンは家の扉を勢いよく開けるとラクたちとともに肩を怒らせつつもニヤリと笑って出てきた。

左腕を釣った包帯も解かれて元気な姿を見せたジンに漁師たちは一斉に安堵する。


「ジンの旦那、腕も戻ったんだな。」

「おう、任せろ。今ならミナトに一発拳骨たれてやることもできるぞ!」

「なんで俺なんだよ!?」


突然の拳骨指名にミナトは驚きの表情で抗議した。


「漁師が船の揺れで落っこちとってどうする!仕置じゃわ。」

「魔獣の突撃じゃしょうがねぇじゃんか!?」

「煩い!文句抜かすな!快気祝いに大人しく殴らせい!!!」


今回の事故でジンに救われたミナトは見に見えて落ち込んでいた。

そんな様子を見兼ねていたのだろう。

高齢とは思えない走りでミナトを捕まえると、景気よく頭に拳を落とした。


その様子を見ていた漁師たちは豪快に笑い転げる。

ラクが街に帰ってきてすぐの頃に感じた暗い雰囲気は感じられなかった。

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