デート中なんです
大聖堂の中を見学し終わった後は二人で近くのお店でランチを食べてお土産屋さんを回って、と信じられないくらい楽しくてドキドキする時間を過ごしていた。
「入るか?」
グレンさんは私がこのお店に入りたいなって思うと、何故か察知して自然とエスコートしてくれるし、目が合うと甘い笑みを浮かべてくれるし、沢山お話してくれるし、すごく楽しい。
「はい」
ああ、ほんと恋ってすごい……! 楽しい(3回目)!
目が合うだけでふわふわした心地になって、笑いかけてくれるだけでこの人の為になんでもしてあげたいような気持ちになって。さっきからずっと浮き足立つような気分で、空を飛びたくて仕方がない。本当さっきからどうしようもなくグレンさんと一緒に空を飛びたい!
いや私どうしたの!?でも後でお願いしてみよう。なんかさっきからグレンさん私にすごく甘いから付き合ってくれる気がする。そういえば、お空ってちょっと寒いんだよね。トイレ行っとこ。
「すみません、ちょっとお手洗いに行ってきます」
「あれ?きみ……」
御手洗いをすませた帰りに、前からやってきた同族のお兄さん達から声をかけられた。
察しのいい私はすぐに分かった。この流れは、間違いなく……ナンパだと。
人生初のナンパを前になんて断ろうかと頭を回転させ――、
「昨日の可愛い子だよね?」
――た、ところで見事にフリーズした。
「――」
違ったあああああ!! はっず!! 私、恥っず!!!
てっきり私かと思っちゃった!!!
ごめんなさいーー!!! めちゃイタイ勘違いやろうだあああー!!!
きっと私の後ろに同族の可愛い女の子がたまたま居たんだ。
それなのに私ったら。
平凡なくせに!!さっきからグレンさんが「可愛い」って沢山言ってくれるから気が大きくなっちゃってた。めんぼくねえ。名誉棄損で訴えてくれて構わないよ。払えるお金はたいして無いけどね。
あまりの恥ずかしさに俯いて横をそそくさと通り過ぎる。
「ちょちょちょ!どこ行くの!?」
手を掴まれて、びっくり。
「は? えっ? ……もしかして私のことでした?」
「そうだよー。無視するからびっくりしちゃった」
よかったー!勘違いじゃなかった!
それにしても、さっきのは、可愛い(羽の)子って意味だったのか!!
なんだよ可愛い羽の子って!!! 羽に可愛いも可愛くないもな……あるのか?
「オレの事、覚えてる?」
「俺は!?」
「おれのダンスどうだった!?」
……全く記憶にない。ごめん。
それにしても、3人に前を塞がれると壁感がすごい。
「ごめんなさい。今忙しいので」
ぬおおおっ! 自分が「※ただし、美少女にかぎる。」的な発言をしている申し訳なさ!居た堪れなさ!
でもしょうがない。なんて言ったってこっちはとびきりのセクシーイケメンを待たせているんだ。その重みとプレッシャーに1秒1秒が私の胃をきりきりさせているんだ!
「え~~!!」
「俺らそんなにダメだった?」
「あっ、そうださっきそこの店のクレープ食べたけど美味しかったよ?どう!?」
「ごめんなさい。人を待たせて――」
「なにしてるんだ」
低くしっとりとした声に振り返ると、穏やかな表情に鋭い視線を湛えたグレンさんがいた。静かな圧迫感と有無を言わさずに人を従わせる只者でないオーラを前に3人が唾を飲み込むのが分かった。
「グレ、……っ」
名前を言い終わるよりも先に、後ろからがっしりとした腕にからめとられた。とん、と背中に感じる逞しい胸板。
「お前ら、俺のになんかよう?」
きゃああああっ!! 私、いま、死んでもいいっ!!
「はあ?何言って……「ばっか!お前この人が誰か知らねえのかよっ」
「は?こんな羽のやつなんかより俺らのがいいっしょ」
「とりあえずお前はもう黙ってろって!」
後ろでグレンさんが「あ?」と不機嫌そうに呟くと、ぴゃ!っていう効果音が聞こえそうな程お兄さんたちが縮みあがっていた。グレンさんはそれを見て満足そうに小首を傾げ、緑の瞳を細め、ゆっくりと口角を上げた。
「悪いな。今は俺とデート中なんだ」
「「「…………………え?」」」
え?え?と私とグレンさんを何度も見比べるお兄さん達。
「じゃーな」
グレンさんに背中を優しく押されてぽてぽて歩き出す。
グレンさん、かっこいい……! すき!!
…………にしても。にしても!!!
俺の、って!!!
俺の、って!!!!! 死ぬっ!!!!!!!
「お前は綺麗なんだから、ああいう弱い奴はやめておけよ」
「~~っっ!!」
お前は綺麗なんだから!!
お前は綺麗なんだから!!!!
いや落ち着け私。調子に乗るなわたし。
お前の(羽は)綺麗なんだからって意味で、さっきのは「俺の(知人)」って意味だっ!
でもでも乙女ゲージが振り切っちゃって、興奮が抑えられない。
「強い俺にしておけってことでしょうか?」
……あれ私、何を言っちゃってるのでしょう?何を言っちゃったのでしょう?
あああっ!ばかばかばかっ!
乙女心が暴走したまま考えなしに話すから!
「そういう事だ」
「――――――――ぇ?」
ニヤリと笑うグレンさん。
待って。 お願い。 そういう事って……どういうこと?
やばいやばいやばい心臓が壊れそう!
そういうことって…!
ワット・ドゥー・ユー・ミーン?
お、落ち着け! きっとグレンさんは軽い掛け合いのつもりなのだ!
これはきっと大人のジョークなのだ!
何という事だ!ジョークに危うく殺されかけるところだった!
「もうっ、そういうこと言われちゃうと、調子に乗っちゃうじゃないですかっ」
「調子に乗る? それは、どんな?」
うっ、あれ。なんかグレンさんの雰囲気が不穏?なんだろう、じりじり追い込まれてくような圧迫感が。
「なあ」
翠の瞳の双眸に見つめられると逆らえない。
でも、とてもじゃないけどこんなどちゃくそイケメンに対して「もしかして私の事好きなの?」的な恥知らずの事は絶対に口にできない。いやどんな男性に対してもそんな事を言えるような美少女精神は持っていない。
「わたしの………羽が、きれい、とか?」
「へえ俺の目を見て、もっぺんちゃんと言ってみようか」
ひぃぃぃっ。
「……ぐ、グレンさんが」
「俺が?」
「……私の事、……その……」
もう許してくれないかな、なんて淡い期待を胸にグレンさんを見上げたけど、絶対に逃す気がないっていう空気感に涙目になった。
「………………………………すきなんじゃないかと」
私、今、死ねるんじゃないかな。羞恥で。
「――――はあ?」
ですよねー!!! すみません、ほんっと調子に乗りましたああああ!!!
「お前……」
わあ。ドスのきいたひっく~い声もぞくぞくしちゃうくらい素敵ですね、知りたくなかったけど。
「……まさか伝わってなかったのか?」
な、なんのことでしょう?
わたしはいまひじょうにこまっている。
私は今世界的に有名なジュエリーブランドのお店にグレンさんといる。
なにに困っているかというと、にこにこと微笑む店員さんの持つトレイにグレンさんがどんどんとジュエリーを乗せていっていることだ。
「グレンさん、これ……どうする、つもり、ですか?」
「ん? 気に入らなかったか?」
「いえどれもすごく可愛いです。………あの私の勘違いだったらすっごく申し訳ないんですが、もしかして」
グレンさんがにっこりと微笑む。甘く微笑む美形に周囲の女性店員さんやお客さんが顔を赤くしてぽぉっと見惚れるのがわかった。
「もしかしなくてもお前に贈ろうと思って」
やっぱり!
「あの、一つだけで、じゅうぶん」
「嫌だったか?」
眉を少し寄せて、キラキラした睫毛を見せつけるように悲し気な顔を作って来る美形。しかも、あざとく羽をぺしょん、と下げてきた。乙女ならば胸が締め付けられるような光景だ。現に周囲の女性陣の目と圧が怖い。
「嫌じゃ、ないですけど」
「なら贈らせてくれ」
「――」
亜人の多くは異性へのアプローチで獲物を持ってくることが多い。いわゆる求愛給餌ってやつ。持ってきた獲物のレベルや量で雄としての魅力をアピールするのだ。ちなみに有翼種はカラスの如く光り物が好き。なのでこの場合、光り物=獲物って事になる。
そして持ってきた獲物を断るっていうのは、あなたは私にアピールしても無駄なんですよ、って事になってしまう。だから断れないわけで。いや待て。その前に。
しぬ!!
顔が熱い。え、だって、こんな素敵な人が自分に本格的な求愛行動してくれてるなんて信じられない。
「もっと華やかなやつがいいか?」
「ち、ちがっ」
ぶんぶんと首を振る。
私が遠慮してるのはここが高級店だからだ。しかも見てるのはアクセサリーではなく、ジュエリー。どれ一つとっても少なくとも私のひと月分のお給料以上する値段がしそうなのにそれをいくつもとなると、冷や汗が止まらない。だからと言ってグレンさんの求愛行動を否定することはできない。
「こんなには……」
縋るようにグレンさんを見つめるとため息をつかれた。
「俺がお前にアピールできるのは顔と金くらいなんだ。よかったら贈らせて欲しい」
顔と金くらいってすごいパワーワードだな!
でもそれがすごいんだよ! すごすぎるんだよっ!! っていうか謙遜し過ぎですよ!私は性格もなにもかも全部好きですよ!
「稼ぎはいいんだ」
――だめか?と美麗な顔にいっぱいに懇願をのせて小首を傾げてくる。
羽もぺしょ、と悲しげだ。――絶対に私がこの顔と羽に弱い事を知っていてやっている。
「でもこんなには」
「他の雄よりもアピールしなきゃ意味がないだろ?それに、たかだかこれぐらいで揺らぐような資産形成はしてない」
結局、受け取ってしまった。
嬉しいやら申し訳無いやら申し訳ないやら嬉しいやら。そんな気持ちが争って、でもやっぱりすごくカッコいいグレンさんから綺麗なネックレスとかを貰えるのは乙女としてはやっぱりすごく嬉しくて。
「贈らせてくれないか?」
それに、こんな言い方されたら断れないよね。
お店を出て、腕に光る可愛いブレスレットを太陽光でキラキラさせて、改めて泣きたい気分になった。
これ、グレンさんの気持ちなんだよね。
綺麗だし、可愛い。グレンさんが買ってくれなかったらこんな素敵なものを手にすることは無かったんだろうな。
――グレンさんにちゃんと好きです、って言おう。
勇気を出さなきゃ! こんな素敵なものをプレゼントしてくれてるんだからきっと大丈夫。
「グレンさん、ちょっと話したいことがあって」
「ん、なに?」
「――そこに公園があるんですけど」
グレンさんが目元を優しく細めて「いいよ」と笑ってくれて、それだけで胸がきゅんとする。
早くちゃんと両想いになりたいな。
「あら、グレン?」
――え? あ? だれ、この綺麗な人。