どうしてこうなった。/婚活は根性だ。
「団長がモテないとか有翼種って本当謎っすよね。こんなに美形で稼ぎもいいのに」
「ほんとよねえ?同じ猫科だったらよかったのに、と何度思ったことか分からないわ」
「俺が猫科だとしてもお前を選ぶことはねえよ」
「ひどい。しくしく」
「うるせえ。男に手をだす趣味はねえ」
「もうっ照れ屋さん♡」
「っぜえ!」
「っていうか白い羽に大きな翼だったか?グレンに白い羽とかそっちのほうがキモいんだが」
「それは同感ね」
「僕も同感っす」
「あ?何言ってんだ。幼気な俺にお似合いじゃねえか?」
「ブフっ」
「ちょ、やめ!いたいけ……!」
「よく真顔でそんなこと言えたな」
腹を抱えてひいひいと息も絶え絶えに笑う3人を横目にコーヒーを啜った。
「でも今年も1ヶ月も長期休暇だなんていいご身分よねえ」
「行きたくて行ってるわけじゃねーよ。法律で参加が義務付けられてんだ」
じゃなきゃ、誰があんな公開処刑のような場所に行くもんか。同族の女達からは鼻で笑われ、男達からは同情の目を向けられ、有翼種の部下達は会場で会うと気まずそうにするか変に気を使ってくるし。最悪だ。
「今年が最後だ思うと清々するよ」
「もういい歳って事じゃないのよ」
「今年こそいい番が見つかるといいっすね」
「いや無理だろ」
「わからないじゃない。変わった趣味の子がいるかもしれないでしょ?」
「だとしたら、そいつは本能が壊れてるんだろうよ」
「そんなに羽が大切なの?」
「同族にとってはな。まあ、せっかくの長期休暇せいぜいゴロゴロするよ」
――そういや、ここに来る前にそんな会話を同僚としたな、とぼんやり思い出しながら空を飛ぶ。
もしかして、あの小娘は本能が壊れてるのか?
仮にそうだとしたらあいつの態度にも説明がつく気もする……と考えて、かぶりを振った。そんな都合のいい存在がいるわけがねえ。
浮かれた奴等の集まる会場に入るなり自分へといくつかの視線が集まったのを感じた。その視線に含まれる色は嘲笑か同情か恐怖か。いずれにしても全く興味は無いので飲み物と美味そうな食べ物をさっさと篭に詰めて撤収。――その途中で、自分とは全く無縁の異色のものが置いてあるところが目に付いた。
甘ったるい匂いを放つそれらのまわりには、楽しそうに会話をする着飾った女たちの集団がいくつか存在した。
あの小娘も好きだろうか。
「――」
待て。今、俺は何を考えた?俺があんなところに近づいたら大参事になるだろうが。
そもそも小娘が甘いものが好きかどうかも分からない上に、戻ったらいないかもしれないというのに。というか何故俺が初めて会ったやつの為にそこまでしないといけない。でも。
「――」
眉間に深い皺を刻みながらずっとデザートコーナーを睨んでいたせいか、俺に気が付いた着飾った女たちが空気を読んでそそくさとその場を離れていった。
「……」
黙々と甘いものを籠に詰める。
あまりのばかばかしさに涙が出そうだ。俺はいつからこんな愚者になったんだ。
偶然一部始終を見ていた部下には「団長なにしてんすか」と正気を疑われ、知り合いには「グレン、お前そんなに甘いものが喰いたかったのか!」と笑われた。くそっ、こんなつもりじゃなかったのに!
イラつきながら戻ると小娘はまださっきの所にいた。羽は会場の女たちと同じように今は固く閉じている。……そりゃ意識的に無理矢理羽根を広げてたら疲れるよな。
小娘の傍に降り立つと、小娘は嬉しそうに顔を綻ばせた。羽もぱっと嬉しそうに広がり、ぱたぱたとせわしなく動き回っている。
「お帰りなさい」
パッと黄色い花が咲いたかのような明るい笑みに、自分の羽が勝手に広がりそうになるのを必死に抑える。
「……ああ」
羽を無理にコントロールしようとすると、狭い所に無理矢理押し込められたような閉塞感があってイライラする。こんな女に羽をずっと広げられている状況下で無理やり羽を閉じ続けるのはかなりしんどい。この小娘だって、無理矢理羽を広げていれば結構疲れるはずなんだが、そんなことは微塵も感じさせず自然に振る舞っている。どこかで特殊訓練でも受けたとしか考えられないレベルだ。
「食べるか?」
「わあ!ありがとうございます!」
小娘は無邪気にカゴの中を覗き込み、視線を彷徨わせる。全体を眺めつつ甘い焼き菓子のあるあたりで空色の瞳が止まり、羽先がぴこぴこ嬉しそうに揺れた。
無邪気な姿につい顔が緩む。
ああ、ほんと……演技に見えないところがとことんタチが悪いな。
*
「すごいかっこよかった……」
グレンさんは宙に舞い上がると、優雅に2、3回羽ばたいただけで遠くの会場にたどり着いてしまった。――普通にときめいた。
大きな羽の人はカッコいいかもしれない。少しだけ有翼種のみんなの気持ちが分かった。
「それにしても、ほんとうにかっこよかった……」
さっきからため息しか出てこない。ため息をつきすぎて酸欠気味なぐらいため息しか出てこない。
グレンさんが寝てる時からしっかりとした胸筋がかっこいいな、とか思っていたけど、立ち上がるとそのスタイルの良さが更に際立った。
際立ち過ぎて思わず、何頭身ですか、と突っ込みたくなったレベルだ。賢い私は突っ込まなかったけど。
広い肩にすらりと長い脚。服の上からでも分かるより戦いに特化しているであろう無駄のない筋肉。そしてあのご尊顔。ああ素敵!筋肉さいこう!
しかし、あの隙のない筋肉……グレンさんは、もしかしたら軍人さんとかなのかもしれない。
……えっ、待って軍服とか絶対似合う!!!
やばい死ぬ!!かっこよすぎて死ぬ!!是非見てみたい!!!
一人で妄想して胸キュンをセルフで自給自足。そして勝手に一人で悶えていると、グレンさんはすぐ戻ってきてくれた。よかった。後もう少し遅かったらキュン死にするところだった。セルフで。せめて妄想ではなくリアルの胸キュンで死にたい。
上空から私を複雑な表情で見下ろした後、静かに舞い降りた。
「お帰りなさい」
にこっと笑顔で言うと、益々複雑そうな表情になってしまった。なぜだ。
それでも、普通に私の横に腰を下ろして飲み物をくれると、持っていた篭をあけてくれた。
「食べるか?」
前世でいうところのサンドイッチとかの軽食とチーズケーキやベイクドチョコレートケーキや焼きタルトとかが入っていた。
「うわぁ……!美味しそう!」
おしゃれカフェのテイクアウトか、っていうくらいに彩りとか並び方が綺麗だ。
「これ、グレンさんが詰めたんですか?すごく上手ですね」
「普通だろ」
こういう事がしれっとできちゃうタイプですか。器用なんですね。
しかし、迷っちゃうな!今すぐ香ばしい匂いのするチェリーパイを食べてみたいけど、普通は主食から食べなきゃだよね。うーん。とりあえずここは、木の実のベーグルからいこう。
「甘いのは食べないのか?」
優しい声に釣られて顔を上げると、超ド級の美形がじっとこちらを見ていた。
「好きなんだろ?」
普段は肉食獣を思わせるような鋭いエメラルドの瞳が柔らかく細まっていて。
「気にせずに食べればいい」
ふっと優しく微笑まれて、緑の瞳からきらきらと星が散る幻覚がみえた。
「……ありがとうございます……」
美形の微笑みのあまりの破壊力から逃れるように慌ててバスケットに目を戻す。
どれにしよう。グレンさんはどれが食べたいかな。
「その辺のは全部食べていいからな」
「え?」
まるで私の思考を見透かされているかのような発言に驚くと、ふは、とグレンさんが笑って、トントンとその美貌を長い指で叩いた。
「全部かいてあるぞ」
ニヤリ、と粗野な笑みを浮かべる美形にズキューーンと心臓を撃ち抜かれる。
「あぅ…」
表情も仕草もなにもかもが強烈にかっこいい。ときめき過ぎてヤバい。
「……そんなに分かりやすいですか?」
翼で真っ赤になってる顔を隠す。
「親とかに言われなかったか?」
「うーん…言われた、かも? 表情が豊かだね、とは言われました」
「だろうな」
「でも、羽が全く動かないので、鉄の羽のミアとも言われていました」
「嘘つけ」
「本当です。あとクールだね、って言われてました」
「嘘つけ」
「嘘です」
「だろうな」
ふっと笑うグレンさんが格好良すぎる。
グレンさんが笑ってくれるとすごく嬉しくて、もっと笑わせたくなる。
だめだ、好きだ。好きな気持ちが溢れて羽がパタパタする。
「お前はなんでそんなに浮かれてるんだよ」
「ふふ。あ、グレンさんはどんな食べ物が好きなんですか?」
「露骨に話題変えんなよ。……肉だ」
「お肉ですか~。私も大好きです!」
その後も何が好きかとかそんな話をして夕方まで過ごした。やっぱりグレンさんは軍人さんで、今は首都に一人暮らししてるらしい。好きな人の事を知れるのって嬉しい。一緒にいる時間が楽しくてあっという間に過ぎ去っていく。
「そろそろ帰るか」
「ぇ」
もっと一緒に居たいなぁ。
「もうちょっとだけだめですか?」
「~~っ、お前なぁ」
グレンさんは眉間に皺を寄せて両腕を組み、「はぁーー」とそれはそれは深いため息をつく。翼の先がぴくぴくと動いているのが珍しかった。
「ちょっとは警戒心を抱けよ。小娘が遅い時間までふらふらしてんじゃねー。冷えるし、危ないだろうが」
きゅううううん!
紳士!!これが大人の余裕でしょうか?素敵っ!いや待って単に私が恋愛対象外なだけ……?うわ悲しい!
恋する乙女としては大人の余裕がちょっとだけ寂しいです。
「宿までは送ってやるから」
くしゃ、と大きな手で頭を撫でられて、拗ねていた気持ちが簡単に吹き飛んだ。
ついでにしおしお、と項垂れていた羽が勢いよく戻って、グレンさんに笑われた。
あー…笑顔がすごく素敵。近寄りがたい雰囲気が無くなって、ちょっと甘さがでるの。胸がきゅーんってなる。
これで終わらせたくない。
「グレンさん、」
私はいい女、私はいい女、私はいい女(笑)!!大丈夫!!婚活は根性と度胸だっ!
「なに?」
「………明日も………」
うおおおっ!!根性おおおおーー!!
「……っていう事があって、明日またグレンさんと会うんだ~。きゃーっ!!!」
夜はたまたま同じ宿だった3つ子の女の子達と仲よくなって、ガールズトークでめちゃくちゃ盛り上がった。自己紹介から始まり、誰が素敵だったとか、どういう人が好みかとか。中でも私の話はみんな大爆笑だった。
「へえ、そのグレンさん?そんなに顔がいいんだ?」
「この世のものとは思えないくらい整ってるよ!」
私の発言にあぐりちゃん、まつりちゃん、ひまりちゃんの3つ子が笑う。
「顔で選ぶとかありえないんだけど!」
「笑える~」
「顔も大事だけど1番は圧倒的に翼でしょうよ」
「え~。全然分かんないなぁ」
あはは、と3人ともお腹を抱えて転げまわるけど、そんなに変?私からしたら皆の方が変なんだけど。
「いやでも、もちろん顔だけじゃないよ?話してても紳士だし、優しくて素敵だなって思うし、空気感とかも好きだし、」
「性格とか相性とかって、求愛ダンスを見ればすぐわかるじゃん」
え。まじか。踊り。すごいな。踊り。
あの肉体言語にそんなにも多くの情報が詰め込まれていたなんて。
「相性のよしあしは一緒に踊ってみればもう完璧だよね」
「だよね」
皆のダンスに対しての信頼度がヤバい。
決して分かり合えない異文化がそこにはあった。
「でも普通は求愛ダンスしてもらうまでが大変なんだけどね~」
「そうそう。話したりして自分に気を持ってもらわないといけないから」
へえ。
「でもさ、ミアたんは選びたい放題じゃん」
「会場に入った瞬間、すごかったよねー!」
「あれは圧巻だったね」
「あんなに求愛されてるのに、表情も翼もぴくりとも動かさないし、どんな冷めた子かと思ったよ」
あの時はドン引きしてたからね。無になっていたと思う。
「わたしも綺麗なことを鼻にかけてる子かと思った」
「うそ。私、めっちゃ嫌なやつじゃん」
ショックだ……。
「でもおかげで今年は男性を選ぶのがすごく楽になったよ」
「後はどうやって自分を好きになってもらうかだよね」
「「「それが最大の難点だよね~」」」
うんうん、と私を含めて皆で頷く。
「いや、ミアたんは関係ないでしょ?」
「そんな事ないって。グレンさんに必死にアピールしてるけど、ぜんぜん手応えがないもん」
「「「えっ」」」
バッと6つの碧い瞳が見返してくる。
「えっ」
「ミアちゃんがアピってるのに?」
「うん」
私の翼はずっと広がっていたのにグレンさんの灰色の翼は頑なに閉じたままだった。
しゅん、とすると皆が慰めてくれた。
「よしっ、明日はもっと頑張る!」