起きたらモテる体質になっていました。――んなアホな。
かったるいお見合いパーティーに一瞬だけ顔を出して義理を果たした後、木陰で気持ちよく寝ていた。なんとなく視線を感じて目をあけたら、馬鹿みたいに綺麗な女がキラキラした目でこちらを見ていた。
光を跳ね返して輝く眩しい純白の一対の翼は大きく、そよ風が抜ける度に綿毛の様にふわふわした羽が誘うように揺れる。花々がそこかしこで咲き誇る中で女が立っている様子は、額に収めて飾りたいほど綺麗な風景で、夢の続きでも見ているのかと思っていた。
だから、現実だと気づいたときは驚いた。
「――何かようか?」
話しかけてみたものの、じっとこちらを見たまま一言も発さない小娘に自嘲する。
――こんな羽の男には話す価値もないってか?
「無視か?」と尋ねても、なんの反応も示さない小娘に苛立ちがつのり、つい目を眇めると小娘は慌てて言いつくろってきた。
「……っ、ご、ごめんなさ…っ!わ、わたしっ、思わず見惚れちゃって」
見惚れる? 俺に? よりによって、とびきり綺麗な羽の女が絶望的な羽の俺に?
馬鹿にしてるとしか思えないその発言に苛立ちも露わに睨みつけると、空色の瞳にじわじわと水分の膜が張った。
「だって突然こんな美形が転がってたら誰だって見惚れると思うんですでも突然じろじろ見てすみませんでした失礼だったと思います、ごめんなさいっ」
言ってる事はよくわからねえが小娘を泣かせるつもりは無かった。薔薇色に紅潮していた頬は今や真っ白になり、白い羽もへしょ、と悲し気にうなだれてしまった。
「もういい。分かったから」
いくら気が立ったからって、こんな小娘をここまで怯えさせるつもりは無かった。
悪かった、と謝れば小娘は慌てたようにぶんぶんと顔を振った。
とりあえず泣きそうな顔から立ち直らせることには成功したようだが、今度は小娘がまるで恋する乙女の様に顔を赤らめていた。意味が分からない。今の一連の流れのどこにそんな要素があった?
パサッ
場違いな小さな羽音と異常な光景に「は?」と呟いた。
小娘も「へ?」と気の抜けた声を発し、俺の視線を辿って背後を振り返った。
「お前、正気か?」
小娘は真っ赤になって涙目で慌てふためき始めた。
「すみませんすみませんすみません、羽が勝手に開いちゃって、がんばって閉じようとしてるんですが思い通りに行かなくて」
「お前、俺の翼をみてやってるのか?」
「つばさ……?」
キョトン、と空色の大きな瞳が見返してきた。なんだその反応は。まさか見ていなかったのか。そういや美形がどうのこうのって言ってたけど、まさか羽を見ずに顔を見ていたのか?――こいつ同じ有翼種だよな?
つーか、視線が羽にたどり着くまでが異様に遅せえ。妙に小娘が顔を赤くしているせいで変な気分になる。やっと羽まで視線がいったか。って。
「おい、なんでこの状況で羽根をぱたぱたさせてんだよ?」
「ごめんなさい。ふわふわへの興奮が抑えられなくて」
興奮ねえ……?
「こんなに濃い羽の色があるなんて知らなかったか?」
皮肉たっぷりに言ってやれば「え?」と無垢な瞳が返ってきた。
『え?』ってなんだ。
『え?』って。
まるでそんな発想なかったみたいな反応しやがって。
こいつと話してると本当に同族と話しているのかだんだんと不安になってくんな。
「というか本当になんのようだ? お前はこんなところで俺と話なんかしてる場合じゃないんじゃないか?会場はあっちだぞ」
すっかり毒気を抜かれて親切に案内してやれば、
「も、もう少しここに居たいなぁ……なんて」
真っ赤な顔でそんな事を抜かした。そんな顔でそんな事を言われれば普通の男はカン違いする。
何を企んでいるんだ、と見つめると、
「やっぱり、……だめ、ですよね?」
と泣きそうな顔で言ってきやがった。ぺしょん、と白い羽まで萎れると、居た堪れない気持ちになる。
「……別にダメではねぇけど。ここに居たっていい事なんか無いぞ」
小娘が、ぱぁぁっと笑顔になると羽もぴん、と元気よく立ち上がった。思わず笑いそうになって手で口許を隠す。
「私、ミア・シマエナガっていいます。お名前をお聞きしてもいいですか?」
小娘が顔を真っ赤にして自分の名前を訊ねる。おまけに羽根を大きく広げるという分かりやすいアピールつきで。
本当にさっきからめちゃくちゃ勘違いしそうになる光景だ。がしかし、俺のような絶望的な羽の色をしたやつにこんな綺麗な羽の女が言い寄ってくるわけがなくて。つまり、俺を揶揄いにきたのだろう。
「聞いてもしょうがねえだろ」
俺の言葉に小娘は涙目になってしまった。それだけでも罪悪感がすごいのに、またしても羽がぺたん、と悲しそうにが萎れる。
「……すみません……」
今にも泣きだしそうな顔の小娘に内心で頭を抱える。揶揄いに来た小娘なら、こんな態度をとられたら腹を立てて去っていくと思うんだが、これは一体…?
一旦、状況を整理してみるか。
なんでか知らないが、寝て起きたら馬鹿みたいに綺麗な女が俺に名前を聞いてきた。
もちろん、暴漢から助けたとか分かりやすい理由は全く無い。むしろ、間抜けな寝顔は見られるわ、睨むわ、不機嫌な態度で接するわで俺の好感度が上がる要素は0どころかマイナスだ。……状況を整理してみたが、逆に訳が分からなくなった。
「私なんかが名前を聞いて、烏滸がましかったですよね」
えへへ、と力なく笑う作り笑顔も、しおしおと悲しそうに項垂れている羽も確実に俺の良心を抉ってくる。
「………………グレン・ケツァールだ」
俯きかけていた小娘が弾かれたように顔を上げて空色の瞳で俺を見返してきた。
「――ぇ?」
悲し気に曇っていた瞳が輝きを取り戻し、意気消沈して白くなっていた頬にだんだんと紅がさされていく。羽もぴこぴこと嬉しそうに揺れ始めた。名前を聞いただけとは思えないような無邪気な喜びようにため息が漏れる。
「これで満足か?」
小首を傾げて尊大な態度で聞いたにも関わらず、小娘は嬉しそうに、でも少しはにかみながら笑った。
「はい、ありがとうございます」
擦れていない純真な態度に、相手の狙いが益々分からなくなっていくというのに、警戒心が薄れていく一方だ。
「グレンさん」
確かめるように、そっと俺の名前を呟くと、小娘は嬉しそうに小さく微笑んだ。普通に可愛かった。
いい加減にしてほしい。
そんな反応をされると羽が今にも勝手に開きだしそうだ。
「名前も素敵ですね」
「『も』ってなんだよ。『も』って」
「えっ?」
かぁぁっと小娘の顔が赤くなった。
「――は?」
待てって。なんだよ、その反応。おい、なんで恥じらってんだよ。もにょもにょすんな、羽をぱたぱたさせんな可愛いだろやめろ!
「――やっぱり言わなくていい」
何で俺が赤面しなくちゃいけないんだ。ふざけんな。
「す、すす、すいません……っ」
くそ…っ、あいつの羽が開きっぱなしなのが本当に心臓に悪い。しかもぱたぱたとはしゃぐ度に羽からすげえいい匂いがする。うっかりしてると自分の羽も広がりそうになってやべえ。
「グレンさんも」
「あ?」
「――ここに、お見合いに来たんですか?」
受け取りようによっては、「お前のような羽のやつがよくもまあ おめおめとこんなところに顔をだしに来れたな」という風にも捉えられるけど、コイツの場合は違う気がする。
「……保護法で決まってるからな」
有翼種の満18歳以上の独身の男女は国家の主催する結婚支援事業への参加を義務とする。ただし、満24歳を過ぎた者の参加は任意とする。ってな。
「という事は、まだ、独身、なんですよね……?」
「俺に番がいるように見えるか?「はい」嘘つけ」
食い気味の返事に食い気味に返してしまった。
「本当です」
むぅ、と唇を尖らす小娘。
こいつの目や仕草を見ている限り、嘘をついているようにも世辞を言ってるようにも見えねぇ。
本当、こいつなんなんだよ。俺をどうしたいんだよ。
――ああもうめんどくせぇな。
俺は考えるのをやめることにした。こいつの狙いは分からないままだが、ここで貴重な時間を無為に過ごすと言うなら勝手にすればいい。
「グレンさん」
「なんだ?」
「わたし、ここに居てもいいですか?」
「勝手にしろ」
翼がぴこんと元気に伸びてぱたぱたと揺れ始めた。「えへへっ」と嬉しそうに笑う小娘に胸がざわつく。
――くそ。ハニートラップか?
羽がうっかり動かないように、またゴロンと仰向けになって寝ると、小娘はなんの警戒心も無く俺のすぐ近くに座った。簡単に無力化できてしまう力がこっちには有るっていうのに、それが自分に振るわれるとは思ってもみないらしい。
「――ご、ご趣味は?」
「いきなりなんだ」
「お見合いの最初のセリフの定番かな、と」
お前はこの俺と見合いするつもりなのか。相手を間違ってるぞ。
もっと綺麗な翼の男なんて会場行けば山ほどいるっていうのに。
「ちなみに私は光り物を集めるのが好きです」
「それは種族的に全員好きだろ」
「あ、そっか。じゃあグレンさんも好きなんですか?」
嬉しそうににこにこ笑いながら話し始めた変な小娘にため息をついた。
適当に相槌をうってるうちに、うっかり二人で穏やかな時間を過ごしてしまった。
「あ、喉が乾きませんか? 私なにかとってきましょうか?」
「はあ?」
お前は何を言っているんだ、という目を向けると、小娘は「え?」ときょとんとした顔を向けてくる。
「――女に取りにいかせるわけねーだろ」
しょうがねえ、と起き上がる。
急に静かになった小娘を見下ろすと、白い頬を薔薇色に染めて、少し恥ずかしそうに身じろぎしていた。純白の翼もぱたぱたと暴れまわっている。
――おいおい。 おいおいおい、まさかとは思うが。
「女扱いされて、照れてんのか?」
かぁぁっと益々女の顔が赤くなった。
図星かよ。
「いや、だって。発言があまりにも男前で……すみません」
「これくらい普通だろう」
いやだからなんで顔赤くしてぎゅって目をつぶって心臓を抑えてんだよ。
「慣れろ。お前が初心すぎるんだよ」
なんでこんな見た目がいいのにこんなにも男慣れしてないんだよ。危ねえだろうが。
……まあ大事に育てられたんだろうな。両親の気持ちは分からなくもないが、こんな純真なやつを急にこんな飢えた野郎ばっかりがたくさんいる所に放り込んだら格好の餌食になるじゃないか。
「ったく、どこの田舎から来たんだ」
「ヨタカ島です」
「本当にド田舎じゃねーか。納得だな」
「えっ、それどういう意味ですか!?ダサいって事ですか!?」
今度は泣きそうな顔でおろおろし始めた。打てば響く反応が面白くてつい笑ってしまう。
「そうは言ってねえだろ。そのワンピースも似合ってて可愛いと思う」
素直な感想を口にすると、小娘が「え」と真っ赤な顔で固まる。「あ」とか「う」とか意味をなさない言葉を口にした後、両手で顔を覆い、それでも恥ずかしいのか翼で体ごと隠してしまった。ずいぶんと可愛らしい仕草に、くつくつと笑いが漏れた。
「で?何が飲みたい?」
小娘は、「うぅ……」と小さく唸った後、繭から顔を出すみたいにちょこんと白い翼から顔をだして少し不貞腐れたように俺の事を見てきた。
「アイスティーが飲みたいです。ストレートで」
少しだけ拗ねたような声につい笑みが溢れる。
「ん。了解」