魅力的な女(笑)なんだろ? 女をみせろよ。
私の心中の必死の訴えもむなしく男性陣による求愛ダンスは1時間も続いた。
金髪碧眼や銀髪碧眼の若い男性陣がはぁはぁと息を荒げながら爽やかに汗を流して踊る様は、私に向けられるものでなければ楽しめたかもしれない。私個人に向けたものだと思うと、あまりの重さに胃がキリキリと痛くなってしまった。
「ふぅ……」
あまりの居た堪れなさに会場となっているホテルの庭園に逃げだしてきた。熱烈なアピールだったけど後を追って飛んでくる人がいなくてホッとした。
「どの人がいいのか全然分からないよ。お母さん」
ダンスよりも会話で中身を知りたいんだよ、私は。
もっと体じゃなくって言語で会話していきたいんだよ、私は。
っていうか本能が死んでるので、言語コミュニケーションじゃないと良し悪しが分かんないんだよ、私は。
いっそ顔だけで選ぶにしても有翼種は種族的にみんな金髪や銀髪に碧い瞳でだいたいみんなそれなりに見目麗しいんだよね~。
「それにしても、さすが老舗ホテル。綺麗だ、な……ぁ? え?」
草木ばかりのなか、突然目に飛び込んできた異物に思わず足をとめた。
手入れの行き届いた黒い革靴。その先は質のいい生地の黒のスーツのパンツに、同じ生地のベスト。第二ボタンまで外された白いシャツとセクシーな鎖骨。男らしい骨格の首筋と喉仏……いや変態か私は。変態だ。そうかよし続けよう。
とにかく色っぽい首筋から目を離して見つめたその先にぎょっとした――。
陽光で鮮やかに輝く蜂蜜のような甘い甘い金色の髪に、日に焼けた淡い褐色の肌。そして乙女という乙女の理想と妄想を神様が完璧に再現してくれたかのような甘い美貌。
――居心地のよさそうな大きな木陰の下に、女神様もびっくりの超ド級のイケメンが転がっていた。
美形の無防備な寝顔はもちろんカッコいい。そこに少しの艶めかしさと可愛らしさも加わって…、とにかくとてつもない魅力で満ちていた。
ぼーっと見惚れていると風が吹いて辺りの木がさわさわと音を立てた。
「ん……」
ぴくりと、前髪と同じ金色の長い睫毛が揺れる。ただそれだけでうっとりとしたため息が漏れてしまった。ゆっくりと目蓋が開くと、宝石のような瞳が現れた。
(しまった)
思いきり目が合ってしまった。
エメラルドのきらめく瞳が私のことを見つめている。目を逸らさなきゃ、と思うけれど、あまりの完成された美しさに心奪われてしまって動くことができない。
目も鼻も口もどれ一つ取っても完璧な美しさを湛えているけれど、やっぱり1番はエメラルドの瞳だ。野生動物のように鋭く怜悧な輝きを放っていて、全体としてただですまないハラハラするようないい男って感じのオーラを醸し出している。
「――」
すごい。見れば見る程イケメンだ。なにこれこんな人いるの?顔面偏差値がカンストして訳の分からないことになってるんですけど。しかも、色気が…。危険な男の色気みたいなのが……しゅごい……。
まだどこかぼぉっとしている美形と時間にして数拍ほど見つめ合うと、美形は私に驚いたように目を見開き、体を起こしてこちらを気だるげに見つめてきた。
「――何かようか?」
えっちょっちょっと待って。声が、声が、イケボ過ぎる!その前に顔が良すぎる!!視界!視界と聴覚への圧倒的な暴力!!!
耳朶に流れこんだ瞬間、恍惚としてしまうほどの低くてしっとりと艶のある甘い声に、ぽぉーっとして固まってしまった。
「無視か?」
不機嫌そうな少し低い声で促されてやっと私の脳ミソは動き始めた。
「……っ、ご、ごめんなさ…っ!わ、わたしっ、思わず見惚れちゃって」
「――見惚れる?」
何故か周囲の空気の温度が下がり、美形が冷たい目で睨んできた。
ひぇぇぇぇっ。
「だって突然こんな美形が転がってたら誰だって見惚れると思うんですでも突然じろじろ見てすみませんでした失礼だったと思います、ごめんなさいっ!!!」
どうしよう。こんな かっこいい人に嫌われたかと思うと泣きそう!
さっきまであんなにふわふわと膨らんでいた心臓が今はすごく痛い。
「もういい。分かったから」
優しい声音に視線を上げたら、超絶美形が気まずそうな顔をしていた。
「怯えさせて悪かったな」
済まなそうにちょっと眉を寄せて。気遣うように細められた翠の瞳がきらきらと輝いて、やっぱり目を奪われてしまう。
「まじまじと見ていた私が全部悪いんです。お兄さんは悪くありません」
それにしても全面的に失礼だったのは私なのに、私が涙目になっただけで謝ってくれるとか、もしかしてものすごく優しい人なんじゃないだろうか。ハラハラするような男前なのに、実は優しいとかなんなの。乙女心をくすぐりすぎじゃない?この人絶対ものすごくモテる。
だって私には不釣り合いな高嶺の花だってわかってるのに、どうしようもなくキュンキュンするっっ。
パサッ
微かな羽音に「は?」っと美形が怪訝な顔をし、「へ?」と何が起こったか分からない私が間抜け面を曝した。エメラルドの瞳が明らかに私の背後に縫い留められている。そぉーっと振り返ると私の自慢の翼(笑)がこれ見よがしに広がっていた。
おいおい。 ――おいおいおいおい、私の本能うううう!!!
こんな時に息を吹き返すなよおおおおっっ!!!!
なに勝手に求愛を始めてるんだよおおお!!!空気読めーーーー!!!!
「えっと、あのですね、これは……あ、あれ?」
ああああ!!!ダメだあああ!!!!ぜんっぜん翼がいう事を聞かないいいいっっ!!!!閉じてっ!今すぐナウッッー!!!
「お前、正気か?」
ちなみに求愛されてもない雄に雌から羽を広げる行為は、ほめられた行為ではないのです。
「すみませんすみませんすみません、羽が勝手に開いちゃって、がんばって閉じようとしてるんですが思い通りに行かなくて」
「お前、俺の翼をみてやってるのか?」
「つばさ……?」
素敵すぎる顔面から一度視線を剥がして、男らしい骨格の首筋や肩をたどっていく。大変セクシーですねありがとうございます。おや?素敵な上腕二頭筋ですね。シャツの上からでも分かる逞しさ。素敵です……っていかんいかん。あ、やっとありましたよ、翼が。前世で見たロシアンブルーの猫ちゃんのような青みがかったふわっふわの灰色の大きな翼ですね。
……似合ってる……っ!
そうだよね!この人には純白の羽なんかよりも落ち着いたグレーの羽が似合うよ。しかも子猫の毛を思わせるようなふわふわ感!ああぁぁ……っ、触らせてください……。私に毛づくろいさせてください…!
「おい、なんでこの状況で羽根をぱたぱたさせてんだよ?」
「ごめんなさい。ふわふわへの興奮が抑えられなくて」
美形は「はあ?」という顔をしたあと、皮肉たっぷりな笑みを浮かべた。
「こんなに濃い羽の色があるなんて知らなかったか?」
「え?」
確かにここまで濃い色は初めて見たけど。でも、桜貝みたいな可愛い羽の色の男性より私は好きだけどなぁ。
――ん?
――んん?
私は好き。
わたし「は」すき。
ちょっ、待てよ!?
翼は大きいけどこの羽の色からしたら、羽の色からしたら……もしかしてモテないとか!? はああ!? 嘘でしょ!? 私にとっての、このどちゃくそハイレベルなイケメンは有翼種の中では非イケメン扱いって事!!?
何という事だ!!
待てよ。この集団お見合いパーティーに出席しているという事は――。この人、フリーなのでは。
何 と い う 事 だ!
えっありえなくない?まって、まってください!――この一見すると私とは一生縁のなさそうなイケメン。超がんばったらこんな私にもワンチャンスあるってことでいいでしょうか?
ええええ!イケメンがよかったけど、この人はイケメン過ぎてちょっとハードルが高いって言うか。
「というか本当になんのようだ? お前はこんなところで俺と話なんかしてる場合じゃないんじゃないか?会場はあっちだぞ」
ドッドッドッドッ……と心臓が早鐘を打ち始めた。
が、がんばれ私! 魅力的な女(笑)なんだろ!?
ここで頑張らずにいつ頑張るっていうんだよ、女をみせろよ!! いけ、婚活は度胸だ!!!
「も、もう少しここに居たいなぁ……なんて」
神がかった美形が眉間に皺を寄せて黙ったままじぃっとこちらを見ている。
「やっぱり、……だめ、ですか?」
美形が真意を探るように私を見つめてきた。うわっ。どきどきする。
「……別にダメではねぇけど。ここに居たっていい事なんか無いぞ」
きゃーっ! やったぁー!