息子がなんかすごい子を連れてきた。
「ぇ、なん、これ……?」
上空から見下ろしながら目を白黒させる私に隣のグレンさんがなんてことないように言った。
「俺の実家」
「ひ、広っ」
「ミアの実家とそんな変わらないだろう」
「どこがですか!? ド田舎の一軒家と王都の一等地の一軒家を一緒にしないでください!! あと、うちの実家よりも大きいですし、はるかに立派です!!」
なんだこの立派な庭園は!!小川が流れてるじゃないか!!
しかもこの辺が高級住宅地なことくらいお上りさんでも雰囲気で分かるんだぞ!!
「どうしよう。めちゃくちゃ緊張してきました」
ただでさえご両親へのご挨拶なんてハードルが高いのに、こんな格式のありそうな家だったなんて。でも今思えばグレンさん育ちの良さがにじみ出てたな。
「胃が……」
「じゃあ早めに終わらせよう」
「え、ちょっ、グレンさん」
「グレン様、お帰りなさいませ」
……お手伝いさんだ。
家にお手伝いさんが居る!!
「こちらへどうぞ」
立派な廊下を通り、応接室に通されました。応接室。先ほどの、羊獣人のお手伝いさんにご案内されました。
「カチコチだな」
ピーンと固まった私の羽を指先で弄びながらソファーで寛ぐグレンさんが言う。なぜこんなリラックスしておきながら雑誌の表紙のようなのか。
なぜ黒色のズボンに白の薄手のカットソーという簡素ないでたちなのにそれだけで海外セレブのスナップ写真のように様になっているのか。
くそー!スタイルのいい美形はずるいな。何着てもどんなポーズしててもかっこいい!
一方の私は紺色のレースの膝丈ワンピースだ。私の超あやふやな記憶によれば、前世で読んだ雑誌の彼ママへの挨拶コーデのページはネイビー推しだった。あの時の私は自分には関係ないと思ってかなり適当に読み流していたけど。くそう、ちゃんと読んでおけばよかった!!
ノックがあって慌てて腰を上げる。
扉が開いて現れたその人を見て固まった。
金色の髪を後ろになでつけた超絶男前(推定年齢50歳)。未だに鍛え続けているであろう引き締まった体に、思わずひれ伏したくなるような覇気と鋭い眼光。
そして、一見近寄り難い雰囲気なのに、ドアを開けてご婦人をエスコートする紳士っぷり。
「……っっ!!」
人生で様々な荒波を乗り越えてきたからこそだせる厚みのある奥深さ。落ち着き。色気。そんなものが滲み出てたダンディーな紳士。
グレンさんの約30年後の未来予想図がそこにはあった!!!
おお、神よ。感謝いたします!!!! 今日ここに来て本当によかった!!!
「ようこそレディ。どうぞ腰をおかけになってください」
優しいバリトンボイスの破壊力。なんという紳士。なんというイケオジ。
「グレンも、久しぶりだな」
「ああ」
そっと私の横に腰掛ける美形を見る。凛々しい横顔に胸が高鳴った。これが、私の旦那さま。
おお、神よ。
そして、前を向く。もう一度横を向く。もう一度前を向く。
この美麗な旦那様が年月と共にこう熟していくというのですね!!!
おお、神よ!!!!
「母親としてはもう少し頻繁に帰ってきて欲しいのだけれど」
そして、お母様。圧倒的美人。そして、品が良い。憧れる。
目の前に美貌の夫妻が堂々と並ぶ。それぞれが人を惹きつけて止まない魅力に溢れたお2人だ。
お父様のエメラルドの瞳がひたりと私を捉えた。
「そちらのレディーは?」
……エロい。バリトンボイスが果てしなくエロい。
「俺の番のミアだ」
「は、初めまして。ミア・シマエナガと申します」
「もうケツァールだろ?」
きゃー!! そうでした旦那さま!
「ミア・ケツァールと申します……」
うふふ、くすぐったい。
「不束者ですがよろしくお願いします」
ぺこ、と頭を下げるとグレンさんのご両親がなんとも言えない顔をしていた。
「あの……?」
「もし、うちの息子に脅されているなら今はっきり言ってくださいね」
美しい淑女が悲壮な顔をして羽をぺしょん、と垂らしている。
その隣に座る使命感に燃えたイケオジが力強く私を見つめる。
「私の命に代えて貴女を守ると誓いましょう」
ずきゅーーーん。
って、ちがーーう! これ誤解されてる!!!?
「ち、ちがっ。あの、信じてもらえないかもしれませんが私の一目惚れで。ちゃんとグレンさんが大好きなんです」
「一目惚れ……?」と小首を傾げるお義母様。
「えっと、お恥ずかしいのですが、その……お顔に」
ぽぽぽ……と顔に熱が籠る。
もちろん、中身も大好きです、ときちんと、申し添えておく。
それにしても私は旦那さんのご両親の前で何を言っているのだろう……。でも、これは愛の試練なのだ。がんばれ私。負けるな私。羞恥心なんてちっぽけな問題さ。
「――貴女のような美しい人が息子を?」
う、美しい人……!
未来のグレンさんから言われてるみたいですっごくドキドキする。
「は、はいっ、私はグレンさんを愛しています」
私の言葉に納得してくれたのか、グレンさんのご両親の項垂れていた羽が元に戻った。
よかった……! 信じてもらえた……!
「こんなに綺麗な娘ができるなんて」
きゃ、と嬉しそうにはしゃぐお義母様。
「孫の顔を見るのは諦めていたんだが」
口端をあげる超絶イケオジ……!! なんか甘い!! 笑顔が甘い!!
なんという眼福なご家族なのだろうか。うっとりしているとくい、と顎を取られて、金と翠の綺麗な色が至近距離に迫る。
「え?」
ちゅ、
ぎゃーーーー! ご両親の前ーーーーっ!
「ミア、俺以外に頬を染めるなんて、いけない番だな」
流石に目元だったけどそれでもなんて事を……!
「この程度で済んでいる事に感謝するべきだと思わないか?」
大きな手で私の頬を撫でるグレンさんに悪寒が止まらない。
口端は笑みをかたどっているけど、目の奥が全く笑っていない。むしろ瞳孔が全開だ。
もう一度甘い美貌が迫る。何故か身体が全く動かない。
「――それとも、俺にお仕置きをされたいのか?」
耳朶に唇をつけて殊更低く囁かれて、親指の腹で手の甲を擽るようになぞられる。身体の内側の熱を呼び起こすような仕草にじわっと目尻に涙が溜まり、慌てて首を振る。
「ちがっ、ちがくてっ。グレンさんの30年後はこんな素敵になってるのかなって。きっと30年後も変わらずグレンさんに恋してるんだろうな、って妄想してたの」
グレンさんのエメラルドの瞳が少し見開く。それから真顔になって「そうか。……悪かった」と小さく呟くと口許を片手で覆って視線を逸らした。でも、耳の上がほんのり赤くなっていて照れてるんだって分かった。
「いえ、私こそ……」
きゅぅぅん!! かわいい!!!
ギャップ。ギャップが尊い。心臓を抑えて静かに身悶える。
「あらあらまぁまぁ」
声に釣られてそちらを見ると、お口に手を当ててにまーっと笑うお義母さまと微笑ましげに目を細めるお義父さまが。
ボフ!と湯気が出そうなほど自分の顔が熱くなる。
ああどうしよう。グレンさんの破壊力につい周りが見えなくなってた!!
「一目惚れって本当だったのね」
「息子を宜しく頼むよ、ミアさん」
「……挨拶は済んだな。帰る」
「まぁっ!なんてことを言うのグレン!! 今日は泊まっていって?」
お義母様とグレンさんの間にひと悶着あって、結局、泊まることになった。お夕飯もお風呂もいただいてしまったし、こんな美しい方々に終始「こんな綺麗な子がお嫁に来てくれるなんて!」と喜ばれてなんだか終始居た堪れなかった。
ちなみに、お義父さまは淡い緑色の羽で、お義母様は淡いオレンジ色の羽だった。……確かに絵具で混ぜると灰色になるけど、遺伝ってそんな感じだったかな? まあ、異世界だから不思議要素が働いたんだろうな。




