パーティーに行きましょう(後編)
「グレンさん、このまま入るんですか?」
困ったように眉をハの字にして見上げてくるミアに「ん?何か問題があったか?」と笑顔で応えた。
顔を赤くして照れたように伏し目で「コレ、すごく、恥ずかしいんですけど……」と答えるミアに笑みが深くなる。
「嫌なら帰「このままで大丈夫です!」
ちなみに、ミアの言うところのコレとは、俺がミアを後ろから片手で抱き締めるみたいに腕を体に回して、その小さな頭の上に顎を置いている状態の事だ。
会場に一歩踏み込むと、一瞬、ミアを見て羽を開きかけた男達の羽が固まり、俺と目が合ったとたん、覇気なく次々に萎れていく。それがどんどんと扉付近から会場全体に波及し、ざわざわと賑わっていた会場が静まり返る。
小さくかかっていた筈の音楽と俺たち2人の足音だけが会場に響いていたが、多くの視線と様々な感情が行き交ってうるさいくらいだ。
男も女もみんな一様に顔に「なんで?」「なんでその組み合わせ?」と書かれている。まあ予想通りの反応なのでそこはどうでもいい。
しかし、気に入らない。ミアが他の奴等にまじまじと見られている事が。俺の番をみるんじゃねえ。殺すぞ。
「グレンさん、グレンさん。みんなバカップルを『うわぁ…』って目で見てます。やっぱりくっつきすぎなんですよ」
ミアを見れば顔を赤くして涙目になっていた。
「イケメンのグレンさんはいちゃついてても絵になりますけど、相手が私じゃ…」
今度はへしょ、と自信なさげに羽を垂らした。
「やっぱり、もうちょっと節度ある距離感にしませんか?」
懇願するように目に涙を溜めて、ぴるぴると羽根を揺らしながら見上げてくるミアに、思わず「ふは、」と笑みが零れる。
「お前は平和だな」
胸中に湧きかけたどす黒い感情が嘘のように消えて、クシャリとその頭を撫でるとミアが心臓を押さえた。
「どうした?」
「危ない色気を纏う超絶美形の無邪気な笑みというギャップ攻撃からの慈愛に満ちた表情っていう合わせ技に心臓が限界を迎えただけです」
「心臓が限界って、ヤバいじゃないか」
「そうなんですめちゃくちゃヤバいんです決して平和とは呼べない感じですなのでもう少しなでなでしていただいてもよろしいでしょうか?」
「しょうがねえな」
頭を撫でてやると、「えへへ」とはにかみながら笑った。可憐な花が幾重にも咲いたような、控えめながらも嬉しさの滲んだ表情に愛しさが加速度的に膨らんでいったところで――、
「「「「団長!!」」」」
むさ苦しい男たちの声で一気に気持ちが萎んだ。
「え、だんちょう?」とミアが目を白黒させ、俺も「ちっ」と舌打ちする。
折角いい気分だったのに、うっかり殺気が弱まった隙に余計な奴等が来てしまったようだ。
「止まれ。半径10歩以内に入ったら殺す」
「しれっと怖い事言わないでくださいっすよ」
「で?――何の用だ?」
もう一度明確な殺意を乗せ直して冷たい目で睨むと、ガタイのいい男達が震えだした。
しかし、顔面蒼白になり、羽をぴるぴると哀れに震わせながらも部下が口を開く。
「……いや、『何の用だ?』じゃないですよ。どうしたんですかその子……」
「まさか脅したんじゃないっスよね?」
「羽はアレだけど、俺たち団長の戦闘力と指揮統率能力は買ってたんですよ!羽はアレだけど」
「なるほどな。こんなヤツに捕まった哀れな姫を助けようとやってきた、と」
コクコク、と頷く野郎どもにクソでかい溜め息が漏れた。
「悪いけど、こいつは俺の番だし、ちゃんと合意の上だ。寧ろコイツからアピールしてきたんだぞ」
「えっ急になんスか。団長の妄想?「ばっか、お前さすがにそれは言い過ぎだって!」
「団長、お疲れですか?」
「最近仕事抱え込み過ぎなんじゃないですか?」
「いい病院紹介しますよ」
部下たちの慈愛に満ちた顔にめちゃくちゃイラっとした。
「――お前らそろそろマジで殺すぞ?」
「ヒィッ」と情けない声をあげながらも、部下たちは抜かりなく心配そうな視線をミアに向ける。おい、何見てるんだまじで殺すぞ。
「本当です。昨日わたしが一目惚れして、さっきやっと番になれたんです」
全員が「え」と固まった。胸がすく光景の筈だが、さっきから苛立ちが収まらない。
「誰が他の雄にしゃべりかけていいって言った?」
極力優しい声と顔を心掛けたが、ミアがビクリと怯えた。
「お前らもさっきから俺の番だって言ってるだろ?死にたく無きゃ――失せろ」
湧きあがる気持ちのままに無表情で告げると、察しのいい部下たちは一言も発さずに目礼だけして去っていった。ぽす、とミアの肩口に顔を埋める。
「ぐ、ぐぐぐれんさん!?」
さっきからずっと脳を真っ白に焼くようなキチガイめいた怒りが湧きあがり続けている。
獣としての本性が胸中で快哉を叫ぶのだ。邪魔な奴等を消せと吠え猛り、俺の番だ、見るな、喋りかけるな、消えろ、全員消してしまえと、内なる己が責め立てる。
その訴えが酷く耳障りだ。自分が所詮獣だと実感せずにはいられない。
深く息を吐き、吸い込む。ミアの匂いを嗅ぐと耳障りな声が少し遠のいた。
顔を上げれば真っ赤になってピーンと羽を伸ばして固まっているミアがいた。
「――どうした?顔が真っ赤だ。熱でもあるのか?」
にやにやした顔で聞いてやると涙目でこちらを見上げながら「そういうところですよ、グレンさん」とぺしぺしと叩いてくる。
「へえ。どういうところ?」
「分かっていながらあえてそんな台詞を言ってくるところです」
「嫌いか?」
「……好きに決まってるじゃないですか……。もう、いじわるなこと言わないでください……」
胸板におでこをくっつけ、ぽそぽそと呟く。可愛いらしく甘えるような声に胸が甘く疼いて、不快な内からの声がどんどんと遠ざかっていった。
「意地悪はお前だろ?俺をこんなところに連れ出しやがって」
キョトン、とする顔に軽くでこぴんをいれてやった。
「後で覚えてろよ?」
ミアを連れてドリンクを受け取ってからビュッフェコーナーに行った。
「どれが食べたいんだ?」
「いっぱいあって迷っちゃいますね。あ、あれ!あのスモークサーモンのやつが食べたいです」
ミアが食べたいと指さすものを適当に皿に盛っていく。会場中の視線がまだこっちに向いてるのがイラつくし、なにより、
「(嘘だろ…。あの団長が人のために動いている!!)」
「(ツガイちゃんすげえ!)」
遠くから聞こえてくる雑音が腹立たしい。ふと、ミアを見ると羽をご機嫌に揺らし、口端をぴくぴくとさせていた。
「なにをニヨニヨしてんだよ」
「普段のグレンさんを想像しちゃって。普段はこんな風に優しくないんですか?」
部下たちの声が聞こえてたのか。
俺はさっきからずっとイライラしてるのに暢気に笑っているミアに少し意地悪をしたい気持ちになった。
「まあな。でも女性に優しくするのは普通だろ?」
「そう、ですね。……グレンさんはやっぱり紳士ですね」
へしょり、と真っ白な羽が萎れた。悲しそうに目を伏せるミアに笑みが零れる。
「俺に特別扱いされたかった?」
「――はい」
しょんぼりとうなだれる番が可愛くて仕方がない。
「本当は、誰にもこんな事をした事は無い」
え?と、顔と羽をあげたミアに目を細める。
「こんな事をしてやりたいと思うのも、してやるのもミアだけだ。惚れてるんだ。特別扱いするに決まってるだろ?」
ミアは分かりやすく頬を染めて「あぅ」と固まる。
「ちょっと待ってください。今、ときめきすぎて死にそうです……」
両手で綻ぶ口許を隠して、ちら、と俺を見ると嬉しそうに「へへ」と笑った。
「グレンさん」
「ん?」
「あのですね、――私も惚れてますよ」
「知ってるよ」
自然と顔が緩む。相変わらずミアにまとわりつく視線は不愉快でしかない。だが、……来てよかった。
俺だけにキラキラとした笑みを向けて、俺だけに羽を動かすミア。
この場所にこれだけの男が居て。
会場に入った瞬間、全員がお前に羽を開きかけたのに、お前の羽はぴくりとも動かなかった。今だってなんとかアピールしようとしてる奴らばかりだっていうのに清々しいくらい見向きもしない。
ミアの羽が動くのは、俺に対してだけだ。
本当にこいつは俺だけに必死にアピールしていたのだ。全然男慣れしてないくせに、真っ赤になって、時に涙目になりながら、必死に。
そりゃ、恥ずかしかっただろう。
勇気だって相当必要だった筈だ。
「ミア、――悪かった」
俺が素直じゃないばかりにお前の精一杯のアプローチを無碍にしてしまっていた。追われる立場のお前は本来なら全くしなくていい苦労だったんだ。
「へ?突然なん――、ッ」
ぎゅっと柔らかな体を掻き抱いて、耳元に唇を当てて囁く。
「お前は本当に可愛いな」
ここに来て本当の意味で分かった。ミアが大勢の男の中から確かに俺を選んだんだって事が。それから、自分がいかに救いようの無い大馬鹿野郎だったかって事が。
歓びと憤り、後悔と充足感。でも、それ以上に溢れる愛しさで胸が苦しい。
生まれて初めて後悔している。できることなら出会った最初からやり直してやりたい。お前が望むように、喜ぶように、最初から全てやり直してやりたい。
「これから精一杯、愛させてくれ」
ちゅ、と耳殻に口付けを落として離れると、真っ赤になったミアが涙目で口をはくはくさせていた。
「~~っ、人前ですっ」
くす、っと笑みが漏れた。
「人前じゃなかったらいいんだな?」
「ぅっ、」
顔を赤くしたまま目を泳がせ、そっと上目遣いで俺の様子を窺うと、消え入りそうな震える声で呟いた。
「あ、当たり前じゃないですかっ。番なんですから。――グレンさんに触れられるとすごくドキドキするんですけど、嬉しいんで、ひゃっ!?」
もう一回、ミアの身体を引き寄せて、低く重い声で囁き返す。
「なら、今すぐ二人きりになれるところに行かないか?」
「ッ、せめて食事だけでも済まさせてください……」
「なら、早く喰っちまわねぇとな」
「そうですね」
ふわりと、笑う番に俺もつられて笑みが零れた。
二人で料理を口にしていると、ミアが桜色の唇を拗ねたようにとがらせた。
「皆ずっとそわそわとバカップルを気にしてるばかりでつまらないですね」
バカップルじゃなくてお前を気にしてるんだよ、と言ってやりたいがとりあえず黙っておいた。
「あまり楽しそうにしていないし」
俺がお前以外の会場中の人間に殺気を放ってるからな。息もしづらいだろうよ。
「……思ってたのと違ったか?」
「はい。もっとそこかしこで恋のフラグが濫立して、男女の駆け引きがあちこちで繰り広げられて、運命の赤い糸が赤外線の如く張り巡らされていると思ってました」
そういうのは全部お前がかっさらってるんだろ。俺がずっと殺気を放ってるから横槍しに来ないだけで、どいつもこいつも隙あらばアピールしようとしてるっていうのに。それにしても、
「ふらぐ?せきがいせん?」
「ヨタカ島の方言です。どうかお気になさらず」
方言ね。胡乱な目でミアを見下ろすと、あからさまに目を逸らした。なにを隠してやがる。まあなんでもいいけどよ。
「なら帰るか?」
「そうですね、これを食べ終わったら帰ります」
よし。一刻も早くこんな所からはおさらばしたい。そわそわと見守っていると、ミアがやっと最後の一口を口にした。帰ろうと声をかけようと口を開いたとたん、「「「みあ~」」」という情けない声がかかった。
――ちっ、もう帰れると思ったのに。
苛立ちを隠して振り返ると、顔を青くした女たち3人がミアを手招きしていた。
「あっ、みんな!」
ミアが女たちに手を振り返し、行ってもいいかと、俺を仰ぎ見てきた。期待に満ちた空色の瞳に負けて不承不承「あんまり離れるなよ」と言ってやると、嬉しそうに頷いて駆けだした。
「あぐりちゃん、ひばりちゃん、まつりちゃん!」
「「「みあ~」」」
「その怖い人が例の人なの?」
おい、聞こえてんぞ。まあこれだけ殺気を放っていれば仕方がないが。
「こわい? 一見冷たそうだけどとても優しい人だよ?」
冷たそう…。ちょっと凹んだ。いや確かに野郎には…ミア以外には?冷たいところもあるが。
「それよりも! 例の人なの!?」
「うん、そうだよ。それよりも、聞いて聞いて!!」
ミアが無邪気に手を叩いて笑みを浮かべる。
「わたしツガイになれたんだっ」
その瞬間、「えっ」と3人が固まった。
「その人と?」
「うん」
「ツガイに?」
「うん」
「「「えええ―――!?」」」
ふふふっ、と心の底から幸福そうにミアは笑った。
おい友達ドン引きしてるぞ。周りの空気読めてないのかよ、と思いもするが、それをはね返すだけの輝きがミアにはある。実際にミアの無邪気さに俺は今救われている。
「はねっ、はね、見えてないの!?」
「見えてるよ?」
「「「見えてるのに何で!?」」」
ミアは「もうっ」と片方の頬を膨らませて腰に手を置いた。
「みんなこそグレンさんのあのご尊顔が見えないの?」
「は?」「へ?」「え?」と三者三様に予期せぬ方向からの切り替えしに驚いた顔をしている。
「世界最高レベルの美形だよ?」
「言い過ぎだろ」
「人外レベルの美形だよ?」
「ハードルがあがってんじゃねーか」
「世界史に名を刻みたいレベルで尊いでしょ?」
「もうやめろ。……流石に恥ずかしい」
「イケメンの照れ顔の破壊力……っ」
恥ずかしいのは俺の方なのにミアが白い頬を赤く上気させて心臓を押さえながら「はぁ…」と熱っぽいため息をついている。
「羽も見えてるし、顔も見えてる。スマートで紳士で大人で、ちょっと意地悪で子供っぽい所もあって、食べ方が綺麗で、自分と仕事に自信がある強い男の人で、意外と初心で可愛らしいところもある人で、私の大好きな人だよ」
「――」
「皆には違っても、私にとっては最高な人なの」
頬を染め、恋する乙女としか言いようのない表情で可憐に笑うミア。――本当にこいつは。
「もういい。お前が受け入れてくれれば、それだけで俺は十分だ」
細い腰を抱き寄せて、白いおでこに口付けを落とす。真っ赤になって涙目で「人前です……」とか細く抗議するミアにくすっと笑みが零れた。
「――確かに。すっごく顔がいい人だね」
「確かに。顔がよい」
「よすぎる」
「でしょ?って言いたいけどごめん、あまりグレンさんのこと見ないで」
スン…とミアが表情を消した。瞳孔がパカッと開いているあたり本能が動き出したんだろう。
「なんか、すごく、……暴れそうになる。めちゃくちゃバイオレンスな自分になる」
「ははっ、番なら普通だよ」
「えっ、普通?」
「うん、そう普通」
「え、ヤバくない?有翼種って危なくない?」
「基本一夫一妻制の亜人はみんなそうだと思うけど?」
「えっ」
「また落ち着いたら連絡してよね!」
手を振って別れたミアが「お待たせしました」と戻ってきた。無言で俺の腕を引っ張って、急いで帰ろうとし始めたミアに面白くなってあえてその場に踏みとどまってやった。
「ぐれんさん?」と少し不満そうに見上げてくるミアにニヤッと笑う。
「どうした?今更まわりに妬きはじめたか?」
「~~ッ」
ミアはかぁぁっと顔を赤くして涙目になると、ぷい、と顔を背けた。顔を背けたまま流し目でこちらをちらりと見ながら、少しだけ拗ねたように呟く。
「……だめですか? 早く帰りましょ?」
可愛すぎだ。ニヤニヤが止まらない。ミアが周りを見渡して目を少し細めた。
「みんながこっちを見てます」
ミアがむうっと唇を突き出す。羽もご機嫌斜めの女の子のようにぷりぷりと揺れはじめた。
「最初からずっとそうだっただろ?」
「そうなんですけど。それはそうなんですけど!」
はあ、と切なげにため息をつくと、ぽそっと呟いた。
「……わたしのグレンさんなのに、って」
こいつは。
「ね?早く帰りましょう?」
両手で服の袖をちょん、と掴みくいくいと引っ張りながら上目遣いで見上げてくるミアにクソでかいため息が漏れる。
「……お前、実は全部計算なんじゃないだろうな?」
「はい?」
「まあどっちでもいいけどな」
こんなに夢中にさせられて腹が立つ。
「本当に覚えてろよ?」
絶対に逃さないからな。
*
会場を出たあと、すぐに私たちは蜜月期に入ってしまった。番になった後にたくさん焼きもちを焼いたせいで、生殖本能が刺激されてしまったらしい。まあ自業自得なのだけど、グレンさんは知っていて黙っていたらしい。ひどい。私だって知っていたら会場に行きたいだなんて言わな…………言ったかもしれない。
「俺はお前を確実に俺のものにしたいんだ」って言った時の悪い顔は最高にカッコよかったけど。最高にキュンときたけど。でも、おかげで両親への報告が増えて色々と大変だった。
傾国レベルの美貌の旦那様のせいで新婚なのにしばらくは人間の女性が沢山押しかけてきたり、思っていた以上に過保護な旦那様に困ったりしたけど、それはまた別の話。
「ただいま、ミア」
「お帰りなさい、グレンさん」
お父さん、お母さん。
なんやかんやと未だに賑やかな毎日だけど、今私はとっても幸せな番生活を送れています。
最後までお読みいただきありがとうございました。ブックマーク、感想、評価、レビュー、とっても嬉しかったです!
色々書こうと思うとムーン案件になってしまうので本編はここまでです( ;∀;)




