全く伝わってねえ。
「ぐれん、さん?」
「よお、やっと覚醒したか?」
「え? え?」
数拍おいてミアの顔がぼっと真っ赤に染まって、口がわなないた。
「あの、す、すす、すみません!!」
ミアが急いで離れようとしたけど、もちろんそんな事はさせない。既に片腕をその細い腰に回してがっちりとホールドしてある。ミアも視線を下ろして俺の片腕が腰を抱くようにして回っているのを確認した。
「え? あの? え!?」
「もう離れるのか? つれねーな」
あんなに強く抱きついてきたくせに、と耳元で囁いてやると、ミアは湯気が出るのではないかと思うほど真っ赤になって口をはくはくとさせた。スルリ、と腰を撫でるとビクリと体が跳ねる。涙目で不安そうに見上げてきた。
可愛いな。
先刻までこちらの心臓をドキつかせていた女が、心臓をドキつかせる方に回る様は、ちょっと面白い。擽られる嗜虐心と走り出しそうになる欲望に待ったをかけて大人しく見つめていると、ミアが「あの……」と泣きそうな顔で話しかけてきた。
「なんだ?」
「ごめんなさい。私、グレンさんのお知り合いの方に失礼な態度を……」
威嚇してたアレか。
「その事なら気にしなくていい。120パーセント話しかけてきた向こうが悪いし、それに」
スッとミアの手をとって自分の頬に持っていく。
「自分の縄張りを侵されたんだ。もっと怒っていいと思うぜ?」
アナトリアに触られた頬を上書きするようにスリ…と擦りつけるとミアは分かりやすく固まった。
くすくすと笑いが漏れる。――だよな。
お前がこの顔に弱いことはもうわかってるからな。でも、この赤く染まった顔もパタパタと子供の様に忙しなく暴れる羽も全部演技じゃ無いと思うと全てが愛しくてたまらない。
「……グレンさん、ズルいです」
「ずるいか?」
「はい。顔がいいの分かってやってきてますよね」
「顔は良いって言われ続けたからな」
「食べ方とか綺麗ですし、マナーとかもきちんとしてますし、スマートで男らしくって性格もすごく素敵だと思いますけど」
「……なんか恥ずかしくなってきた。やめてもらっていいか?」
「そういうちょっと可愛い所があるのも「おい止めろって言ってるだろ」
「えぇ~」
なんで残念そうな顔してんだよ。
「なあ、一つ聞いていいか?」
「なんでしょう?」
「空に誘ってこなかったのはなんか理由があるのか?」
有翼種は雄と雌が互いに羽を開きあったあと、雌からの誘いで空を一緒に飛ぶことで番が成立する。
互いに羽を開きあった後もミアは一向に空に誘ってこなかった。だから、俺を試しているのかと思っていたんだが。
「そら?」
きょとんと青い双眸が俺を見つめてくる。
「――」
「――」
「そういえば、グレンさんと無性に空を飛びたい気持ちになっててあとからお願いしようと思ってそのままに」
……それは俺を番として受け入れるつもりはあった、ってことか?
普通、そんな大事なことを後回しにしないよな?
「それはやっぱりコレが気になったからか?」
パタパタと翼を軽く動かすと「うわ、可愛い」とミアが呟いた。
「かわいい? 色が……気にならないってことでいいのか?」
「全然気になりません。寧ろそれが魅力的だと思っています!」
「そうか」
気を遣ってるようにも、嘘を言ってるようにも見えない。
だけど色々と経験しすぎたせいで、はいそうですか、とすんなり受け入れることもできない。
それに、それならどうしてすぐに俺の求愛を受け入れなかったんだ。そんな女々しい思いが胸に燻る。
「――」
暫く無言で考えていると、ミアが「さっきからなんか噛みあってませんよね、ごめんなさい」と悲しそうに目を伏せた。
「いや。俺がひねくれてんだ」
番にそんな顔をさせたい訳じゃない。頬を撫でれば子猫が甘えるようにすり寄ってきた。
「いいえ。グレンさんは悪くありません。――グレンさんに言っておきたい事があって」
そこでミアは一度区切ると、俺が贈ったネックレスにそっと触れた。大事そうに触れて、微かに口角を上げる。控えめながらもすごく嬉しそうなその態度に頬が緩んだ。こんなものでそんなに喜んでくれるならまた買おう。
「――私、本能が壊れてるみたいなんですよね」
「は?」
「羽とかダンスとか見ても良さとか全く分からないですし。グレンさんと会うまでこんなに羽が勝手にぴこぴこ動くことも無かったですし。『鉄の羽のミア』って言ったじゃないですか」
「てつのはね」
「だから……だから? とにかく、グレンさんの灰色の猫ちゃんみたいな羽は好きです」
「ねこちゃん……」
俺が、ねこちゃん……。
「ふわふわで、光沢があって、なめらかなビロードみたいでとても素敵です」
白い頬をほんのりと朱に染めて柔らかな笑みまで浮かべる番に、こちらも顔が緩む。
「そうか」
羽はもちろん、俺はこいつの顔も綺麗だし可愛いと思っている。くるくる変わる表情も仕草も態度も好きだ。
「……」
ミアが不意に視線を落とすと、長いまつ毛が儚げに揺れる。
「どうした?」
「グレンさんは、いやじゃないですか?」
「……なにがだ?」
「本能が壊れてる私が」
憂いを帯びたミアの瞳が俺を捉え、川面に浮かぶ花びらのようにゆらり、ゆらりと頼りなく揺らめく。
「へん、ですよね?」
こいつ……。なにを今更そんな不安そうな顔してんだよ。俺が引いてるんじゃないかって?
俺の羽が今もずっと求愛してるのが見えてないのか?
それよりも、俺が抱きしめてんの分かってんのか?誰にでもこんなことをするとでも?
ああくそ、本能が壊れてるんだったな。態度で示しても全く意味ないってことかよ。
「――」
込み上がってくるクソでかいため息を飲み込む。
まあ全部ひっくるめてコイツなんだからしょうがねえな。
いつもお読みいただきありがとうございます。
すみません、カップル成立を引っ張って。
経験上、前話でブックマークが剥がれる予想をしていましたが……とくにそんなことは無く。
皆さまが天使なのですね、分かります。そしてありがとうございます(´;ω;`)




