やっぱり私はサイコパスでした。/お前、後で覚えてろよ。
今日はもう一話投稿予定です。
「あら、グレン?」
唐突に響いた、しっとりとした艶のある声にグレンさんが舌打ちをした。
グレンさんの横から覗き見ると声をかけてきたのはネコ科の獣人の綺麗な女の人だった。
「てめえ、なんでいやがる」
「あんた一人で時間を持て余してるだろうからって、わざわざ休みとって来てやったのに酷ぉい」
すごい美人さんだ。スレンダーでセクシーな大人の女性。
「頼んでねえ」
グレンさんと並んでるとモデル同士みたいですごく絵になる。
美人さんは私を横目で見ると「でも無駄だったみたいね?」と、私に見せつけるようにグレンさんの頬を撫でた。
「てめっ、気持ち悪い事すんな」
グレンさんがパシッと美人さんの手を払いのけたけど、さっきまでふわふわしてたのが嘘のように急速に頭が冷えていった。
グレンさんにはやっぱりこういう美人さんがお似合いで自分は釣り合ってないとか凹んでる、筈なんだけど――、
「ところであなたの小鳥ちゃんがさっきからすごく威嚇して来るんだけど」
体が熱い。血潮が沸騰して、荒れ狂う潮騒の音がする。
目も耳もきちんと冷静に情報を送り続けているけど、女の人の動きに集約されてて、どこをどう攻めるべきなのかどこに隙があるのかを的確に拾ってくる。うん、これはアレだ。完全に私の中のサイコパスの血が騒いでいる!
いやああああっ。自分は違うって信じていたのに!
「――すみません」
「全然悪いって顔してないじゃない?」
そもそも種族が違うし、ここは笑顔で対応すべきだってわかってる。そもそもまだ彼女でもなんでもない私にやきもち妬く資格なんて無いのに。
「おい、ミア」
ぬおおおっ。これが本能ってやつ――!
めっちゃこの女性を排除したい気持ちでいっぱいだ。物理的に。
有翼種は普段は温厚で愛情深いけど、嫉妬深くてキレるとやばいってこういうことか!
前世を思い出してからはグレンさんに会うまで自分の本能なんて死んだと思っていたのに。
目を背けていたけど、やっぱり自分もナチュラル・ボーン・サイコパスだった。悲しい。
っていうか待って。私の本能がもう既にグレンさんをツガイ扱いしちゃってるんですけど。
気が早い!! 気が早いよ私の本能さん!!! 前のめり過ぎですよ!!!
まだ恋人でもないのに!……あれ、わたし頭のおかしいストーカーみたいじゃない?
すでにノンストップでサイコパス道を転げ落ちまくっちゃってるよ、わたし!! どれだけ業が深いんだ!
それにしてもすごい。誰かに体を乗っ取られたんじゃないかと思うほどの強烈な衝動だ。でも、本気を出したら小石を潰して砂に変えられてしまうこんなゴリラが本気で暴れたら、この女の人はただではすまない筈だ。
――ああやばいな。頭から言葉が失われてくような感覚が酷くなっていってる。
必死に他ごとを考えて衝動を抑え込んでいたけど。でも、もう限界かも。言葉が耳に入ってこない。
――好きな人の前で暴れたくないなぁ。
*
ミアと移動していたら同僚に出くわした。
「てめえ、なんでいやがる」
聞けばわざわざ休みをとって来たらしい。お前が休んだら上官の陸将が泣くぞ。胡乱な目で見れば、アナトリアが俺の頬を撫でてきた。ぶわっと全身が泡立つと同時に羽毛も逆立った。
「てめっ、気持ち悪い事すんな」
手を払いのけると、意味深にアナトリアが笑う。
「ところであなたの小鳥ちゃんがさっきからすごく威嚇して来るんだけど」
見ればミアがギュッと俺の腕にしがみついて必死にアナトリアを睨んでいた。瞳孔は開いているし、翼も一瞬で羽ばたけるような臨戦態勢に入っている。
あ、やべえ。これ本気だ。
完全にキレている。しかし、こいつがこんなにキレる理由はなんだ?そう思って、頭で理解するよりも一瞬早く、本能がすべてを理解した。同時に身体じゅうの細胞がわっと一斉にわき立つような昂ぶりを覚えた。
――自分の番が他の雌に触れられたから。
いや、アナトリアは男なんだけどな
見た目はどうみても女だししょうがないか。つーか、こいつはもう俺を番認定してるのか?だとしたら。……最初からずっと本気で俺に求愛してたってことになる。
顔が熱い。
アナトリアが「うわ、あんたそんな顔すんの!?」みたいな顔をしている。「うっせー。今なんかいったら殺す」と目に力を込めて睨み返すとニヨニヨとした顔が返ってきた。くそ。
「おい、ミア」
俺の声に白い翼がピクリと動く。ミアがぎゅっと俺に縋り付くように抱き着いてきた。
縋り付いてくる力の強さに必死に本能に抗ってるのが分かる。
「グレンさん、もう……いやです」
ミアがイヤイヤと首をふり、眉を八の字に曲げて涙ぐんだ瞳で俺を見つめてくしゃりと顔を歪ませた。
「……もう他の人を見ないで……っ」
「――あ、ハイ。あの、わかり、ました」
可愛い番が自分に対する独占欲と所有欲をむき出しにしてめいいっぱい甘えてこられて喜ばない男はいないと思う。
「あんたのそんな姿が見れるなんて。ほんっと来てよかったわぁ」
「うっせー」
「グレンさん、しゃべらないでっ」
「あ、ハイ」
「可愛いツガイちゃんにもうタジタジじゃない」
「――」
「あのグレンがねえ…」
「――」
「おめでとう。よかったわね?」
「――」
「婚姻休暇の申請、代わりにだしておいてあげるわ」
「最長で頼む……」
「もう骨抜きじゃないのよ……」
アナトリアと別れてミアが行きたいと言っていた公園に連れてきた。
ミアは俺に抱き着いたままボーっとしている。
どうやら、本能が覚醒した状態からもとに戻るまでに時間がかかっているらしい。
ときどき甘えるように擦り付いてきたり、スンスンと俺の匂いを嗅いだりしてくる。気持ちの通じ合った番にこんな事されてまともで居られるわけがない。だが、ちゃんとした意識のない番に手を出すのも憚られて、こっちは色々と我慢をしつづけていた。
もう何度目か分からない特大のため息をつくと、不意にミアがゆっくりと顔を上げた。まだ焦点の定まらない空色の瞳に心配になって「ミア?」と呼びかけると、一秒か二秒の間俺をぼーっと見つめ、てろっと幸せそうに表情をゆるめた。
「ぐれんさん」
いつもより間延びした声で言うと、甘えるようにまたぴったりとくっついてくる。
「ちっ…お前、戻ったら覚悟しろよ…」
頭を撫でると「ぐれんさん」とより一層くっついてきた。




