悪霊の仕業
ガタン。線路の継ぎ目で電車が揺れる。
いつもなら気にならない。
だけど今は違う。
この振動の一回一回が油断ならない。
なぜなら…
「今めっちゃお腹が痛い!!」
電車に乗って、ほどなくして腹痛に襲われている。
腹痛との闘いは一進一退の攻防、「絶対に負けられない戦い」だ。
電車に乗るまでは体調に異常はなかった。
思いあたる原因は…ある。
昨夜、消費期限切れの物を食べた事はおそらく関係ない。
原因、それは…動画サイトで「心霊動画」を観たことだ。
深夜まで夢中になったせいで睡眠時間は数時間しか取れなかった。
心霊動画に夢中になったのは「悪霊の仕業」。
睡眠時間が数時間しか取れなかったのは「悪霊の仕業」。
じわじわ痛め付けてくるこの腹痛は「悪霊の仕業」。間違いない。
(うっ…また痛みが強まってきた)
全身は脂汗まみれでビショビショ。
それが冷房によって冷やされ、さらなるダメージを与えてくる。
「腹痛に耐える、脂汗が出る、冷却される、また腹痛に耐える」という「腹痛のスパイラル」に陥っている。
ドアから入って中程、車両の中央部付近にいるため冷房の風がめっちゃ当たる。
移動したいのはやまやまだが、ぎっちり詰め込まれた人垣に立ち向かえるほどお腹の余裕はない。
(いかん、いかん)
弛みそうになったお尻を適度な力加減で締め直す。
弱すぎてもダメだし、強すぎてもダメ。繊細な力加減。
頭に森林公園の風景を浮かべて、ゆっくり呼吸する。
緑色の木々がそよ風に揺れている。優しい、優しい、光景。
ゆったりとした時の流れを感じながら、
ラマーズ法のような呼吸でお腹の痛みに耐える。
ひぃ、ひぃ、ふぅ。
リズミカルに。気を強く持ってひたすらラマーズ。
自然の力のおかげなのか痛みが和らいできている。いいぞ。
次は「△△駅です」
今、世界で一番聞きたい言葉が耳に入ってくる。
(ありがたや、ありがたや~神様、仏様、車掌様)
がんばれ。もうすぐ駅に着く。がんばるんだ、俺。
駅に降り立った自分の姿が頭に浮かぶ。
一歩一歩確実に進み、難なくトイレに入っていく。
トイレから出てきた表情は安堵感に満ち溢れている。
そうこうしているうちに、電車が駅に止まった。
(運転士さん、グッジョブ。これで大惨事は免れました。ありがとう)
ホッと安心してしまった。
気が緩む。その瞬間お尻の力も弛む…
電車のドアが空いた瞬間、
我先にと争うように乗客が駅のホームに避難する。
あまりに切羽詰まった様子を見て、ドアの左右に別れて待っていた人達が、何事かとキョロキョロする。
やがて彼らの視線は、車内で一人佇んでいる男に注がれる。
男の足元には、茶色い水溜まりが浮かんでいる。
その存在に気づいた瞬間、みな一斉に息を止めた。
なにもかも「悪霊の仕業」