表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/24

2-3

 集落には、八つの小屋がある。それぞれに、医療小屋、炊飯小屋、宿泊小屋、研究小屋、洗濯小屋、物置小屋などと名前がついている。昼間に集落にいるのは二十名ほどの大人たちで、子どもは瞳しかいない。

 しかし実際に住んでいるのは、ガトーやショコラを含め六名だけだ。残りはみんな、近くの村から通っている。だが仕事が遅くなれば宿泊小屋に泊まる者もいるので、集落には常時十名ほどが寝泊りしている。

 シフォンは、村はずれの家から馬で通っている。そして山でリオノスを観察したり、研究小屋で論文を書いたりしている。瞳はあっという間に、――集落はせまい、医療小屋から研究小屋までたどり着いた。

 けれど小屋に入りづらい。シフォンと顔を合わせにくい。玄関さきでうろうろしていると、さきほど医療小屋で会ったビターと、飼育員のタルトがやってきた。タルトは年かさの男性で、ビターと並ぶと父子に見える。

「どうしたんだ、瞳」

「若先生と何かあったのかい?」

 ふたりはふしぎそうにたずねる。

「いえ、ちがいます」

 どう説明すればいいのか、瞳は困った。

「シフォン先生を呼ぼうか?」

 ビターの親切な問いかけに、瞳は首を振る。

「ガトー先生がいいかい? それとも炊飯小屋のロールを頼るかい?」

 ロールは自分の娘のように、瞳をかわいがってくれる。実際に彼女には、娘が四人いる。末娘が、瞳と同じ年ごろらしい。

「ありがとうございます。でも、何でもないのです」

 しかしタルトたちは真剣に考えこんだ。そしていたわるように提案してくる。

「今日はもう、山に帰るかい?」

「サラのところまで送ろう。若先生には、あとで事情を説明するよ」

「ちがうのです。シフォンさんに会うのがはずかしいのです」

 瞳はついに告白する。ふたりは目を丸くした。

「なぜ?」

 瞳は言葉に詰まって、顔を赤くする。彼らは、はっとして目を見張った。

「そうか! まぁ、先生も若い男性だし」

 ビターはにやにやと笑う。

「やっと進展したか。待ったかいがあった」

 タルトはうれしそうに、うなずく。

「誤解です。進展なんかしていないです」

 瞳はおろおろと否定する。ビターたちはご機嫌な様子だ。

「瞳。俺たちは、君と若先生に期待しているんだ」

 瞳は首をかしげる。シフォンは理解できるが、瞳に何を期待するのだ? 周囲の世話になるだけの子どもだ。

「保護区にいるのは君たちをのぞいて、おじさんとおばさん、おじいさんとおばあさんばかりだろう?」

 うなずいていいものか、瞳は悩んだ。保護区には、瞳とシフォン以外、子どもも若者もいない。

「若者は、幻獣の保護という仕事に魅力を感じない。給料も安いしね。みんな都会に出て、蒸気機関だの電気だの、機械いじりをやりたがる」

 タルトは苦笑する。都心部で生まれ育った瞳には、都会に対するあこがれはなかった。次にビターがまじめな顔で話す。

「だから十年後二十年後の、保護区の中心人物は君と若先生さ。いや、君たちしかいない」

 想像以上に、大きなものを期待されている。瞳はおじけづいた。

「私は、何の役にも立ちません」

 人間としてまっとうな生活さえできていないのに。

「この集落で、一番リオノスの気持ちが分かる人が何を言うんだ? リオノスの雌雄や年齢がぱっと見ただけで分かるのは、君とガトー先生だけじゃないか」

 ビターはおかしそうに笑う。

「私はリオノスに甘えているだけです」

 瞳は反論した。タルトは目にしわを寄せて、ほほ笑む。

「君はまだ子どもだから、今は守られていればいい。俺たちの仕事を少しずつ覚えて、ついでに若先生と清らかな愛をはぐくめば」

 うんうんとビターはうなずくが、瞳は異議を唱えた。

「シフォンさんに迷惑ですから」

 こんな計画を知ったら、彼は嫌がるだろう。瞳自身は、迷惑なのか喜ばしいのか、よく分からない。

「そうかなぁ?」

 ビターは首をひねった。

「俺はてっきり、研究ばかりで女気のない先生のために、サラが瞳を連れてきたと思ったけれど」

「そうそう。保護されているリオノスなりの恩返しというか」

 タルトも笑って同意する。瞳はつい、その説を信じそうになった。が、そんな都合のいい話はない。シフォンの恋人にするなら、瞳よりもふさわしい娘がいっぱいいるはずだ。

 どんな理由があって、あんなに汚かった瞳を選ぶのか。サラはただ、瞳を助けただけなのだ。

「私なんか、だめです」

 瞳はうつむいて、言葉を落とした。ビターたちは瞳の頭を、ぐしゃぐしゃとなでる。

「すまない、からかいすぎた」

「落ちこまないでくれ」

 瞳は顔を上げる。ふたりはそっと瞳の背を押して、研究小屋の玄関へ連れていく。

「迷惑じゃないから」

「若先生と仲よくするんだよ」

 ビターとタルトは笑って、手を振って立ち去った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ