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ミジンコの殺し方

「せんせぇ、どうして守クンのミジンコは殺されたんですかぁ?」


雪江がきいた。イチゴ味わたがしのような甘ったるい声。理科室がいっとき和らいだ。

それも束の間、顧問の北見がカルキ水です、と冷たく一言。


「せんせぇ、カルキ水とはどういうことですかぁ?」


そうですね。そこから説明したほうが良いかもしれません。あなた方が子どもであるということをすっかり忘れていました。


「「「「「せんせぇ、」」」」」


静かにしてください。今は私の聖域です。一斉に喋らずとも、順追ってお話しします。子どものあなた方にはわからないと思いますが、ミジンコは環境の変化にとても敏感な生き物です。たとえ酸素ポンプで整美された水槽であっても、カルキが蔓延してしまえば、あっという間に全滅してしまいます。え、それは知っていた? 意外ですね。私はてっきりーーいや、やめておきましょう。それでは、一体何が気になるのでしょう。


「せんせぇ、誰が殺したんですかぁ」


やはりそこですか。気になりますよね。なんせ、あなた方にとって、そこだけが非常に大事な部分ですから。まぁまぁ、そう目くじらを立てないでください。ご存知のとおり、この科学部には守クンも含めて計四名の部員がいます。では、その四分の三が犯人だとしらたらどうでしょう? ……そうですね。オリエント急行みたいな展開です。


「せんせぇ、それは変じゃないですかぁ?」


変? あぁ、アリバイのことですね。その件については、あなた方に謝らないといけません。どうしてか? それはですね、自由研究ですよ。自由研究は夏休みを有意義に過ごしてほしく、私が提案しました。


「せんせぇ、自由研究がどう関係しているのですかぁ」


大アリですよ、雪江さん。確か、五人の自由研究はこうでしたよね。守クンが微生物の生態とその循環。晶クンがバルーンアートの表現可塑性。秋菜サンが様々な物質の過冷却。透クンが人工血管とカテーテルの仕組み。若葉サンが強力瞬間接着剤の多様性。知ってのとおり、この中で守クンの研究内容は小学生とは思えない着眼点と精密性、そして完成度……どれを取っても群を抜いていました。他の三人は心底穏やかではなかったでしょう。


「せんせぇ、どうやってミジンコを殺したんですかぁ?」


だからカルキ水ですよ。え、アリバイはどうしたかって? それには私もびっくりしました。完璧なアリバイでしたからね。そう、最後にミジンコの生存が確認されたのは八月朔日の朝。恒例の朝会です。なぜ休みの日でも朝会をするのかって? さぁ、特段理由はありませんね。去年も一昨年もその日に行っていたからとしかいえません。昔でいうラジオ体操と同じ原理ですよ、やる理由はないけど止める理由もないから永遠と続いていく感じ。話を戻しても構いませんか?

そして事件発覚が同日の夕方。その間、三人はそれぞれ補習を受けてましたし、鍵の施錠具合は私が保証します。だから、あの日は誰一人とも理科室に入ることないまま、ミジンコは死んでいったのです。私のアリバイですか?  職員室にずっといたので他の先生方が立証してくれると思いますよ。

いよいよアリバイですが、まず、晶クンが風船を膨らませて口を結びます。バルーンアートの余りものですね。この際、風船の中にバルーンウェイトを大量に容れておきます。次に秋菜サンがミジンコが飼育されている水槽の半分ほどの水槽に、先ほどの風船を容れたまま、目一杯水を張って凍らせます。凍らせた後、風船を割って風船とバルーンウェイトを取り出します。すると、錘で沈んでいた風船分の空洞がある四角い氷の完成です。それにニードルで穴を空けて透クンが空洞部分に人工血管経由でカルキ水を注いでいきます。仕上げは若葉サンが耐水性に優れた強力瞬間接着剤で氷に蓋をします。

ざっとこんなもんですが、すべて聞き取れましたかね。もうおわかりでしょう。これで真ん中にカルキ水を孕んだ氷の完成です。それを朝会終了後、私と守クンの目を盗み、みんなので手でミジンコの水槽に容れます。氷は透明なので、遠目では水槽内の変化には気づきません。ただ、時間が経つにつれて氷が解け、中のカルキが漏れて水槽に充満します。すると……そうですね、たちまちミジンコは全滅します。

ほら、意外と簡単でしょう。


「せんせぇ、どうしてミジンコは殺されたんですかぁ?」


おや、まだわかりませんか。これはあなた方のお子さんによる、一種のSOSですよ。


「せんせぇ、どういう意味ですかぁ」雪江晶の母親である、雪江静香がまたふわふわしたトーンで訊いた。


どういう意味もなにも、そのままですよ、雪江さん。他の方々もそうです。あなた方の虚栄心のせいで十にも満たない子どもたちがどれほどまで苦労しているかおわかりですか?


彼らもミジンコと同じなんです。今は環境の変化に非常に敏感な時期です。どんだけお金をかけて着飾っても、知識を濃厚に蓄えようとさせても、カルキ水を垂れ流せば異常をきたすのは当たり前の話です。死んでない分、今回はまだましともいえるでしょう。

最後にあなた方が「どうしてミジンコは殺された」かをお知りになりたいなら、私からもひとつ。




「誰がミジンコを殺したんですかね?」

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