潔癖の果て
今夜も今夜とてパトロールだ。街頭のオレンジの灯り、テイクアウトしたハンバーガーの香り。気分はロス市警だ。
定時巡回を行いながら緊急入電を待つ。平和な夜だ……
「今夜は暇ですね」
「そりゃお前、毎晩毎晩事件があるわけじゃねえからな。
そこまで忙しくなったら人員配置が変るようになってっから。まあ、こんなもんじゃねえの」
「そういえば、ですけど……僕等が最初に保護した子、いましたよね。パレットでしたっけ。名前は」
「ああ、あれな。どうなったか気になるか?」
「そりゃ気になりますよ……平和に暮らしてるといいんですけど」
助手席でむしゃりと入間さんがハンバーガーを食べる。いいなあ、この時間お腹減るんだよね。
「ああいう力を持った子供はな、神祇局が経営する学園に移されるんだ。
場所は軍艦島、絶海の孤島だな。そこで『力を使わない生活』を教えられんのよ。
要は人間らしい生活だな。それがあいつらにとって良い事かどうかは知らんが、知っといた方がいい事なのは確かだろ?
人間の生活をして、それを受け入れるか、拒否するか。そのくらいの選択はあるべきじゃん」
夜の町並みが流れていく。僕はナゲットを片手でつまむ。
「いわゆる平和な生活、ってやつになじむための訓練ですか?それなら少し安心しました」
「そのまま戦力に使うと思ったか?使わねえよ。同盟は一応少年兵反対の立場だかんな。お前の所のシロもかなりぎりぎりだぞ?」
「いろいろ講習受けなきゃいけないのは疲れました」
実際いろんな手続きが必要だった。かなり難しい交渉だったらしい。
シロを戦場に立たせるのは犬神の本能を満たすために必要、とかで入間さんが頑張ってくれた。
いやでも、実際普通に犬として暮らして貰っててもよかったような気もする。だけど頑張ってくれた手前言えないな……
「シロ、めいわくかけた?めいわくかけた?」
「いいや別に。人間様の都合だ。気にすんな」
後部座席で犬モードになってたシロが尋ねてくる。今は白く小さなサモエドみたいな姿だ。
「よくわからない、けど、ありがとう!」
「おうそれでいい。ジャーキー食うか?」
「たべる!」
入間さんの方がなんか構ってるよ……いいのかな。まあいいか。
<緊急入電、緊急入電、58号車応答せよ>
「こちら58号車。用件を」
<廃墟に侵入した契約者より通報。邪教の集団に追われているとのこと。急行し、狩れ>
「了解。群衆狩りか。いいね悪くない」
車を走らせること数分。
「廃墟に入って邪教に遭遇するって何があったらそんなことになるんですかね」
「あー、いるんだわ廃墟マニアとか肝試しの連中。で、廃墟には大体そういう邪教やテロリストもいるんだわ。かち合う場合が多いの」
「迷惑な話ですけど、これも僕等の仕事の種ですもんね……」
「そういうこった。ああ、そろそろ一人でやってみるか?」
僕は少し考え、うなずいた。
「はい、やってみようと思います」
「OK、俺は依頼者を護っとく。お前はシロと一緒に攻めろ」
「はい」
「はーい!」
物陰に隠れていた依頼者二人が走り寄ってくる。すかさず入間さんが扉を開けて保護する。入れ違いに僕等がおりる。
「たたた、助けて、助けてください!」
「へんな奴らが……!虫の魔物を喚んでいて、僕たち、追われて……!」
「よーし、もう大丈夫です。他に要救助者はいますか?」
「美智が、女の子が一人……!」
「わかりました、取り返してきます」
目の前の通りには10人か20人の白い覆面姿の群衆がいる。
これが全員敵だ。僕はロングソードを抜き放つとかけだしていく。
「シロ!あいつらの周りを走り回って注意を引いてくれ!」
「うん!」
シロの姿がサモエドからショートパンツにタンクトップ姿の女の子に変る。
手には牙を大きくしたようなナイフが二本。
「狩人め……我らの探求を!我らの祈りを邪魔するか!」
「仕事なんで」
シロが群衆の周囲を回り込みながらナイフでのど笛を切りつけたり足を刺したりする。
そっちに気を取られている間に僕はするりと群衆の中に入り込み、内部から首を飛ばしていく。
当然彼らが持っているナイフや警棒が僕に降りかかるが、間合いに入る前に次の得物を狩る。
だいたい香港アクション映画みたいな多対一の戦いに見えただろう。
ばったばったとなぎ倒した、というあれだ。
「シロ、お疲れ様。ありがとう、怪我はない?いい子だ」
「ない!ほめられる、うれしい!」
息がある一人を「鑑定」の魔法で解析する。カルマの出番だ。
「カルマ、鑑定を」
<うむ、こやつらは清浄教というカルトの一員だ。
清浄教とは人間の欲を穢れとして否定する者達で、性嫌悪から始まり挙げ句は食物すら食わずに生きていくことを目指す。
元は小さなカルトだったが、ネットと魔法の発達によりその教義が現実味を帯びてきたようだ。
彼らを追った理由は魔法の実験を見られた口封じと、実験素体にする気だったようだな。
愚かな連中だよ。生きると言うことは穢れに塗れるということだろうに>
性嫌悪カルトかあー。怖いなあそれで人体実験までしちゃうの?するだろうなあ、ネットの勢いを見てると……
「それで、さらわれた人は?」
<今は廃墟で実験の続きをしているようだ。急ぎたまえよ>
「解った、行こう」
僕はポケットからスケートボード大のビニールシートを取り出す。
『魔法の絨毯』の魔法円を油性マジックで書いた簡易な空飛ぶスケボーだ。
「飛べ!シロはついてきて」
「うん!ついていく!」
時速40kmくらいでカッ飛んでいくがシロは平気でついてくる。さすがだ……
あっという間に廃墟が見えた。工場の廃墟のようだ。
「カルマ、さっきの奴から抜き出した情報でナビを。さらわれた人を救出できるルートを教えて」
<任された>
「『隠密』シロ、僕の匂いを追ってきて。できる?」
「できる!」
「それからシロも姿が消えるけど、大丈夫だから驚かないでね」
「はい!」
工場内に入るとところどころにカルト信者がいるが無視して進んでいく。
『隠密』で透明に近くなっているからだ。
<そこだ、その扉の奥にいる!>
「さすがに何人か警備がいるな……」
二足歩行戦車と腕や足をサイボーグみたいにして暗視スコープみたいなのをかぶった奴らが数人。
僕は剣を横に持った状態でボードを回転させながら進む。僕自身が回転ノコギリのようになる形だ。
一人目までは回転で真っ二つにできた。二人目と三人目が避けた。四人目が反撃にナイフを刺してくるからカウンターで斬った。
「シロ!今だ!」
全員の意識が僕に向いている隙にシロが後ろからナイフでのど笛を掻き切っていた。
「ヨクモ、ナカマヲ」
「歩行戦車が喋った……ロボなのか?」
魔法的なものを組み合わせればロボもできる……のか?
「チガウ、コレコソ、人類ノ至ルベキ、至高ノ肉体、スバラシイ、身体!」
「ロボに脳みそ入れてるのか……それも望んで。狂っている!」
「クルッテイルノハ、オマエタチノ、ホウダ」
そういうと腕に搭載されたマシンガンで撃ってきた。僕はシロを抱えて天井の方に逃れる。
カルトたちの死体がバラバラになって血肉が飛び散った。
「アア、キタナイ。カワイソウニ。ソンナ、キタナイモノデ、デキテイル肉体ナンカ、イラナイ、イラナイ」
「君たちの教義は知ったことじゃないけど……人さらいは褒められない」
「アンナ、ケダモノ、ニンゲンジャナイ、オマエタチ、狩人モ、ケガレタ、ケダモノ」
「話にならないな!『雷槍』」
メカなら雷には弱いだろう。そう思って雷の槍を投げる。
だが雷は表面を伝って霧散した。
「落雷対策、クライシテイル、肉ノ檻ニ、イルモノハ、アマタガ、ワルイ」
「じゃあ、これだ!『滾る溶岩』」
僕は溶岩の雨を召喚し、降らせる。歩行戦車のボディに溶けた岩がはりつく。
下からは弾丸の嵐、上からは溶岩の雨、軽く地獄だ。
「耐熱限界、マダ、余裕アリ、アサハカナ、ニンゲン」
「まだまだ……『氷槍』!」
「ガッ…!マダ、マダ、タタカエル」
氷の槍が歩行戦車のボディに突き刺さった。だがまだだ。
「もう一発『氷槍』」
「アタマガ、アタマガイタイ、ソンナハズハ、ナイ、アリエナイ」
「脳の場所はもう『鑑定』したんだ。だから、君の脳を格納したポッドに突き刺した。だから君はもう無防備だ。『雷槍』」
「イヤダ、イヤダ、肉体ノセイデ、シヌナンテ、イヤダ!脳ナンテ、イラナイ、イラナイ!」
「それが君だ」
雷の槍が突き刺さり、脳の焼ける嫌な匂いがする。
シロをボードに乗せたまま扉を開く。
そこにあったのは、また地獄だ。
「これは、一体……」
檻に入れられた巨大な昆虫のような生き物。そして水槽にうかぶ脳みそたち。
いくつもの死体。血濡れた床。
<この昆虫は「脳吸い」。得物の脳を生きたまま傷つけずに吸い出し、胃袋に納める習性を持っている。
それを利用されて先ほどのようなサイボーグを作るために召喚され、囚われていたようだ……
といっても、ほとんどを機械に代用されて今やただの脳を吸うだけの機械にされている>
よく見れば巨大昆虫は手足も羽ももがれ、胃袋すら捨てられただの脳吸いマシンにされている。
僕はそっとシロの目を覆い隠すとさらわれた人を探した。
「助けて!ここの奴ら、狂ってるわ!」
「知ってる。狩人です助けに来ました」
僕は背中に要救助者を背負うと素早く脱出した。この悪夢のような工場はあまりいて楽しい場所じゃない。
なお、要救助者を助け出し、車に収容すると入間さんは大喜びで生き残りを殺戮にかかった。
■
事務所に戻って一息。
「お手柄だったな、清浄教は敵対団体の一つだ。研究所の一つを丸ごと手に入れられたのは大きい」
「清浄教、ですか……おぞましい奴らでしたね」
「奴らからすれば人間そのものがおぞましいんだろうよ。要はヤることヤるのも、飯食ってうんこ出すのも嫌って連中だからな。
穏健派は仙人になって霞を食って生きていようってえ感じだが、大体は過激化してああなる。
奴らのサイバネ技術はちょっとしたもんだぞ」
そんな動悸と方向から技術が発展するとか嫌だなあ。
シロは気持ち悪そうに身体を拭いている。
「そんな方向から技術が発展するんですね……サイバネなんてものが現実になるなんて」
「それが今の時代だ。夢みたいだろ?……おぞましさを一つのけりゃ、別のおぞましさが顔を出すさ。
それでも、あいつら止まらないんだろうなあ……」
なんだか、この時代がすごく不気味なイノベーションにあふれていると実感した夜だった。