犬神量産工場その1
同盟の仕事は警備員や警察官に似ている。
というか建前は自警団なのだから業務が似通ってくるのは当たり前かもしれないが。
勤務は日勤か夜勤かを選べて、12時間交代制。そのほとんどが巡回と点検だ。
要するに何か事件が起こるまで僕等はずーっとパトロールしているのだ。
「暇ですね……」
「じゃあお前が運転代わるか?免許はもう更新したんだろ?大変だったな異世界召喚とか
っつーかそういうのってだいたい向こうで金持ちになって終わりなのが大半だし、実際そっちのがありがたいだろ」
今夜の相棒はあの入間さんだ。
少し接してみてわかったんだけど、この人というか狩人はだいたいなんでも率直に話す。
まるで映画のアメリカ人みたいだ。
「いやー、なかなか上手くいかなくってですね。
成り上がれはしたんですけど、僕が生け贄にならなきゃ世界が滅ぶ状況だったんで、溜めたお金使う暇もなかったんですよ」
「あー、じゃああれか。冒険中のロマンスとかハプニングとか」
ないことはなかったけど、実際戦いに精一杯であまり発展しなかったのだ。
「ほとんどがむさくるしいおっさんだらけでした。いい人たちでしたけど」
「……ケツ大丈夫?」
入間さんが一瞬の間を置いて疑わしげな声で気の毒そうに尋ねてきた。
極めて失礼な人だなこの人!?
「入間さんほんと遠慮なく聞いてきますね!?」
「いやだって、遠慮しても仕方ねえじゃん。言いたいときに言いたいこと言った方が健康にいいし、後悔しない。
わかるか?真実は物事を簡単にしてくれるんだ。すっきりするんだよ」
片手をオーバーに振り回してもっともらしく信念めいたものを語り始めた。
車は路上駐車して入間さんはスマートフォンをいじり始める。
「そういう関係はなかったですからね!?っていうかこんなにサボってていいのかなあ?」
「いいんだよ警備会社じゃねえんだし。つーかサボってねえ監視カメラ見てんだよ。
あと、もめ事起こすクソバカをボコること以外は客も狩人に期待してねえから」
「僕等の仕事は事件が起こってから、ですか……警察みたいですね」
入間さんはリラックスした様子でコーヒーを飲みチョコバーをかじる。
「じゃなきゃ社会的に評価されねえ。その代わり何か起こったら迅速に殺す。
あるいは客にデリバリーされたら則かけつける。それでいいんだよ。楽だろ?」
「楽ですね……」
「コツがあるんだよ。頻繁に出前してくる奴はだいたいパターンがある。
用事も決まってるしな。だからあらかじめ呼び出される直前の時間に巡回に回って仕事を片付ける。
まあお前がこのやり方を採用するかは好きにすりゃあいいけど、こういうのはマメにやるのがコツだ」
地味にこういうご高説はためになるけど、聞く方は面倒くさいな。
「意外に真面目にやってたんですね……仕事覚えないとなあ」
「おう早く一人前になって楽させてくれ。まあ教えること少ねえから助かるけどな。戦場帰りはなじみが早えからいい」
「それって褒めてるんです?」
「褒めてんだよ言わせんな」
<司令部より58号車へ。緊急対応要請あり。場所は……>
「おっとお仕事だ。いくぞ」
「はい!」
どうやらもめ事らしい。僕等の仕事の時間だ。サボりは終わりだ。
<……要救助者宅内で不可視の破壊発生。使い魔かサイコキネシスの可能性あり。迅速に『処理』せよ>
「了解。こちら58号車。すぐに現場に向かう」
車をかっ飛ばし住宅街へ。
「同盟です。ドアを開けてもらえますか。応答がない場合、押し入ります」
住宅のドアを開けたのは陰険そうなおばさんだ。だが今はおびえて困り切っている。
「ああ、狩人さん……助けてください!見えない何かがいるんです!」
救助要請をしてきた住宅は獣が大暴れしたかのように爪痕や足跡がついていた。
かすかに犬くさい。
「わかりました。その見えないバケモノを狩ります。なので少々取り押さえるために暴れますが、いいですね?」
「とにかくなんとかしてください!」
慌てる住民をなだめるかのように冷静でてきぱきと応じる入間さん。仕事人って感じだ。
「明日来、多分犬神だ。俺が暴れる。お前は安全確保な」
「わかりました、引き継ぎます」
迎え撃つのが入間さん、住民を護るのが僕、そういう役割分担がすぐに決まった。
僕は住民の人との問答を引き継ぐ。
「大丈夫ですか。お怪我はありませんか?他に助けが必要な人はいますか?」
「怪我は……少しあります。今は幸い他の家族はいません」
見れば腕にひっかき傷がある。
「わかりました、応急処置しますね「太陽の癒やし」」
僕がマジックアイテムの宝石を握りしめると暖かな光が出てきて住民の傷を癒やした。
「おお……痛みが消えました。傷も……ありがとうございます」
「いえ、仕事ですから」
少し遠くで入間さんの声がした。
「おいボケ犬!出てこいよ薄汚いワンちゃんが!遊ぼうぜ!
来ないのか?だったらお前の飼い主の程度もしれるなあ!しつけの一つもできねえのかよクソ飼い主がよ!
怒ったか?オラ来い!そうだ!いい子だね!死ね!」
犬の吠え声と入間さんのハンマーの振るわれる破壊音、そして犬の悲鳴が数回聞こえると静かになった。
「あの、あれは…」
「あれは彼の退魔作法です。あえて魔物を挑発しているだけです」
ずりずりと音がして入間さんが奥の部屋から出てきた。
手にはでかい半透明の犬を持っている。
「これがここで暴れていた魔物の正体です。捕獲しました。あとの片付けは提携会社の清掃サービスが来ます」
「ひっ……じゃあこれがあの化け物なんですね?もうこの化け物が暴れることはないんですね?」
「はい。首の骨を折ってますし、このあと処理します。ですが術者を排除しないことにはまたこうした嫌がらせは続くでしょう」
ここで一つ間を置いて入間さんは尋ねる。
「術者を「排除」しますか?」
「……はい、お願いします」
住民のおばさんは暗い怒りの色と後ろめたさでそれは醜い顔で答えた。
「わかりました。これからも同盟をよろしく」
ずるずると犬神を引きずって僕等は家から退場した。
■
車に犬の死体を乗せて入間さんはそれに手を当て何かを念じる。
「犬神作法、返りに行うぞ。吹けや逆凪、呪い返しの法!」
これは講習で僕も習った呪術だ。呪物から術者を逆探知しているんだ。
「……場所が解った。車を回せ」
「はい」
言葉少なに僕等は夜の街を駆ける。
少し走った先にもやはり住宅街があった。そのうちの一件に入る。
「こんばんわ。同盟です。用件は解ってますね?」
無言。入間さんはハンマーをドアにぶち当てて穴を開けた後、そこから手を突っ込んで鍵を開けた。
「こんばんわ、同盟です。用件は解ってるよな?」
「ひっ……」
やはり暗い顔をしたおばさんが何か呪術を行っていた。白装束に呪符、わら人形などなど。
「今すぐ警察に自首すんのと、ここで死ぬの、どっちがいい」
「ひっ、ひいい……」
術者のおばさんが腰を抜かしてしまう。
「明日来、つれてけ。警察の方にな。本部と被害者宅にも連絡しろ。
……ったく素人が呪術に手え出すんじゃねえや」
そこで入間さんは壁から一枚の名刺を引きはがした。
「「あなたの愛犬を永遠の存在に!犬神工房」か……ヤベエ商売してるところもあるんだな……」
入間さんがぽつりとつぶやいた。
こんな普通の人たちですら呪術を使えるようにする流通ルートがある。
それだけ魔術が当たり前の物になっているのだ。僕はその意味を知って少しぞっとした。
「ああ、この工房に関する報告書は俺が書くわ。
お前は残り半分のインシデントファイル書けよ。手伝うから」
「はーい……」
面倒くさい書類仕事が増えた瞬間だった。
意外に狩人も世知辛いもんだなあ。