勇者、退魔師になる。
挿絵があります。tatuya様コミッション作品です。
その夜、僕は仕事を終えて原付で家に帰るところだった。
駐車場に行ったらなんか、いた。黒コートに黒帽子の男が僕のバイクを盗ろうとしている。
<どうする?見逃すか、貴公。盗人にうかつに声をかけては命を失う世の中だそうだぞ?>
カルマがからかうように声をかける。
「決まってるでしょ」
僕はいつでも剣を出せるように収納の指輪を確認しながら近づく。
「何してんすか。それ、僕のです」
黒ずくめの男は一瞬手を止めるがゆっくりと作業を再開した。
「悪い、許せ。これで勘弁してくれ。今は急ぎなんだ」
そう言うと男が財布から万札を束で出して投げてきた。
濡れた路面に落ちる前にキャッチ。だがその時見てしまった。
腹部に結構な傷を負って血に濡れた女の子をコートの内に隠しているのを。
「ちょっ、それ、大丈夫なんですか?女の子怪我してるんじゃ?!っていうか誘拐!?」
「違うわ!見ての通り救急搬送してえの!だからお前さんのバイク売ってくれ!
問答してる暇ねえ!追われてるんだ!早くしろ!」
「わかりました」
僕は彼らに少し近寄って収納の指輪からアイテムを取り出す。
「なら、怪我が治ればいいんですよね?あと隠れる場所も」
それは3cmほどの宝石。僕はその宝石に祈る。
「太陽の癒し」
3mほどの魔法陣が展開し、優しい光が降り注ぐ。それだけで女の子の傷は治った。
「こっち来てください。会社の駐車場の奥です。表からは見えないけど抜け道になってるんですよ」
「……わかった。傷も治してくれたしな。だがいいのか?巻き込まれるぞ」
「ちょっと冒険がしたいと思ってたところなんです。丁度いいくらいですよ」
黒コートの男の口を覆う覆面の奥、その目が見開かれた。
男は女の子を抱きかかえて立ち上がる。
「俺も大概だが、あんたも相当いかれてんな。一般人がこれとか世相を疑うわ」
「あはは、僕もちょっと特殊な例なんで……」
僕は事務所の裏手に行くとブルーシートを手に取った。
広げてマジックで新たな魔法陣を書く。
「見たことねえ術式だな。西洋魔術に近いが……どうすんだ?まさか魔法の絨毯にでもなるとか?」
「そのまさかです」
僕が魔力を通すとブルーシートがふわりと浮き上がった。
黒コートの男が口笛を吹いた。
「ヒューッ、やるじゃねえか。これもう乗っていいのか?」
「大丈夫ですよ、行きましょう!」
僕は雨カッパをはおって魔法の絨毯と化したブルーシートに乗った。
遠くから車の音と怒声が聞こえる。時間は無いようだ、急がないと。
「どこにいけばいいんですか?」
「同盟の旭区支部……鶴見緑地の近くだ!」
「わかりました、捕まっててください!」
ブルーシートが雨の中を滑るように飛んだ。
夜の街を敵に追われながら駆ける。そうだ、そうでなくちゃ!
どうやら僕はすっかり冒険中毒になってしまったらしい。
■
「事情、説明してくれますよね」
「ああ、ざっくり言うとなこいつはある魔術を使えるようにした実験体で、
バカ共はそれを曲解してなんでも叶う魔法を持ってると思っていやがるのさ。
だから狙われてる。実際金にはなる魔法だしな」
僕は高速で頭を巡らせる。次に質問すべきは何だ?
「あなたはどういう関係なんですか。敵は誰です」
男はしばらく考えて早口で話した。雨が男の帽子にひたひたと降り注ぐ。
「俺は同盟の狩人で名前は入間だ。こいつを保護した。敵はもういろいろだ。
こいつで実験してた百鬼傘下の「真理の未知研究会」
妖怪コミュニティの「咎犬」地元のギャング「タックラーズ」
あとそのへんのチンピラ全部。総勢500人くらいだな」
500人!結構な数だ……
そして同盟って自警団で退魔師の人かー。同盟の退魔師が狩人っていうんだっけ?
うーん、信用していいのかな?どう思う、カルマ。
<この者を鑑定したが、混沌なる性質とはいえ、邪なる者ではない。
悪意も嘘もなかった。おそらくはまっとうな扱いをうけるだろう。
それがこの娘にとって良いかはわからぬがな>
そうだ、一番大事なのはこの子の意思だ。
僕は女の子を見る。幼く見えるが20代前半くらいだろうか?
緑の髪に白いローブ。その上からとりあえず羽織ってきたような黒いジャケット。
「君は、どうしたい?」
女の子はけだるそうに口を開いた。
「あそこに戻るのは、いや」
「じゃあ決まりだ。協力しますよ入間さん」
「OK、そうこなくちゃな。そろそろお出ましだ、気張れよ」
クラクションの音と怒声、改造マフラーのけたたましい排気音。
入間さんはシートの上に女の子を置いて立ち上がる。
右手にはハンマー、腰には拳銃が見えた。どちらもばかでかい。
「オラ来いよド三品のチンピラ共が!術の一つも見せてみろ!」
入間さんが挑発すると追いついてきた改造車両の窓が開いてガラの悪そうな声がする。
「ああ!?上等だ見せてやるよクソ狩人!
お外堂さんお外堂さん、でませい、でてきて食らえ、怨敵覆滅!
それからえーっと……めんどくせえ!いけパスカル!狩りの時間だ!」
チンピラの集団から巨大な魔犬が出てきた。シェパードに似てるけど3mはあって目が赤い。
そして空を駆けてくる。
「てめーの愛犬を犬神に仕立てるとか良識ってもんはねえのかよ!
元が猟犬だからいう事聞いてるだけじゃねえか!犬っころに負ける俺だと思ったか!」
入間さんが懐から何か小さな缶を出して放り投げる。
辛い。催涙スプレーか!犬の魔物には効くだろうなあ……
「ああっパスカル!てめえよくも!」
「愛犬なら犬神にすんじゃねえ!外道はてめえだろボケがッ!」
犬の魔物がのたうち回るのを改造車が慌てて回収し、近づいてきてボウガンを撃ってきた。
僕は絨毯をうまく動かして避ける。
「撃て!撃ちまくれ!ノブとヤスは魔法撃て!」
上から弓矢が矢雨として撃ちこまれてくる。
「イザヘル・アヴォン・アヴォタヴ・エル・アドナイ!
汝が罪によりおぼれ死ね!呪いよ水となり酸となり彼のものへ飛べ!」
「築基・煉精化気・煉気化神……以て我が気を槍とせむ!落魂槍!」
前には魔法の水弾と気でできた槍衾が迫る。
この状況、入間さんはどうする気だ?
「三秒稼げ、できるか」
静かにそう言った。僕は親指を立ててうなずいた。
「魔力の盾多重展開!」
1mほどの円盾が何枚も絨毯を覆うように展開される。
「魔法の詠唱速いな。これならいけるぜ。
波切不動が護法に誓願いたす!不動が尊き金剛杵、今一時わが槌にやどらせたまえとの本願なり、ウン!」
入間さんのハンマーに黄金の炎が灯る。彼は盾の外に出ると1mはあるハンマーを思い切り振った。
「伸びろ!」
見る間に炎でできた槌は巨大化して電柱サイズになる。それを縦横に振るう。
水の弾ははじき返され、槍衾は振り払われた。
矢雨が来る瞬間に時折盾に隠れ、そして近づいてきた敵の車をモグラたたきのように叩き潰す。
「つぶれろゴミ野郎共!スクラップになれ!」
まるで巨人が暴れまわったかのように車が叩き潰され、なぎ倒され、投げ飛ばされる。
車の中から血しぶきが上がるのが他人事のようでもあり、また、不謹慎ながら血の湧き踊る光景だった。
「だいぶすっきりしたな。あともう少し……あの黒っぽい建物だ!そこの駐車場につけろ!」
どうやらそこが目的地らしい。入間さんと似た黒い服装の人たちが武器をもって集まっている。
どれも鈍器ばかりだ。それから斧と鉈。叩き潰し切り潰すという殺意に満ちた武装の人たち。
「これが、狩人……」
「ああ、そうだ。時間がありゃ紹介の一つでもするけどな!あんたは隠れてろ。俺たちの問題だ」
入間さんがそう言った瞬間にミサイルらしき何かが建物に撃ち込まれて炎とともにでかい怪物があらわれた。
恐竜というか怪獣というか、そんなのだ。赤色の皮膚は炎のようで、敵意に満ちて狩人たちを睨んでいる。
「隠れるって、どこにですか!」
「悪い、ありゃウソだ。逃げてろどこにでも。ドラゴンの強制召喚とか人として無礼にもほどがあるだろ!舐めてんのかクソが!」
なお、後ろからはまだギャングの皆さんたちが追ってきている。はさみうちの形になった。
「とりあえず、突っ立てても邪魔なので僕も戦いますね」
僕は収納の指輪から剣を取り出した。それは何の変哲もないロングソード。
きらびやかな飾りも、便利な能力もない。ただ頑丈で折れなかっただけの、しかし僕の冒険に最初から最後まで付き合ってくれた剣だ。
「いいの持ってんなあ……それお前さんの?」
「はい、僕の愛剣です」
誇りをもって答える。この人達ならわかるだろう、僕がどれだけこの剣で戦ってきたのかが。
「マジかよどんだけ修羅場慣れしてんの。じゃあこの子頼むわ」
「入間さんは!?」
彼はいい笑顔で答えた。さわやかな仕事人の顔だった。
「化け物がいて狩人がいる。やることは一つしかねえだろ?」
すでに何人もの狩人たちがドラゴンに向かって行っていた。笑いながら、血に酔いながら。
ドラゴンの身じろぎ一つでミンチにされるというのがわかってて彼らはなお笑いながら向かう。
一撃でももらったら終わり、そういうとんでもない条件なのに。
それを見て僕は、またしても冒険心がわくわくと刺激されてくる。
「ああ、楽しそうだな……僕もああ言う風に冒険してたな。やっぱりこれだけは辞められないや」
救いようがないけど、そう思う。だけど今は我慢だ。この子を守る。それも戦いだ。
とりあえず解析してみるか。カルマ、頼んだ!
<任されよ。解析を行う……あれの名前は「オピオニダイの末裔」
かつてクロノスと覇を争った創造龍オピオネウスの末裔。その身は北風をより合わせて作られたという。
故にあれは風の精霊の一種のようなものだ。持っている技でめぼしいのは「北風のブレス」で、弱点はあのあたりだな>
僕の視界にいくつかの光点が表示される。それは龍の喉のあたりであれが逆鱗というものかと解った。
HPバーとレベルも表示されている。解析することで名前と大体の強さ、体力を可視化したのだ。
これがカルマの力。僕の一番の魔法だ。
「その龍の弱点が分かりました!今から弱点に灯りを灯します!それから目くらましも!「まとわりつく灯り」!」
「マジかよ!」
弱点の逆鱗部分と龍の目の前、2つにロウソクほどの光がともる。龍はばたばたと光を消そうともがく。
だがその隙は致命的だった。狩人達は魔力や炎で巨大化させた武器を次々に叩きこみ、弱点に魔法を打ち込んでいく。
「よし、狩人さんたちが有利だ。あとは僕はこの子を守り切ればいい」
脇役な仕事だけど、それでも大事なことだ。
「退屈そうっすね。それならアタシと遊ばないっすか?」
後ろから殺気と共に声がした。僕は剣を取り出して後ろに振り返りながら切り払った。
「ヒャアあぶないっすね。あんた良い狩人になれるっすよ、ニュービー」
「道化師……?」
第一印象は道化師の姿をした女、だった。よく見たら狩人の革コートの茶色のと赤のを縫い合わせて道化師っぽくしてるだけだ。
頭には道化帽。顔にはメイク。手には金属の杖。やっぱり道化師だ。
「そうっすよ。あたしは道化のドウカ。あんたらが逃がした実験体を回収しに来た……つまりは敵っす。狩人の裏切り者っすよ」
狩人の何人かがこっちをチラ見した。入間さんが叫ぶ。
「てめえ鹿島!まだ生きてやがったのか!百鬼のテロリストになって食う飯はうまいか!こいつぶっとばしたら次はてめえだ!死ね!」
「あっはっはー、それも楽しそうっすけど、このニュービー君を相手した後っすね。
我が声を聞け!松明持ちのウィリアム、イグニス・ファトゥス、ウィル・オー・ウィスプよ!地獄の業火の燃えさし、集めた鬼火をかしとくれ!」
カルマが自動的に解析し、情報をくれる。
<こやつの真名は鹿島美羽。狩人の裏切り者で、今やテロリストに与するものだ。
得意な術は炎系統。素早さが高く、召喚術を縦横に使う。今も至近距離で炎の魔力が集まっている。
回避せよ!>
僕は実験体の少女を抱き寄せて後ろに下がる。その直後、爆発が僕のいたところを襲った。
「おっ、避けたっすね。やるじゃないっすか。でもまだその子……パレットが邪魔っすねー。
ニュービー君と満足に戦えないじゃないっすか。それにパレットをかばうのに精一杯でやる気が出てないっすね。
パレットはもうちょっとこう、生きあがいて欲しいっす。
じゃなきゃ死ね。生きるために戦わないんなら死んでしまえ。」
<また爆発が来るぞ!避けろ!>
再び回避。爆発のために魔力が集まる時間は歩いて避けてもなんとか間に合うくらいだ。
「なかなか避けるっすねー。素質があるから親元から浚って、望むままに能力を伸ばしてあげたっすけど。
ぶっちゃけデータはだいたいとれたから、見せしめにむごく殺してもいいんすよ?
そりゃもう、死ぬまで実験をするとか、肉便器にするとか、腑分けするとか、いろいろ利用法はあるっすからね」
パレットが自力で立ち上がって懐から筆を執りだして構えた。
「そういうのがいやだから、私は逃げた。もうあなたたちのいいなりにはならない」
道化がゲラゲラと笑う。
「感動的っすね。ちょっと力があるから、その気になったらなんでもできる?
創世術の使い手だからそれでいいんだろうっすけど。ムカつくんすよ、そういうの。死ね」
「わたしも、たたかう」
「わたしも?最初っから最後まであんたが戦う話っすよ!人ごとみたいにいってるんじゃねえっす。
あんたのために大勢死んでいったんすよ!ただのクソ餓鬼のために!
全部、全部あんたが力を持てたから、あんたが自分の都合を言い出したから!」
パレットは浮き世離れした子だけど、命賭ける方にはたまったモノじゃないんだろうなあ。
でもテロリストには言われたくないよ。
「空よ。記憶を……」
パレットが空中に絵を描き出す。翼の絵が見える。それはパレット自身の背中に収まり、自由に夜空を飛んだ。
「これで、邪魔なく、戦える」
「最後まで人頼りっすか?」
「にげたのは私の都合。でも戦っているのは、それぞれの都合」
「果てしなくムカつく餓鬼っすね……そう思わないっすか?」
道化は僕に向けてまた爆発を放ってきた。今度は楽に剣で切り裂ける。
足手まといとなるパレットがいないからだ。
「んー、まあ人頼みなのはどうかと思うけど。でも見捨てたらむごく殺されるなら奮い立っちゃうのが男の子だと思いますよ」
身も蓋もない意見だけど、僕の正直な感想だ。
「あーもう、ムカつく奴らっすね。まああんただけでもぶっ飛ばすっす」
爆発が僕の近くで発生し、道化は火の玉をお手玉のようにジャグリングしながら飛ばしてくる。
だけどそういうのはあの世界でさんざん見てきた。僕は走り出す。回避し、切り裂き、少しづつ近づいていく。
「くっ、ただの素人じゃないとは思っていたっすけど……全部回避とか傷つくっすねえ。それで?私を殺すっすか?」
<言いそびれたが、解析が終わった。こやつはただの分身のようだ。遠慮なくやってしまえ!>
もう僕を縛る要素は何一つなくなった。僕はいつものように剣を振り切った。
剣を振り、返しでもう一降り。それだけで道化は紙のように切り裂かれた。
実際、紙による分身だった。びりびりになったそれが最後の言葉を紡ぐ。
「あーあ、ここで終わりとは、つまらないやられ方っすね。ああ、最後に大爆発するんで、まあ機会があればまた遊びましょうっす」
<とんでもない魔力だ!ここら一帯を吹き飛ばす気だぞこやつ!>
「魔力の盾多重障壁!」
多分、小型核か、ミサイルくらいはあっただろう。なんとか防ぎきったが耳が痛い。
向こうを見たらドラゴンはすでに倒されていた。
「やったなオイ!じゃ、休んでろ。次が来るからな」
「いえ、不完全燃焼気味なんで、僕も戦います。まだ来るんでしょ?」
「オイオイ、お前も大概血に酔ってるな……主力はさっきのピエロ女だけどな。残りはチンピラばかりだ」
「そうなんですか……でも、僕も戦えます」
「知ってるよ。見てたから。じゃあパレットは部屋の中にいろ。俺らは残りの馬鹿騒ぎをなんとかすっから」
「ん、わかった……」
それから朝まで僕等は襲い来る地元のギャング相手に戦った。
日が昇った後は血と雨で狩人の建物は真っ赤に染まっていた。
「お前さ、狩人になるか?向いてるよっつーか、野放しにしてたら駄目な類いだわお前」
「僕もそんな気がしてました」
「じゃ、来月からよろしくな。新人」
そういうわけで、僕は冒険者から退魔師になった。