新世界の幕開け
突入した霧の中は宇宙悪夢的な異常な空間だった。
空にはぎらぎらと輝く星々に月。霧の中であるにもかかわらずだ!
地面には無数の化け物が延々と掘削作業を行い、巨大なすり鉢状のクレーターを作り出している。
一つの穴というか渦の大きさは最低でも数百メートル、大きなものは数キロを超えるだろう。
「オイオイ……大胆な区画整理してくれてるじゃねえか。画期的な土木工事技術だな。
それも冒涜的研究の成果か!死ねよクソ外道共がよ」
「空からも来ますよ……避けてください!2時の方角、距離500m、数20!」
「がってん承知であります!」
空には人型に羽を生やした何かが飛んでいた。およそ天使や悪魔の類いとは到底言えない、悪夢のようなおぞましい造形。
質感はヌメッとしててまるで海産物のようだ。色もタコのように不健康な茶色。
羽はコウモリというよりコウモリ傘に近い。
「距離200、150、100……すれ違います、回避を!」
「私の速さなら!」
「回避成功しました。でもまだまだ何かがいますね……後ろからも横からもです!4時と7時と9時、それと上からです!」
「おまかせあれ!これよりドッグファイトを行うであります!本気で動くのでしかと捕まるでありますよ!
ひょー!やっぱり空戦はこれだからやめられないでありますな-!」
気分は洗濯機の中のシャツか、シェイクされるカクテルといったところだ。
つまり、僕でも理解できないほどのむちゃくちゃな高速起動でギリギリ避けまくる。
そして外にいるのはどれも気分が悪くなるような化け物ばかりだ。巨大な一つ目のカラス、飛んでくるクラゲ、なんかぐちゃっとしたの。
高速起動と相まって二重の意味で吐きそうだ。
「いやっはー!だいたいは避けられたであります!それでアスクさん、目標はどちらの方向で?」
「うえっ、ええと3時方向にあと2kmです!」
「吐くなよ!俺も吐きそうなんだからな!ほんとろくでもねえ結界だな死ねよ!」
目標の大仏が見えてきた。周囲にはなんだろうあれは……蓮の花?みたいな金ぴかの何かがある。
大仏本体も結跏趺坐してあぐらをかいている。手は印を結んでとどめは全身が金色に発光して後光が見える。
「ふざけてんのか!おめーらみてえな腐れ外道が形だけ仏を模すとか冒涜的にもほどがあるだろ!仏教ナメんな!」
「いいでありますぞイルマ殿!今こそ魔力路に炎を灯すであります!」
「オーケー、俺の怒りを託す。思いっきりぶち当てろ!
『火生三昧の業火を持って怨敵を破砕せん!我が憤怒、不動が功力、衆生が嘆きを一撃に乗せ、滅塵に滅相せよ!』
いくぜ黒機炉、俺の怒りをくれてやる!大忿怒三昧火界咒!」
<いいね、いいねえ!すばらしい怒りだ!八つ当たりに近いけど……これなら三千度くらい余裕さ!やはり、君は……>
「やかましいさっさとやれ!」
ゴウ、と音がして右手のプラズマカッター内に炎がともる。背中の予備ブースターにも火が入った。
『ミグラント』はさらに殺人的に加速し、大仏に迫る。
「大仏の前方に防御結界を確認しました。プラズマカッターで切り裂いてください。
あ、あと向こうも気づきましたね。砲撃が来ます」
金ぴかの大仏がこちらを見て、印を組む指に光が集まっていく。
黄金色の神々しい破滅的な光だ。
ピカァ、と光った!と思ったらパイロットの子の操縦で横に避ける。
胃の中身が全部持ってかれそうな急激な横移動だ。
「ヒュー!シューティングはこうでなくちゃ燃えないでありますね!さあ、どんどん打ってくるであります!」
「そんなこと言うから本当に来ますよ。発射まで2秒!」
「十分であります!」
ちかっ、ちかっと光がまたたき、太さ5mはあるごんぶとのビームが横をかすめる。
だが、僕等はとうとうここまでたどり着いた。
「物理結界まであと50m!」
「やっちまえ!」
「やるであります!いっけぇー!」
亜音速の加速と共にプラズマカッターが横薙ぎに振るわれる。
ぎし、と音がして結界とプラズマトーチが拮抗する。その隙に化け物がつついたり、大仏の近くを飛ぶ蓮から光弾が飛ぶ。
がつんがつんと音と振動がして装甲が削れていくのが解る。大仏本体の指も光りつつあった。
時間がない。
「出力が!あとちょっとだけ足りないであります!」
「俺の怒りが通じねえってか!木偶人形に?ああそうかい……てめえふざけんなよぶっ壊してやる!
クソ苦労してここまで来たんだからここは効いとかないと失礼でしょ。空気読めよボケ人形がよ!」
「もっとです!もっと輝くであります!」
「やかましいわ!てめーもなんかしろ!レアイベントだぞ!」
「あ、今のでいけるであります!もう一発!」
再びプラズマカッターが振られるとぴしり、と音がして結界が壊れた。
だが一瞬遅かった。大仏のビームが当たり、左腕がもげる。
しかしここまで来て引き返すわけにもいかない。僕等はそのまま加速し、大仏の額、白毫にプラズマカッターがたたきつけられた。
「よし!一撃は入れたでありますが……左手の破損で決め手がないでありますな……このままだとじり貧であります!」
「よしわかった、ちょっと貸せ!お上品すぎるわ!ほら操縦権!早くしろ死ぬぞ!」
「わかりました、近接戦闘はお任せするであります!」
「よっしゃ、いいかぶっ壊すっていうのはな、こうするんだ!」
入間さんに操縦権が移る。パイロットに万一があったときの非常用システムだ。
そして動きが変った。今までのが高速飛行するタカの動きならば、今度は怒り狂うゴリラの動きだ。
まず頭の上に陣取り何度も何度もプラズマカッターごと腕が壊れるほどたたきつける。
「大仏の反撃が来ます。こっちも障壁張りますね」
「よし明日来、おめーも遠慮なしだ、死ぬ気でやれ!」
「はい、いつも通りな感じでいきますよ」
僕に緊張感はない、ただ集中している。敵の攻撃を見定め、適切なタイミングと位置で魔力の盾を使う。
「黒機炉、左手になれ!ああもう面倒くせえな、両腕に憑依しろ!」
<ようやく暖まってきたみたいだね、その調子だ!もっと憎むんだ!君の憎悪が戦争を終わらせる!>
「やかましいわ早くしろ!」
プラズマブレードが内部から高熱で自壊し、その炎が固まって両腕になる。
「まずその不快なツラを前衛芸術にかえてやる!」
そこからはもう……なんかすごかった。
目にとまらぬラッシュで炎をたたきつけまくる。一撃ごとにぼちゅん!と大仏を構成する金属が蒸発して穴が開く。
その穴に手をひっかけてこじ開ける。内部に入って片っ端から破壊していく。
そして、僕等はついにたどり着いた。
「明日来、あれか!」
「はい、アレが術式の核ですね」
そこには黒光りする2mほどの仏像があった。今までとは何かが違う。
ゴリゴリの細マッチョだ。めっちゃ素早いし力もありますよ、とラスボス感を出している。
「あちちち、めちゃくちゃ熱いでありますよ!これではもう、鉄の棺桶であります!」
「はい、『冬の息吹』これで冷却をしときますね」
「おお、涼しい……」
「ようやくご対面か!マトリョーシカ式とか面倒を通り越して怒りすら沸いてくるわ!死ね!」
とん、と軽くジャンプして黒い仏像が急接近してくる。
ミグラントの拳と仏像の拳がかち合った。
そこから始まる丁々発止。仏像がサブミッション仕掛けてくるとか絵面がひどい。
「てめえ……誰かコントローラー握ってやがるだろ!良いご身分だなオイ、自宅から遠隔操作とか」
『なかなかやるじゃない?私は五百山スリヤ、初めまして狩人のお三方。
宴も終盤……最後を飾るにふさわしいダンスをしてくれれば、あるいはとまるかも知れないわね』
「知るかボケッ!てめーの遊びで街を焼くとか常識ないのかよこれだから田舎の妖怪は大っ嫌いなんだよ!」
『でも楽しんでいたのはあなた達も同じでしょう?』
「それはそれ、これはこれだ!ご託並べてねえでさっさと潰れろ!」
煽りあいしながら戦うのはこちらに有利だった。それが入間さんの戦闘スタイルだからだ。
短くも長い攻防、殴り合いを制したのは僕等だった。
相手の必殺の一撃が来るところで僕が障壁を張った。その隙に入間さんが相手の胸をぶち抜いた。
『まあ、及第点かしら。なかなか面白かったわ。また楽しみましょう?』
「いつまでも上から目線でいられる時代だと思ってるとか頭カビてんな。
進化の現実教えてやるから待ってろ!直々にぶちのめしにいくからな!」
『ふふふ、楽しみにしているわ』
そして術式の核である仏像は崩壊し、僕等はほうほうの体で帰還した。
帰り道?もちろん化け物だらけで死ぬ思いだったよ。
■
そして、それから……1ヶ月は大変だったね。
黒い霧のテロは中国とロシアでも行われた。世界の何割かは向こうの手に渡ったわけだ。
その霧を撃退できた所もあれば、できないところもあった。
結局、ある程度は彼らの独立を許すことになった。世界は分断されたんだ。
そして、撃退できた所はそれはそれで問題だった。
組み替えられた地形は元に戻らなかったし、化け物がすでに生態系を作っていてそれはもう大変な場所になった。
でも、問題の本質はそこですらない。
霧の晴れた場所「未調査区域」に生息する化け物や地面に転がっている小石からすらも未知の物質が山ほどあった。
そして、そのほとんどが簡単に有用な「商品」に転用できるものだった。
要するに「未調査区域」は危険極まる宝の山だという認識になったのだ。
かくして……この21世紀の世界に「ダンジョン」ができたのだ。
その成果は爆発的に人類の魔術と科学技術を押し上げつつある。
ほとほと狂ってる顛末だと思う。
ちなみに「同盟」はダンジョンの優先的な採掘権がなあなあのうちに認められ、羽振りがよくなった。
僕等もボーナスがうなるほど出た。一人5千万くらい……ちょっと引いた。
世界はどうなっていくのだろう。
解るのは、21世紀は20世紀に負けないほど激動の時代になることだけだ。
なんだか最終話にしてはどうもぱっとしませんが、一端この話は打ち切ります。
続編は書きますので、またお会いしましょう。




