異世界帰り
「貴公……本当に良いのか?
これが貴公の使命であるとて……我らが押し付けたようなもの。
逃げたとて、誰も責めはしまい」
魔女が心配そうに僕を見る。ああ、この人は初めて会った時から優しい人だった。
「わが友よ。お前はすごい男だ。私はお前を誇りに思う。
だからこそ、私が代わりに行っても……すまない、お前を、お前の覚悟を愚弄してしまった」
騎士が悲しそうに僕を見る。いいんだ。あなたのよう善良な人がいたから僕は心折れなかった。
貴方がいたから、希望を失わず戦えたんだ。
「あなたの慈悲と覚悟に、感謝いたします英雄様。偉大な使命をお果たし下さい。
我々からあなたに報いることが何もできないのが悔やまれます」
僕を召喚した聖女が頭を下げる。僕はみんなを見て、うなずき微笑む。
「いいんです。何も取り得もない僕を迎え入れてくれて、信じられないような冒険もできた。
貴方たちが教えてくれたから、強くなることもできた。それで充分です。
ありがとう、さようなら。あなたたちを救うことができるなら、行きますよ」
小さくガッツポーズ。それだけで何人ものここに集まった英雄豪傑たちが頭を下げ、ある者はガッツポーズを返す。
本当にすごい人たちなんだ。軽く剣を振っただけで岩山を崩すのが当たり前の人たち。
そんな人たちから敬意を受けている。ただの大学生だった僕がだ。
「では、始めます英雄様」
「うん、お願いするよ」
僕は異世界に召喚されて魔王を倒した。そして、この世界の崩壊を止めるために人柱になる。
でも、それでいいんだ。何度も言うけど、ただの大学生が英雄になれたんだから。
僕は生贄の祭壇に上り……
■
そこで目が覚めた。僕が召喚されたときのあの路上だ。
夢……だったんだろうか?
いや違う!
よく見れば何年もたっているかのように景色が微妙に違うし、何より、鍛えられた体があれが夢でなかったと証明してくれている。
「お金、どうしようかなあ。家もないよな……1年以上たつもん」
しかしどうしよう?異世界で生贄になったはずなのに生きて元の世界に戻ってきた。
想定外だ。しかもおそらく時間はちゃんと経過している。
「どうせ家族もいないし、まあいいか……」
時刻は夕闇迫る黄昏時、場所は河原の近くの野原だ。
今の姿は……うげっ、鎧姿まんまだよ……武器は収納の指輪に入れたままみたいだから、まだいいけど。
不審人物だなあ……
「こんばんわ。お加減は大丈夫ですかな?あなたをお待ちしておりましたよ。
明日来明人さん。
とりあえず当座の家と資金、私ならば都合がつきますが」
近くで釣りをしていたおじいさんが振り向き、帽子を取って丁寧に挨拶する。
すぐ真後ろにいて、とうてい釣りに似合うと思えないフォーマルな姿だ。
違和感の塊のはずなのになんで気づかなかったんだ。いや違う、気づかせなかったんだ。
とんでもない実力者の気配がするよ。漏れ出る魔力の気配も尋常じゃない濃厚さで、それはもう人のモノではない。
僕は飛びのき剣を手に取った。
「あなたは何者ですか。こんな姿の僕を不審に思わずに待っていただなんて。
それに、釣りにしてはスーツと帽子姿なんておかしすぎる。そしてそれを僕は疑問に思わなかった。
相当な隠形ですよね、それ」
おじいさんはよく見れば白人で、老クリント・イーストウッドみたいだ。
マフィアのように上質なスーツと中折れ帽をして、杖をついている。
「おやおや、これは失礼を。私はパトリック・R・ハルマン。いろいろと肩書はありますが、現在はただの隠居ジジイですな。
落ち着いてください。私に敵対の意思はありません。事情の説明をしてもよろしいですかな?」
ひょうひょうとした様子に僕は毒気を抜かれた。本当に敵対の意思はないらしい。
それは僕の戦闘経験からも確かだった。
「わかりました。何がなんだかわからないですし、事情を知ってるなら教えてください」
それに、僕は思い出していた。パトリック・R・ハルマン。そうだ、なぜ忘れていたんだ。
この人ニュースで見たことある。魔術師や退魔師の存在を世に知らしめた人だ。
「まず、ご存知かもしれませんがこの現代日本においても実は魔術というものがありましてね。
まあ私がその存在を公にする一助をしたのですが。
その魔術であなたをあの世界からなんとかサルベージしたんですよ」
この人は魔術師だ。それも世界有数の。だから僕を召喚することもきっとできるのだろう。
でも、僕が生きてるってことはあの世界はどうなったんだ。
「えっ、じゃああの世界は!?」
「あなたが人柱として役割を果たした後、私があなたをコピーしたのであの世界は大丈夫ですよ」
よくわからないけど、僕はあの世界の僕のコピーってことか?
わからないなりに都合よくあの世界も僕も無事ということはおぼろげながらわかった。
「あの世界も無事だし、僕も無事ってことですか?そんな都合の良いことが……」
「あります。私は「魔術師」ですよ。魔術師の誇りに賭けてそれくらいできずにどうします。
都合のいい魔法くらい使えねば「魔術師」など名乗りません」
何かわからないけど、とても都合がよくうまくいったらしい。
そう思っていたら車が一台来た。黒塗りの高級車だ。
「とりあえず、落ち着ける場所で話しましょうかねえ。私もあなたもその姿では目立ちますしね」
「はあ……そういうもんなんですか」
「そういうものです」
とりあえず敵対することはないようだ。なるようになるしかない。あの世界でもそうやってきた。
僕は車に乗ることにした。