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66・変わらずにいて欲しい

「で? 俺達に話したい事って何だ?」


 着替えて席についたシンは、私の淹れた紅茶を一口飲んで、すぐに話を聞く体勢に入ってくれた。

 顔を洗ったばかりの彼の前髪はまだ濡れていて、私のために急いで準備してくれたのだと分かった。


「あ……えっと、まず、先に言わなくてはならない事があるの。私の本当の名前は、エレイン。エレイン・ラナ・ノリスが正式な名前なの。ノリス公爵家の三女で、あの有名なフレドリック殿下の元婚約者……です」

 

 二人の表情は変わらなかったけれど、シンがゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。タキはずっと、私の背後を見つめている。


「……ああ、やっぱそうなのか」

「うん、兄さんと話していたんだ。君はチヨちゃんに前の仕事を聞かれて、その公爵家の令嬢の世話係のように思わせて、曖昧に話を終わらせたんだってね?」


 私はコクリと頷く。


「でも、その時の反応の仕方や、その後のフィンドレイ様への対応や会話から考えて、やっぱり君がその令嬢本人なんだろうって考えに至ったんだ。君は感情を出さないようにしていたつもりだろうけど、それでも僕には怒りや悲しみの心は見えていたよ」

「お前は、自分の素性を隠して生活したいようだったし、俺達も知らない振りを続ける事にした。嫌な思いをした貴族社会との関わりを絶って市井で暮らしたいなら、俺達なりにその生活を守ってやろうってな」


 シンとタキは、私が公爵家の娘だと気付いていた。

 二人共、何となくそうだろうと感じながらも、私のために黙って騙された振りをしてくれていたの? シンなんて、不器用そうなのにそんなの(おくび)にも出さなかったわ。

 この二人の優しさに、私は思わず泣きそうになっていた。


「ごめんなさい。もっと早く打ち明けるべきだったわ。あなた達を信じているけど、貴族の娘だと知られたら、皆の態度がこれまでと変わってしまうんじゃないかって、不安で、怖くて……なかなか言い出せなかった。私は家を出された身なの。たとえ籍はそのままでも、もうあの家に戻る事は無いわ。だからこれまで通り、宿屋のラナとして見てほしい。無理かしら?」


 シンは大きく息を吐き、ホッとした表情で私に笑いかけた。


「ハァーー、改まって、何の話かと思った。俺達に素性を明かして、家に戻るって話じゃないんだな? なら良いよ。今までと何も変わらない、だろ?」

「ちょっとドキドキしたね。貴族の暮らしに戻る事にしたって言われるのかと思ったよ。君の事を探している人もいるし、いつ連れ戻されちゃうのか心配だった。ラナさんに戻る気が無いって分かって、安心したよ」

「良かった。私への態度を変えないでいてくれるのね。じゃあ、もう一つ、話す事があるのだけど」


 私はこの勢いで、自分と女神との関わりを話す事にした。


「それって聖獣と関係ある?」

「聖獣? なんだそれ?」


 シンがそう言ったところで、ヴァイスが姿を現した。子ライオンではなく、本来あるべき姿で。


「うおっ、何だそいつ? デカイ妖精か?」


 私達の前にスッと現れたヴァイスは、シンに挨拶でもするように頭を下げた。


「シン、この子の名前はヴァイス。私と従属契約をした聖獣なの」

「はあ? 聖獣と、従属契約って……お前、ただの人間にそんな事できるのか?」

「さっき紹介してくれた時、それは言わなかったよね?」


 私自身がまだ信じられない思いなのだから、この二人が驚くのは当然だろう。


「そうね、私がただの人間なら、ありえない事だと思うわ。二人は、ライナテミスという女神を知っている?」

「知ってるよ。っていうか、この国で知らないヤツはいないだろ」

「水と豊穣の女神ライナテミス、それがどうかした?」

「その女神は、大昔に人の姿で地上に降りた事があるの。その話は、今度私の部屋にある本を読んで聞かせてあげる。だから今は省略するわね。それで、女神は地上で人間の男性と恋をして、子を産み、また天に戻ったの。私は、その時に生まれた子供の子孫らしいのよ」


 シンはフリーズしてしまった。さすがにこれは、いきなりだと荒唐無稽なお話にしか聞こえないわよね。私だって信じられなかったけど、天界の文字が読めたり、歌で植物を育てる力や食べ物で体力を回復させる事ができるなど、魔法も使えないはずの私に不思議な力が備わっていると事前に知っていたお陰で、何とか理解する事ができたのだから。

 

「そっか、やっぱり女神様だったんだね。その輝きは人のものじゃないと思っていたよ」

「タキ、私自身は人間なのよ。魂が特殊なの。私の魂は女神の産んだ子供の魂なのですって。要するに、私は女神の末裔であり、同時にその子供の生まれ変わりでもあるという事ね。女神の産んだ子供の魂は、女神の一部から作られたもので、だから私にも女神の力が少しだけ使えるという事らしいわ」


 タキは理解できたのか、しきりに頷いている。シンは、まだ一生懸命考えているみたい。


「理解できないわよね。ただ、私の持つ不思議な力は、女神の一部で出来た魂のせいだという事がわかったわ」

「女神に関わる血統と魂が一つになって、ラナさんがこの世に生まれたって事は、君が予言された聖女なの?」


 そうよね、私もサンドラの事を聞かなければ、自分が聖女だったのかと思うところだったわ。


「いいえ、それとはまた別の話よ。聖女が生まれると予言されたのと同じ時代に、偶然私が生まれてしまったみたい。聖女はサンドラという、貧しい地域に生まれた少女よ。タキ、あなたを襲った黒いモヤの持ち主が、本来聖女として降臨するはずだった魂の持ち主。でも彼女は、偶然手に入れてしまったある妖精の力を使って、あなたにしたのと同じように、意図せず母親の生命力ごと欲しい物を全て奪って死なせてしまったのですって。だからもう、聖女となる資格は無くなり、今はただの女の子よ」

 

 タキはまたサンドラと遭遇した時の事を思い出したようで、とても険しい表情になっていた。

 私は立て続けに、その妖精の話や、レヴィエントから伝えられた事実を全て二人に話した。最終的に、レヴィエントの頼みで彼の兄弟である元妖精の浄化をすることになった事まで。

 

「その堕ちた妖精と、聖女となるはずだった女の子は、出会ってはならない相手だったんだね。だけど、お互いに利害が一致してしまったのか……。何も知らずに偶然思い通りになっているうちは、まだマシなのかもしれない。もしもその子が、何かの拍子にそのカラクリに気付いてしまったら、被害者がどんどん増えて、また命を奪われてしまう可能性もあるという事だよね? 自分の美しさに執着しているなら、これから先年を重ねて美貌が衰えるたびに、若くて美しい者から、その美しさを奪い続けてしまうんだろうな」


 サンドラが自分の意のままになるカラクリに気付いてしまったら、なんて、考えただけで恐ろしいわ。


「よし分かった。オーナーには危険を冒してまで闇に堕ちた妖精の浄化なんかする義務は無いが、それでもやると決めたんだな。俺達に出来る事があるなら言ってくれ。そんな危険なもの、そのまま放置しておけないだろ」


 シンはずっと考え込んでいたかと思えば、全てを理解したというより、もう面倒だから無理矢理飲み込んだという感じで吹っ切れた表情を見せた。

次話「巫女、イリナ」

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