46・どうも聞いていたのと違う
「プギーップギーッ」
「え……?」「ん?」「おい! 何だそれ!?」
タキの手の中から出て来たのは、丸っこいフォルムで手の平サイズの白い豚だった。
その豚の背中には、虹色に輝くトンボの羽のような物が生えていて、多分これは……これは……何かしら?
「そいつ、今どこから出て来た? タキ、お前が出したのか?」
「まさか、違うよ。飛んできたのを捕まえたんだ」
「あ、え? シンにも見えているの?」
「そこに居るんだ、見えるに決まってるだろ」
シンは私達の騒ぐ声に反応して、厨房からこちらを見ていた。
タキになら見えるかもしれないとは思っていたけれど、まさか、シンにも見えるだなんて。
「これ、何だろうね? 豚……だよね? でも、羽が生えてる。しかも、妖精の羽っぽいけど……これは流石に、妖精じゃないよね?」
「プッギー! プギ! プギプギプギピギー!」
「なんだか怒ってるみたい。こちら側の言葉は理解出来てるみたいだけど……質問したら、答えてくれるかしら?」
その豚は体のサイズに見合わない小さな羽をパタつかせて、ヘリコプターが離陸する時の様に上昇すると、タキの手から離れ、私の方へ飛んで来た。慌てて私が両手を受け皿の様にして差し出すと、豚はちょこんと手の上に乗った。
「軽い……綿菓子みたいな軽さだわ」
私はこれが何なのか、角度を変えながらじっくり観察させてもらった。その間、豚は黙ってそれに従い、ジッと私の方を見ていた。
体はデフォルメした豚のキャラクターの様に丸いけれど、絵と違ってその質感は本物の豚。目は黒く見えるけれど、縁が黒いだけでよく見ると赤っぽい。そして白い体にピンクの鼻が何とも可愛らしい。背中の羽は本当にトンボの羽のように薄く透明で、角度を変える毎にその色を変化させた。トンボの羽のようだけど、先端が尖っていて、前世で絵本やアニメで見たような妖精の羽のイメージに近い形をしている。
一通り観察して、そのつぶらな瞳と目が合うと、そのあまりのキュートさに、思わず笑顔がこぼれてしまった。
「ふふふっ、可愛いわね。名前を聞きたいけれど、あなたの言葉が分からないわ。豚さん、あなたは妖精?」
「プギッ」
豚はコクンと頷いて、元気良く返事をした。
「それが妖精だって? 妖精っていうのは、人間と変わらない見た目の羽の生えた小人なんじゃないのか? 子供の頃に聞いた話だとそうだったよな? タキ」
「うん、そうだね。僕は実在した事に驚いたけど、兄さんは人型じゃない事に驚いたんだね。もしかして、母さんが良く話してくれた、幸せを運ぶ妖精の存在を信じてた?」
「……悪いかよ。俺は昔から見えてたんだ。小さい光の玉が花の近くを飛び回ってるのをな。きっとそいつは、オーナーの部屋にあるあの花にくっついてたヤツだろ」
もしかして、シンはあの鉢植えに妖精がくっついた状態で買ってくれたの? でも、あれから随分経つけれど、この子は今日まで姿を見せなかったわ。
シンにはいつから見えていたのかしら?
「あなたは、私の部屋にあるブルーデイジーの鉢植えに隠れていたの?」
「プギッ、プギプギッ」
何か説明しようとしているみたい。でも全然分からないわ。
「言葉が通じないんじゃ、どうにもなんねーな。何か、害のある感じでも無さそうだし、もうそろそろ仕事を始めないか? まだ何の準備もしてないぞ」
私はこの子の悪戯のせいで、リアム様の素顔を見てしまうというハプニングに見舞われて、朝から迷惑を被ったけれど。でもこれは誰にも言えないから、黙っているしかないわね。
「豚さん、もう悪戯はしないでね? 危ないから店内を飛びまわるのは無し。食堂の営業中は外に出ているか、私の部屋に居てくれる?」
「プギ……」
あらら、シュンとしちゃった。
豚は少し項垂れて、また小さな光の玉に戻ってしまった。そしてふわりと浮かび上がると、食堂とプライベートスペースを仕切る扉をすり抜けて、私の部屋の方へ飛んで行った。
「豚の状態ならチヨにも見えるのかしら?」
「どうかな、何だか少し弱っているようにも見えたから、見えないかもね」
私の分まで洗濯を済ませてくれたチヨは、空になったカゴを持って、清清しい表情で戻って来た。
「ふう、ずっとやらなくちゃと思ってたので、すっきりしました。ラナさんの肌着類は部屋に干して来ましたから、シンとタキは入室禁止ですよ。因みに私のもこれから部屋に干すので、覗かないで下さいね」
「馬鹿、お前のなんか見たって何とも思わないっつーの」
シンに向ってベーッと舌を出して自室に戻ろうとするチヨに、私は改めてもう一度お礼を伝えた。
「ありがとう、チヨ。次は私がやるわね」
「いえいえ、ラナさんはこまめに洗濯してるから、全然大した量じゃなかったです。今日は晴れていて外が気持ちいいし、洗濯物も早く乾きそうですよ。うふふ」
チヨが元気だと、私達も元気を貰えるわ。エヴァンがここに顔を出さなくなって数ヶ月、チヨは完全に気持ちを切り替える事が出来たみたい。
失恋してひと月程は、たまにぼんやりして溜息を吐いたりもしていたけれど、今ではこの通り。
「チヨちゃんが元気だと、宿全体が明るくなるよね」
「ふふ、そうね。良し、私達も今日一日、元気に頑張りましょうか」
この日もいつも通り、ランチタイムは大盛況で、外の屋台で売るおにぎりも完売した。午後からの営業を前に暫く休憩を取る間、私は部屋に戻り、豚の妖精の様子を見に行ってみた。
「あら? 外にでも行ったのかしら?」
鉢植えの所に居るものと思ってじっくり見てみたけれど、そこに光の玉は見えなかった。
「妖精さーん、居ないの?」
何度か声をかけてみても、この部屋に何かがいる気配は感じられなかった。
あの豚の妖精さんは、前からここに住んでいたわけでは無いのかしら? 今日たまたま食堂に入り込んでしまっただけ? ちょっと悪戯っ子だけれど、可愛いお友達が出来るかと楽しみにしていたのに、残念ね。




