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地味で目立たない私は、今日で終わりにします。  作者: 大森蜜柑
第一章・婚約破棄された公爵令嬢
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3・お前何様だよ

 フレドリックはサンドラの細腰を抱き寄せ、寄り添って二人で私に蔑んだ視線を向けてきた。

 サンドラは自分が平民である事を忘れたのだろうか。

 公爵令嬢を公然と下に見て罵るとは、普通であれば即刻死罪に値する行為だ。王子や取り巻き達と行動を共にするうちに、自分も同格だと勘違いしてしまったのか。

 一年前突然聖女だと言われて学園に放り込まれた時は、暫くの間はオドオドしてて初々しかったのに、彼女は王子に見初められ、気付けばこんな尊大な態度をとるようになっていた。

 いや、それは女性の前だけの事で、もしかしたら彼らの前では今でも初々しいままなのだろうか。

 私との婚約破棄を宣言した今、別の正妃を迎えてこのまま彼女を愛人として囲うにしても、陛下はそれを絶対に許さないだろう。

 きちんとした家から嫁いできた側室ですら肩身の狭い思いをしているのだ。常識から言って、平民であるサンドラは愛人にすらなれないはずだ。

 それとも私が知らないだけで、王族には身分の低い女性を娶る手段があるのだろうか。または、彼女をこのまま聖女に仕立てあげ、皆に納得させた上で王家の一員として迎え入れるつもりか。

 聖女と言う謎の存在への過度の期待がある限り、彼らの思い通りの結末を迎える事もあるかもしれない。


「殿下はその方をどうなさる御つもりですか? もしかしたら聖女かもしれないと……いえ、殿下は彼女を聖女だと思っているのですよね。でしたら聖女の条件をお忘れなのでは? 乙女である事が必須だというのに、結婚など到底無理だと思います。それにこの様な事言いたくはありませんが、身分的に妻にすることは難しいかと存じます。隠れて彼女を囲うにしても、それは陛下がゆるさ……」

「何だと? 今、何と言った? 結婚前から愛人を持つ事を勧めるとは何とはしたない娘だ! 愛人など生涯持たぬ。彼女が聖女かどうかなど関係ない! 私はサンドラを正妃に迎えると決めたのだ!」

「いえ、勧めたつもりは……では、私という後ろ盾を無くし、殿下は王太子の座を放棄なさるという事でよろしいのですね? これだけ証人が居る前で宣言なさったのです、もう後戻りは出来ませんわ」


 フレドリック王子は一瞬驚いた顔をしたが、眉間にシワを寄せ、不快な表情を見せた。サンドラを「妻にする」ではなく「正妃にする」と言った事から、後ろ盾を無くしても王太子のままでいられると思っていたようだ。


「当然だ。お前の家の力で王太子になれたところで、嬉しくも何とも無かったからな。そんな物、兄上に返してやるさ。私が平民になったとしても構わないと、愛しいサンドラは言ってくれた。私を王位につかせたがっていた叔父上には悪いが、国王になるよりも大切なものが出来たのだ。今の地位を無くしたとしても、私は真実の愛を貫き通す!」


 私が言った事までは考えていなかったのか、いかにも強がりと分かる言葉を並べて反論するが、隣で楚々とした表情で寄り添っていたサンドラは、フレドリックの言葉を聞き、一気にその表情を変えた。


「え? ちょっと待ってフレドリック。もしも平民に落ちたとしても、私と共に歩んでくれるか? って、あれは私の愛の大きさを測る為の、ただの例え話でしょ?」


 サンドラは困惑した表情でフレドリック王子に詰め寄った。そんな筈じゃなかったとでも言いたそうだ。


「いいや、聖女であるお前との結婚を考えれば、父の怒りを買い、王籍を外されて、私の身分は平民に落とされるだろう。私はそれでもお前を選ぶ。私の身分が平民に落ちようとも、お前の気持ちは変わらないと言ってくれたではないか。あれは嘘だったのか?」


 サンドラは黙って俯いてしまった。そして次に彼女が顔を上げた時には、見事に零れ落ちそうな涙を浮かべた悲しげな表情ができあがっていた。


「そんな……。私のフレドリックを愛する気持ちは、勿論死ぬまで変わらないわ。でも駄目。これは辛い選択だけど、あなたは不満だとしても、エレイン様と結婚した方が良いわ。そして立派な国王様になってください。私は聖女としての務めを果たし、いつかあなたが迎えに来てくれるのを信じて待っているから。まさか、私達の純粋な愛を貫く事が、そんな大事になるだなんて思わなかったの。ごめんなさい、エレイン様。私は日陰の身で十分ですから、どうか彼と結婚して、支えになってあげてください」


 は? お前何様だよ? と、日本人だった頃の感覚で思わず口から出そうになった。この人は自分は別れるつもりは無いと宣言した上で、私に形ばかりの妻として、王子の後ろ盾になれと言った。公爵令嬢のこの私に。

 しかも気になる事を言った。彼女は本気で自分を聖女だと思っているのだろうか。これは相当自分達の境遇に酔ってしまっているようだ。身分違いの恋をして、結婚を許されない聖女と王子であり、ライバルは意地悪な公爵令嬢、こんなもの嫌でも気持ちが盛り上がる。


「何を仰っているのですか? そんな都合の良い話はございません。これだけの人間が、今のやり取りを見ていたのですよ。私は公衆の面前で罵倒され、覚えの無い罪を着せられたあげく、王太子殿下に婚約破棄を言い渡されたのです。家名に泥を塗った娘として、この先は修道院に入れられるか、家を追い出されるかのどちらかとなるでしょう。そんなに私との結婚が嫌ならば、密かに婚約を無効にしてほしいと父に申し出て下されば良かったのです。わざわざ大勢人が集まるパーティーの場で、これだけ大事にされてしまっては、簡単に前言撤回とはいかないのですよ」

「おい、随分な物言いだな。サンドラは譲歩すると言ってくれたのだぞ。王妃の座はお前に譲り、自分は日陰の身でも良いと。これほど健気な娘に、お前はなんと冷たい事を言うんだ。やはり、お前となど、形だけでも結婚したくない。目障りだ! 今すぐ学園から出て行くがいい! 学園長、私の権限でこの女を退学処分にせよ!」


 周囲に居た教員達はこの事態にただオロオロとするばかり。

 すぐにでもこの場を離れたくて、一礼した後、ひょこひょこと片足を引きずってパーティー会場を出て行く私を、大人達は助けも引き止めもしなかった。

 王太子と大貴族の娘との争いに割って入れるだけの地位の者は、残念ながら今この場には存在しなかった。

 私の後ろで見守ってくれていた令嬢達は、道をあけながら心配そうにこちらを見ていたが、声をかけるなと視線で制してドアの前迄行くと、丁度そこに立って居た青年が気を利かせてドアを開けてくれた。それに対し、優雅に見えるよう精一杯の微笑を返して会場を後にした。

 数百人が集う会場内はザワツキ始め、そんな中唯一私を引き止めたのはサンドラだった。


「待って! エレイン様! 皆の見ている前でそんな風に冷たくフレドリックを見捨てるなんてあんまりだわ! あなたには情というものが無いの? 私の事ならいくらでも責めて構わないし、もっと酷い意地悪にだって耐えてみせます。だからお願い、戻って話を聞いて! 彼は王様になるべき人なの!」  


 ドアが閉まる寸前、振り返った私と目が合った彼女の顔はひどく必死で、私には、平民のフレドリックには何の魅力も無いと言っている様に見えた。


 私から逃げ場を無くし、殿下に人前で婚約破棄を宣言させた事が裏目に出てしまいましたね。王子に可愛がられて、束の間の恋人気分を味わうだけでは物足りなくなり、その先を目指して婚約者である私を排除しようと動いていたのでしょうが……そんな事をしても、あなたは王妃にはなれないのです。

 彼を国王に据えるには、私という伴侶が必要不可欠だと誰も教えてはくれなかったようですね。馬鹿な人。今まで通り可愛い恋人のままでいれば、あなたの存在には目を瞑ってあげるつもりでいたというのに。

 私は、帰って家族と話し合わなければならない。今後の事を。


 国王陛下のお怒りは相当なものだろう。フレドリック王子は先ほど、何でも無い事の様に王太子の座は兄に返すと言っていたけど、第二王子であるあなたが王太子になるまでに、どれだけの大人が尽力したのか、その身をもって知れば良い。

 あなたの叔父様は嫌がる私に何度も頭を下げて、さらには父と祖父に頼み込んでやっとの事で婚約が整ったというのに、何も知らないあなたは初恋に溺れて判断を誤ったようですね。

 これを知れば、あなたの叔父である王弟殿下は黙っていない。多分エヴァンが捕まえ損ねたという最初の手練れは王弟殿下が放った刺客。あなたにとっては優しい叔父でも、本当はとても怖い方なのよ。あなた達の愚かな行動のせいで、これ以上被害者が出なければ良いのだけれど。

 


 でもそれはもう私には関わりの無い事。風の噂で王子達がその後どうなったのか、気楽に聞かせてもらう事にしましょう。

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