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36・誰かに料理を作る幸せ

 チヨが失恋の痛手を引きずってしまうかと心配したけれど、仕事中はそんな様子を微塵も感じさせる事なく、いつも通りの元気な看板娘として接客に勤しんでいた。

 ちなみに、チヨが取り置きしていたあのおにぎり達は、朝寝坊して遅れて来たケビンに買われて行きました。

 

 私達は気を取り直して通常作業に戻り、ランチの仕込みに取り掛かった。


「手首に痣が残っちゃったね」


 タキは私の手首を見て、エヴァンに掴まれたせいでくっきりと残ってしまった痣を指摘した。


「はぁ……こんな痕が残るだなんて、本当馬鹿力なんだから……」

「ちょっと手を貸してくれる?」


 タキはエプロンのポケットから清潔なバンダナを取り出すと、包帯の様に細く畳んで痣が隠れる様に優しく手首に巻いてくれた。

 そういえば、前世では中学生の頃にバンダナを手首に巻くのが流行ったわ。何だかちょっと懐かしい。巻き方もこんな風だったわね。


「ありがとう、タキ」

「休憩に入ったら、ちゃんと冷やすんだよ。痛むようなら言って。僕に出来る事なら代わりにやるからね」


 タキが気を遣ってあれこれ声をかけてくれるのに対し、シンは何も言わず重いものを持ってくれたり、手首に負担のかかるフライパンを振る料理の担当を代わってくれて、この日の私は、料理の味付けと、鍋の中身をかき混ぜるくらいの事しかさせてもらえなかった。

 別に、痣が出来たというだけで、捻挫したわけでもあるまいし、普通に仕事は出来るんだけど。途中でそう言っても、二人は聞き入れてくれず、今日はできるだけ安静にするよう言い渡されてしまった。

 でも、タキに野菜の下ごしらえ以上の仕事を教える良い機会だったわ。

 体が弱っていた数年間、何もせずただ黙って過ごして来た彼は、まるでスポンジの様に教えたことを吸収し、すぐに自分のものにしてしまった。

 今は新しい何かに挑戦する事がもの凄く楽しいらしく、常に意欲的で、なんとも頼もしい存在だ。このままタキが料理人として成長してくれたら、調理場の負担はかなり減る事になる。そうすれば、私もフロント業務を覚える時間ができて、チヨの負担も減らせるだろう。

 

「二人共、今日はどうもありがとう。部屋に食事を用意したから、片付けが済んだら来てくれる?」

「ああ、ってゆーか、いつの間にそんな事してたんだよ? 料理を運ぶのは俺かタキに言えば良かっただろ」

「大丈夫です。私がやりましたから。ラナさんの手に負担はかけてません」


 チヨはドヤ顔で親指を上に立て、シンとタキはそれに感心した様子でニッと笑い合い、同じく親指を立ててチヨに返した。


 何? この結束力。


 私はシンとタキが厨房の片付けに集中している間に、余ったミニトンカツでカツ丼を作り、チヨに運ぶのを手伝ってもらっていた。片付けはほぼ終了していた二人は、すぐに部屋までやって来た。


「何かコソコソ作ってると思えば、作ってたのはこれか。今日はできるだけ安静にしてろって言っただろ」

「皆が心配するから、黙って言う事を聞いていたじゃない。本当に見た目ほど痛くないんだから、仕事をしても大丈夫だったのよ? せめて一日の終わりの食事くらいは、私に用意させてほしかったの。ほら、温かいうちに食べちゃいましょう。カツ丼は初めてでしょ?」

 

 艶々の半熟たまごでとじられたカツは、甘めの汁が適度に衣に染みていて、サクッと一口噛んだ瞬間に、出汁の香りと、香ばしいカツの風味が口いっぱいに広がった。そして甘めの汁の染みたご飯をぱくりと口に入れる。


「うーん、久しぶりのカツ丼、やっぱり美味しい。あら? 皆どうしたの?」


 三人は私が食べるのをじーっと観察していた。丼物を作ったのは初めてだったので、どうやら食べ方が分からなかったらしい。まずはチヨが私を真似て、カツを一口食べてみた。彼女は一瞬動きが止まったかと思えば、今度は何も言わず、黙々と頬張り始めた。


「チヨ、美味しい?」


 私の質問に、チヨは何度も頷き、夢中で食べている。

 それを見たシンとタキも、同時にカツを口に入れた。


「ウマッ、なんで今まで作らなかったんだ? これ、看板メニューに出来るだろ」

「美味しい! 自分が揚げたカツがこんな料理に変身するなんて……サクサクをそのまま食べるのも良いけど、僕はこっちの食べ方の方が好きだな。ラナさん、天才」


 二人はどんぶりを持ってご飯を掻き込むようにして口いっぱいに頬張った。

 もぐもぐと咀嚼するあいだ、幸せそうに頬を緩ませる三人を見て、私はおっとりとした微笑みを浮かべつつ、密かに心の中では、令嬢らしからぬガッツポーズをして喜びを噛みしめていた。

 皆が幸せそうにご飯を食べてくれると、私も嬉しいわ。私が考えた料理ではないのだけど。 

 それにしても、チヨは違和感が無いけれど、異国の風貌をしたイケメンのシンとタキがどんぶりを持ってご飯を掻き込む姿は、ちょっとおもしろい。 

 

「お気に召したようで、良かったわ。ふふっ、二人共、もう少しゆっくり食べたら? 喉を詰まらせるわよ?」


 次は何丼にしようかしら? こんなに喜んでくれると、次は何を作って驚かせようかって、楽しみが増えるわ。前世の自分も、両親がこんな風に喜んでくれたから、料理をするのが苦にならなかったのよね。


 完食した三人は、満足した様子でまったりとお茶を飲み始めた。

 それを見ながら皆の食べ終わった器を洗い場に持って行こうとすると、タキにトレイを取られてしまった。


「僕がやるから、ラナさんは座ってて良いよ」

「じゃあ、二人で片付けましょ? その方が早いわ。チヨ、シン、お茶でも飲んでてね。これを片付けてくるわ」

「あ、俺も手伝う」

「待って下さい、そんなの私がやりますよー」


 四人分の食器を洗うのに、そんなに人は要らないわよ?


「兄さん達は、休憩してて。僕とラナさんで十分だから。行こう、ラナさん」


 私が先に出てしまったから見えなかったけど、食器を持って部屋を出て行く前に、タキはシンに向かって一瞬だけ舌を出して見せた。


「な……! あいつ……ワザとだな」


 何かシンの声が聞こえたけれど、タキはクスクス笑いながら、空のどんぶりを載せたトレイを持って私の後に付いてきた。


「なあに? 私の背中に何か付いてる?」

「いや、何でもないよ。ちょっと兄さんが最近面白くて……クックック」

「シンが?」


 何か面白い事をしたのかしら。さっきのどんぶりを持ってご飯を掻き込む姿は面白かったけど、シンは基本的に仏頂面で、面白い事を言ったりもしないと思うのだけど。




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