2・私の秘密
「エレイン様、大丈夫ですか?」
駆け寄って私の顔を覗きこむのは、殿下の側近候補であり、私の友人でもあるヒューバート。
王宮筆頭魔道師の長男である彼は、あの中に居て唯一サンドラに傾倒しておらず、中立の立場で私との付き合いを続けている。
サンドラ信者には世渡り上手だと陰口も叩かれているが、決してそうでは無い。
私という婚約者が居ながらサンドラとも付き合い始めたフレドリック王子に苦言を呈した事もあるが、王子は耳を貸さずサンドラとの仲を深めて行った。
そんなフレドリック王子に不満を抱き、側近候補から外して欲しいとすら言っていたのだ。
先ほどから成り行きを見守る様に一歩下がってこの様子を見ていた彼も、さすがに黙って見ていられなくなったようだ。
私の頭を押さえつけるエヴァンの手を払い、大きな身体を押しのけて、彼との間に入ってくれた。
「今、私に声をかけては駄目です。向こうに戻って下さい、ヒューバート様。このまま行けば王太子殿下の側近になるのに、あなたの立場が悪くなってしまうわ」
エヴァンに睨まれたヒューバートは、それでも私に手を貸して、立ち上がらせてくれた。先ほどエヴァンの力で押さえつけられたせいで足に相当な負荷が掛かってしまった。
右足首は痛みを増し、立っていられない程の激痛に見舞われた。
「っ……!! ヒューバート様、ありがとうございます。私から離れて下さい、あなたを巻き込みたくありません」
ヒューバートは私に軽く押されて一歩下がったが、そこから動かなかった。エヴァンとの間に立って、心配そうに私を見ている。
痛みでクラリと眩暈がした。
それでも気丈にこの場をやり過ごさなければと自分を鼓舞し、額に脂汗を滲ませながらも背筋を伸ばしフレドリック王子と向き合った。
「ふん、いじめの事実を暴露されて青ざめているようだが、そうしてフラフラと立っていると、他のやつらが言うように、本当に幽霊のようだな。透けて向こうが見えそうではないか」
この国の人達は黒髪に焦げ茶の瞳で、彫りの深いハッキリした顔立ちの人が多い。中にはエヴァンのようにダークブロンドの者やヒューバートの様な金髪も居るには居るが、全体の半数近くは黒髪なのだ。
特に貴族は黒髪へのこだわりが強く、過去、戦に勝利して広げた領土から流れてきた民の多くが金髪や薄茶の髪である事から、それを蔑む傾向にある。
王族は国力を上げる為に他国から花嫁を迎え、過去何度か金髪の国王が出た事もあるが、それでも貴族達の差別意識は変わらなかった。
そしてサンドラは豊かに波打つ黒髪と、バサバサと音がしそうなほど濃い睫毛に縁取られた、大きな焦げ茶の瞳が印象的な美人だ。
私の方は、隣国の姫である母のダークブロンドでも父の黒髪でもなく、何故か母方の曾祖母のプラチナブロンドを受け継いで、肌も透ける様に白く、さらには珍しい藍色の瞳も曾祖母から遺伝していた。
つまり、私は両親ではなく、母方の曾祖母の容姿を受け継いだ事になる。
曾祖母は遥か遠くの、今は滅びてしまった小国からアルフォードに嫁いだ歩く宝石とまで言われた美姫だけれど、この国の貴族に言わせれば、その容姿はまったく好みではないらしい。
全体に色の薄い私は、滅びた国の亡霊だとか、幽霊だとか、さすがに直接聞いた事は無かったけれど、貴族男性の間では影でそう呼ばれているらしかった。
容姿が地味で目立たないかと言われれば、プラチナブロンドは確実に周囲から浮いているけど、顔の濃さで言うと地味と言われても仕方が無い。
眉も睫毛もキラキラ光って、パッと見は何も無い様にも見えるし、全体に白っぽい中、大きな藍色の瞳だけがクッキリ見えるのが気味悪く見られる原因かもしれない。
ただし、殿下の言った地味で目立たないとはこの見た目の事ばかりではない。
古い考えの父方の祖父の教えで、女は決してでしゃばらず、男より前に出るなと言われて育っている。
祖父に厳しくしつけられた私は婚約してからは特に裏方に徹する事を心がけ、いつだって影となり王子を支えて、清楚で控えめな装いで彼を盛り立てる事を考えて行動してきたのだ。
華やかな装いで派手に自己主張するサンドラと比べられてしまっては、そうですねと言うしかない。
殿下も周りの者達も気が付いていない様だが、私が影でフォローしていたからこそ次期国王として国民に支持されていたのだ。
婚約者である私を蔑ろにしてサンドラに現を抜かしてきたこの一年で、どれだけ支持率が下がってしまったのか気付いた時にはもう遅い。
もしかしたら、今となっては第一王子の方が人気は上かもしれない。
そして私には、誰にも言えない重大な秘密がある。
それは私が転生者であり、前世の記憶があるという事。
前世は日本の一般家庭に生まれ、趣味のコスプレを楽しむ26歳の会社員だった。
自分の顔が好きになれず、高校時代からメイクを研究し、詐欺メイクと言われるほど技術は向上した。
そして物づくりが好きだった私は衣装や小物を自作し、イベントにも積極的に参加していたのである。
そして運命の日、苦労して作り上げた衣装を持ってイベント会場に向かう途中で事故に遭い、気付けば異世界で公爵家の赤ん坊になっていた。
私から見て、エレインの容姿はかなり美しいと思う。
美人と言うより、儚くて可愛い、の方が表現的には合っているだろうか。
卵型の小さな顔に、大きな藍色の瞳。高すぎない小さな鼻に、笑うと八重歯の見える愛らしい口元。シミ一つ無い白い肌は滑らかで瑞々しく、プラチナブロンドの髪は手入れされて艶々と輝いている。
鏡を見ていつも思っていた。私が日本で作ってたファンタジーなコスプレ衣装がすごく似合いそうだなって。
実際この世界には魔法使いなども居て、騎士なんて漫画やアニメで見たようなデザインの制服を着ている。
普段着ている物は中世の貴族の物に近く、私の好きなゲームキャラの衣装を作って着ても意外と普通に受け入れられてしまうんじゃないかとすら思う。
厳格なエレインの祖父は化粧をして着飾る女を好まず、一般的に化粧は成人女性の嗜みであるにも拘らず、亡くなった祖母は夜会などに出席する以外ではノーメイクでいる事を強要されていた。
その為エレインも化粧を禁止されているが、これだけの容姿を持っていれば、渾身のフルメイクを施してみたいと思うのは自分だけではないはずだ。
この冬社交界デビューを控えたエレインの為に、母方の祖母が去年、練習用にとアルフォードの最新メイク道具一式をプレゼントしてくれた。その化粧品のほとんどが、日本で使い慣れた物に近いレベルで驚いてしまった。
これでフルメイクをして、1年前から別人として町に出て息抜きをしている。
ああもう、足の痛みで気が遠くなる。今は目の前の敵……いや、婚約者とその仲間達をどうにかしなければ。