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32・夢に出て来たあの子は誰

「エレイン、次は俺が投げるから、お前が打つ番だ」

「あははははっ、へったくそだなー、もう一回投げるぞー」

「もうっ、___様、ちゃんと真っ直ぐ投げて下さいよ! 的はここです、下手なのは___様の方ですよ」


「おい、大丈夫か! すまない、ぶつける気は無かったのだ。怪我はないか?」

「ふふ、平気です。___様、毛糸玉が顔に当たったくらいでは、怪我なんかしませんよ。次はキャッチボールしませんか? ほら、何度も玉拾いさせられる従者が可哀想ですもの」


 夢を見た。

 小さな子供の頃の夢。

 夢の中の私は、多分4~5歳で、優しいミルクティー色の髪をした同い年くらいの男の子と、はしゃいで庭を駆け回り、野球ごっこをして遊んでいて、何だかとっても楽しかった。

 あんな男の子、私の友達には居ないのに、何故か凄く親しげだったわ。男の子の名前と顔が、まるで映像にノイズでも入ったみたいに不鮮明で、どんな名前なのか、どんな顔なのか、まったく思い出せない。


 今感じているのはどこから来る感情なのかしら? 懐かしくて、切なくて、胸が締め付けられるよう。


 いつもの様に鳥の声で目覚めた私は、何故か涙を流していた。頬を伝う涙を手で拭い、顔を洗いにバスルームへ向った。そしてこの何とも言えない複雑な感情を、眠気と一緒に冷たい水で洗い流した。



 前世の私なら、小学校に上がる前はよく男の子に混ざって野球をしていたけど、今の私の子供の頃に、そんな遊びを一緒にしてくれる友達は一人も居なかった。エヴァンは私を常に女の子として扱い、庭で遊ぶにしても、決して走り回ったりなどした事は無い。

 おじい様の厳しい躾が始まったのが、多分6歳くらいの頃。

 そうだ、躾が始まる前の私は、のびのびと育ち、家族が呆れるほど勝気でお転婆な子供だったっけ。 

 だからおじい様は厳しかったのに、厳しくされている理由を忘れるだなんて、どうかしてるわ。私はいつから理不尽に叩かれていると思い込んでいたのかしら。前世の常識だと、子供への体罰は虐待だと騒がれるけれど、この世界ではまだ、ある程度それがまかり通っている。

 確かに厳しい人だけれど、根気良く躾けてくれたお陰でこの世界の常識を身に付ける事が出来たのよね。

 私は前世の考え方や常識に囚われて、物心付いてからは特に、この世界の常識を素直に受け入れられなかったから。


 ミルクティー色の髪と言えば、一瞬だけ見えたフレッド様の髪の色がそうだった。そんなに印象的だったのかしら。夢に見てしまうくらいに? 


「ああもう、考えても分からない。ただの夢よ」


 前世の記憶と今の記憶が、夢の中で混ざってしまったのかもしれないわ。もしかしたら、もっとじっくりあの男の子を見たら、顔は日本人だったかもしれないし。

 前にそんな夢を見た事があるけど、前世の高校にいる夢を見た時、チヨとシンとタキが出てきて、普通に同級生として会話してたじゃない。あれと一緒よ。


 顔を洗ったついでにコップに水を汲み、昨日シンに貰ったブルーデイジーに初めての水やりをした。


「おはよう、今日も新しい花が咲きそうね。いくつか蕾が膨らんでる。ふふ、本当に可愛いわ。シンはどんな気持ちであなたを買ってくれたのかしらね」


 私は花に癒されて、少しだけザワついていた気持ちが、ふっと落ち着きを取り戻すのを感じた。

 水色の花びらにチョンと触れて、身支度を始める為にその場から離れると、風も無いのに、時間差で私の問い掛けに答えるかのように、サワサワと花が揺れていた。


 身支度を済ませた私は、かまどに火を入れ、おにぎり用のご飯を炊き始めた。するとカタンと物音がして、眠そうに目を擦りながらチヨが起きてきた。


「ラナさん、おはようございますー、ああ眠い……」

「おはよう、チヨ。なあに? 寝不足なの?」

「はい、ちょっとだけ。実は昨日の夜遅くにリアム様が戻って来たんですけど、急用が出来たからって、フレッド様と二人、夜中に出て行ったんです。お二人はまたしばらく戻らないと言っていました」


 チヨの私室には、フロントのカウンターに置かれたベルの音が良く聞こえるので、夜間に出入りするお客様が居れば、彼女がその対応をしてくれている。外から来たお客様の到着を知らせるベルも勿論あって、ドア横の紐を引けば、屋内に付けられたベルがリーンと鳴る仕組みになっている。


「まあ、夜中にお出かけになったの? 明け方を待って出発すれば良かったのに、よほど急いでいたのね。わかったわ。ご飯が炊けるまで、もう少し寝ていてもいいわよ?」

「じゃあ、ちょっとだけ。ご飯が炊けたら起こして下さいね」

「ええ、お休み、チヨ」


 作業台に突っ伏して、すぐにスヤスヤと寝息を立て始めたチヨに毛布をかけてやり、私はおにぎりの具を準備し始めた。


 このままではチヨの負担が大き過ぎるわ。私の方はタキが作業に慣れてきたお陰で、私不在でもどうにかなるけれど、チヨの仕事は代わりが居ないものね。私の部屋まで紐を引いて、夜間専用にベルが鳴るようにしようかしら。


 そうこう考えているうちにご飯は炊きあがり、お釜からおひつにご飯を移し変えていると、その匂いに反応してチヨが起きてしまった。


「あ、もう、どうして起こしてくれなかったんです? そんなの私がやりますよ」

「……ねえ、チヨ。朝の営業を止めましょうか。早朝から深夜まで働き詰めで、いくら若いと言っても、これでは体を壊してしまうわ」


 私の突然の提案に、チヨは目を瞬き、首を横に振った。


「駄目です! 体は疲れてなんかいません。毎日ラナさんのご飯を食べてるおかげか、本当に疲れが溜まらないんです。大体、おにぎりの利益はかなり大きいんですよ! それを止めるなんて勿体無いです」


 チヨは儲けが減る事を心配しているようだ。でもやり方次第では、今よりもっと儲かるかもしれない。


「そうじゃなくて、朝売るのを止めて、前のようにお昼の営業の時に外の屋台で売れば良いじゃない。朝しか立ち寄れないお客様には申し訳ないけれど、その方が効率的じゃない? お昼に食べに来るお客様はたくさん居るのに、この狭い食堂では入りきれず、帰ってしまう人も多いわ。外でおにぎりを売れば、無駄足をさせずに済むでしょう?」


 私の説明に一応納得はしているみたいだけれど、まだ何かに拘っているチヨは首を縦には振らなかった。


「だって、それだと……」

「フィンドレイ様の事を気にしているの? あの方なら直接来られなくなっても、従者が代わりに買いに来るから心配無いわよ?」

「でも、だったら、そのお昼の販売を追加したら良いじゃないですか。どうせ売り子は他の女の子に任せるんですよね?」


 私達二人の仕事量を減らそうという提案をしているのに、増やしてどうするのよ。

 チヨはエヴァンを好きになってしまったのかしら。エヴァンもすぐに来なくなるかと思えば、毎朝来ているし。そのたびに私に話しかけに来るから、最近少し面倒な事になってきたのよね。

 どうしたら良いかしら。チヨにあの話をする? 女の子の夢を壊すようで気が進まないけれど。

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