1・学園創立記念パーティーは断罪の場
こちらで連載しているものは投稿時のままにしております。
改行が少ない、会話文が長文すぎるなどにつきましては、書籍の方で改善しております。
時間が無くて、すべての修正は出来ませんのでご了承ください。
エレイン・ラナ・ノリス公爵令嬢は、ワイリンガム王国の防衛大臣を務める父を持ち、隣国アルフォードの姫を母に持つ、この国の貴族令嬢の中でも頂点に立つ令嬢である。
しかし、そんな両親を持って生まれた彼女は今、学園の創立記念パーティーの最中にいきなり突き飛ばされ、床に倒されている。そして会場の中心で、婚約破棄すると叫ばれていた。
「エレイン・ラナ・ノリス! お前との婚約は破棄させてもらう! 私の大切なサンドラに対する数々の非道な行い、全てこの耳に入っているぞ! 己が地味で目立たぬからと言って、美しいサンドラに影で嫌がらせをするとは、外見だけでなく心根まで醜いな! 心優しいサンドラが、お前を責めるなと言うから今まで我慢してきたが、それももう限界だ!」
私の婚約者であるフレドリック殿下の隣には、昨年この学園への編入を特別に許された、聖女と予言された少女が寄り添っている。しかし、私が思うに多分彼女は聖女でも何でもない。
今から十六年前の大量に星が流れた夜、大神殿に仕える最高神官により、信じられない事が予言された。
「もうすぐこの国に聖女様がお生まれになる! その御力が覚醒するのは十五歳から十六歳の誕生日を迎えるまでの間。聖なる力を持ってこの地の民を救うだろう」
大神殿には、事実かどうかも定かでない、大昔どこかの国に現れたという、聖女の起こした数々の奇跡について書かれた古い書物が残されており、国王を筆頭とする権力者達は、この予言を信じ、今か今かと聖女が現れるのを待っていた。
そしてそれから十五年経ったある日の事、王宮の門前で流れの予言者が言った「彼女は聖女の生まれ変わりである!」という一言で、たまたまその近くを歩いていた、ただ美しいだけの少女は、たちまち聖女へと祀り上げられてしまったのだ。
少女の名前はサンドラ。学校へも通えない、貧しい平民娘であった。
しかしいくら待っても彼女に聖女の力は現れず、あれから一年が過ぎようとしている。そしてサンドラは十六歳の誕生日を間近に控えていた。そのため周囲の大人達からは、ずいぶん前から間違いだったのではと疑いの目を向けられていた。
それを王子達が庇い立て、まだ目覚めていないだけで彼女は間違いなく聖女だと言い張っている。
皆は気が付いていないだろうが、予言者の言った言葉は「聖女である」ではない。
あくまでも彼が言ったのは「聖女の生まれ変わり」であり、要するに生まれ変わった今は、ただの普通の女の子という事ではないかと私は考えている。
しかもそれが嘘か本当かは誰にも分からず、予言者を咎める事も難しい。誰かの生まれ変わりかどうかなど、証明する術は無いのだから。
予言者は聖女を見つけた褒美にと、国から金貨二十枚をせしめて早々に姿をくらましていた。
書物によれば本物の聖女とは、魔を祓えるほどの強力な癒しの力を持つ乙女とされているが、私は聖女なんてものは初めから存在しないのではないかと考えている。
サンドラは、平民であるが故に貴族令嬢達からは爪弾きにされて来たが、誰も嫌がらせなんて低俗な事はしていない。私は影が薄いながらも学園の令嬢達をまとめるリーダーとして、サンドラに何かしようとする令嬢達を窘めて、思いとどまらせて来たのだから。それなのに、彼らの中ではどういうわけか私が非道な行いをした事になっている。
会場内では私を擁護しようとする令嬢達が私の背後にズラリと並び、フレドリック王子とサンドラを睨んでいる。男性からはあまり好まれないけれど、女性からの支持はあるというのは救いだ。
「皆さん、おやめになって。私なら大丈夫です。大切な学園の創立記念パーティーをこのような事で台無しにするわけに参りません。フレドリック殿下、場所を変えましょう。婚約破棄など今このタイミングで、それも皆様の前でするものではございませんわ」
私は良かれと思って別室で話し合いましょうと提案したのに、サンドラは何を思ったのか、殿下を庇うように前に立ち、涙目になって私を批難し始めた。
今日の彼女は学園行事に相応しいとは言えない、どこぞの姫かと見紛うほどの豪奢な装いだった。
着ているドレスは平民にはとても手の届かないはずの最高級の絹織物を贅沢に使い、流行のデザイナーにデザインさせ、王室御用達の仕立て屋に仕立てさせた、誰が見てもひと目で分かる一級品であった。そして何故か頭には、私が受け取るはずのティアラを乗せ、誰が選んだ物なのか、首元でやたらと存在感を放つネックレスと揃いの、とても重そうな大粒のルビーとダイヤのイヤリングがキラキラ輝き耳元で揺れていた。
「酷いです! フレドリックを皆の見ている前で注意するだなんて、あなたは王子様を馬鹿にしているんですか?」
「馬鹿になどしていませんわ。どうしたら今の言葉をその様に曲解する事が出来るのです。あなたこそ、大勢が見ている前で王太子殿下を呼び捨てになさるだなんて……非常識にも程があります」
いくら聖女として扱われていようとも、王太子殿下を呼び捨てにするのはいくらなんでも有り得ない。あまりの非常識さに呆れてその事を指摘すると、今度は王子が彼女を庇った。
「黙れ、エレイン! サンドラには名を呼ぶ事を許しているのだ、お前に批難されるいわれは無い! お前は普段からそうやってサンドラに対し、ネチネチと嫌味を言っているのだろう? 可哀想なサンドラにはお前からの嫌がらせを逐一報告させてきたが、健気にも悪いのは自分だからエレインを責めないでと頼んでいたのだぞ。それを良い事に嫌がらせはどんどんエスカレートして行き、ついには暴漢を差し向けるまでに至ったな! 今この場で何をしてきたのか皆に聞かせてやろう。サンドラ、私が付いているから、この場でこの女の悪事を暴露してやるといい」
この人達は何を言っているのだろう? 私が何をしたというのか。まったく身に覚えの無い事で罵倒され続け、ただただ呆然として彼らの言い分を聞くことしか出来ません。
サンドラはフレドリックの後ろに隠れ、彼の腕にしがみ付いて子犬の様に震えながら、私がやったと言う嫌がらせについて話し始めた。
「エレイン様からは、自分の身の丈に合った学校に転校しろ、目障りだからさっさと学園を辞めろと、周りに誰も居ないときを狙って嫌味を言われていました。あとは、私がうっかりエレイン様のインク壷を引っ掛けて床に落としてしまった時に、床にこぼれたインクを私のドレスで拭えと命令されて、怖くて言う通りにしたら、それ以来何度も私のスカートにインクをこぼされました。それに、雨の日の翌日には、泥で汚れた床をその粗末なドレスで綺麗になるまで磨くようにと言われて、床に這いつくばって泥だらけになりながら掃除させられた事も。一番酷かったのは、汚れた服の代わりにとフレドリックがくれたドレスを着て登校した日の帰りに、暴漢に襲われました。その時はエヴァンが一緒だったから助かりましたけど、本当に怖かった……」
小刻みに震えながら被害を訴える姿は同情を誘うけれど、言っている内容はすべて嘘。
実際にそれを言ったのは他の令嬢達で、私は彼女達を窘めただけ。しかもサンドラに直接言ったのでは無く、彼女が殿下の所へ行っている間の事だったはずだ。きっと近くで聞いていた誰かが彼女に告げ口したのだろう。
確かに陰口を言った令嬢達の気持ちも理解出来なくはない。そもそも平民の彼女が貴族の受ける授業内容に付いて行けるわけもなく、試験もせずに入れたのがおかしいのだ。
ちなみに、口に出しては言わないが、授業に付いていけないのならば学力に見合った学年に入り直せば良いのにとは思っている。
わかりやすく言えば、初等科の生徒がいきなり高等科の授業を受けさせられている様なもの。平民が習うのは初等科の一年生が習う程度の日常的な読み書きと、足し算、引き算位のもので、それ以上を勉強するには高額な授業料が必要なのだ。裕福な商家の子供には通えても、サンドラの様に子供のうちから働きに出なければならない家の子は、普通そのまますぐに社会に出て、大人になって行くものだ。
インクの件も覚えているけど、内容は全然違うものだった。あの時は他にも教室に残っていた人が数名居たはず。この調子では、真実を話したところでこの人達は信じはしないだろう。このまま誰も何も言わないで欲しい。王族とのゴタゴタに巻き込まれて、良い事なんて何も無いのだから。
私の友人である女生徒以外は彼女の訴えを信じてしまったのか、眉根を寄せて私に軽蔑の眼差しを向けていた。
そして彼女の言うエヴァンというのは王国騎士団の精鋭集団フィンドレイ隊を率いる隊長の次男で、うちの父と彼の父は学生時代からの親友同士。
殿下との婚約が決定する前は、親同士の口約束ではあったけど、彼が私の結婚相手となる予定だった。そして互いにその事を意識して、幼いながらも淡い恋心を抱いていた。
彼は父親と同じく騎士を目指す将来有望な少年で、サンドラが入学してくるまでは、私とはとても仲の良い幼馴染だったのに、気付けば彼は私を蔑むようになり、話しかければ睨まれて、理由も分からず、いつの間にか嫌われていた。長い付き合いだと言うのに、好きな女性ができるとこんなにも変わってしまうのかと、とても残念に思っている。
「誰に聞いたか知りませんが、転校の話は私が言ったのではありません。それから、ドレスで床を拭くようになんて言った覚えも無いわ。サンドラさんは分かっているでしょう? あなたの名誉の為に、あれは約束通り黙っていて差し上げますけど、嘘は良くないわ。あと、これだけは言わせて欲しいのだけれど、私、神に誓ってあなたに暴漢を差し向けたりなんてしていません。いつだってエヴァン様があなたの護衛代わりに付き従っているのだから、それが嘘か本当かは、彼が知っているでしょう? エヴァン様、この方の言っている事は、事実ですか? あなたは将来騎士となるお方。真実のみを語ってくれると信じております」
私は真剣な眼差しでエヴァンに語りかけたあと、いつまでも無様に床に座ったままではいられないと思い、立ち上がろうとした。
どうやら最初に突き飛ばされた時に足を捻ったらしい、右足首に激痛が走る。
サンドラはあざとくもエヴァンの袖をぎゅっと掴み、彼に向けて男の庇護欲をくすぐるような、潤んだ不安げな視線を送っていた。
エヴァンはツカツカと前に出たかと思うと、足の痛みでふらつく私を頭からグイと押さえつけ、力ずくで床に座らせて、大声で罵った。
私は右足首の激痛に思わず顔を歪め、耐え切れずぺしゃりと床に崩れ落ちてしまった。
足を庇おうとおかしな体勢になり、片手を着いたが間に合わず、膝を着いた衝撃はダイレクトに足首まで響いた。周りに誰も居なければ大声で叫びたいほどの激痛に襲われて、それでも私は奥歯を噛んでそれに耐える。
彼が頭を抑えつけたせいで綺麗にまとめてあった髪は乱れてボサボサになり、横に流して留めてあった前髪はハラリと垂れて顔にかかった。悔しいが、そのお陰で周囲の人に苦痛に歪む表情は見られずに済んだ。
「暴漢に襲われたのは本当だ! それも二度もな! 一度目はかなりの手練れで取り逃がしてしまったが、二度目の時は捕まえて誰の差し金かと尋問したら、男達はお前に頼まれたと自白したのだ。それにやつらの懐からはお前の筆跡の指示書と前金が出て来たぞ」
「……!?」
「お前は普段、品行方正なふりをして、影ではか弱い女性に男を差し向けるような卑劣な女に成り下がったのだな! 長年友だと思ってきたが、あれには心底がっかりしたぞ!」
酷い罵りに全身が凍り付く。エヴァンを怖いと感じたのはこれが初めてだった。
「ドレスにインクをかける場面こそ見ていないが、インクで汚れたドレスは見た事があるし、サンドラが泥だらけの床に這い蹲り、泣きながらドレスの裾で床を拭いているところは何度か目撃している。彼女はお前に命令されたと言って、殿下に泣きついていた。そんなに殿下を取られて悔しいのなら、彼女に当たるのではなく、殿下に直接言えば良い!」
エヴァンが嘘を言っているようにも見えないけれど、それが本当ならば誰かがサンドラを邪魔に思い、刺客を放ったという事になる。
あなたは本気で、私がそんな恐ろしい事をしたと思っているの?
「私は何もしていないし、何も知らないのよ……? どうしろというの……?」
「正直に言え。お前は俺が捕まえたあの男達を逃がしただろう? 俺が警備兵を呼びに行っている間に、縛っていたロープを解いて、閉じ込めていた部屋から男達と一緒に逃げるおまえを見たとサンドラが言っている。言い逃れは出来ないぞ」
久しぶりに間近に見るエヴァンは、私を冷たく見下ろして、普段他人の前ではあまり感情を面に出さない彼らしくも無く、人前で怒りを露にした。
どんなに違うと言っても私の言葉は彼には届かない。悲しくて、いっそ泣いてしまいたかった。
「一体何の話なの……? それがあったのはいつ? 私が関わっていない事を証明するわ。具体的にいつの事か教えてさえくれれば……」
それを聞いたフレドリック王子は、アーロンが持っていたグラスを奪い、怒りに任せて私に向けて投げつけてきた。
「往生際の悪い奴だ! 証拠が残っているし、お前が犯人と共に逃げる姿をサンドラが見たと言っているだろう!」
入っていた飲み物は投げた段階でその殆どが床に散ったが、前に居たエヴァンの背中にも降り注ぎ、グラスは私の肩に当たると割れずにコロンと転がって、僅かに残ったワインは胸からスカートにかけて点々と赤いシミを作った。
エヴァンは一瞬表情をこわばらせて心配そうに私を見たけど、怯えた表情を見せた私と目が合うと、ググッと手に力を込めて、目が合わないよう私の額を床に近づけ、顔を上げさせてはくれなかった。
エヴァン、私の言葉、聞こえてないの? まさかあなたがこんな事までするなんて。
いくら身に覚えが無いと言っても、この人達は一切信じるつもりはないらしい。私の言葉は友には届かず、絶望感に見舞われた。
目の前が暗くなるってこういう事を言うのね。あなたを親友だと思っていたのに、私は知らぬ間にそんな恐ろしい罪を着せられていただなんて。正義感の強いあなたは、より弱い立場の者を守ろうとする。
私は差し詰めあなた達の物語の中では、ヒロインをいじめる悪役令嬢というところかしら? 今の私のこの姿は、あなたにどう映っているの? 女性を力でねじ伏せるだなんて、騎士道精神にもとる行為でしょう?




