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23・王子の誤算

「アーロン、いい加減サンドラに会わせろ! 今すぐここに連れて来い」

「殿下、聖女様には毎日会っているではありませんか」


 呆れた様に私に答えるアーロンは、側近候補から正式に側近になり、今現在私の側近はコイツ一人だ。


「あれは会ったとは言わん。登校してきたサンドラを廊下で見かけただけだろう」

「はぁ……毎日顔を見られるだけでも感謝して欲しいな……」


 アーロン、小声で言っても聞こえてるぞ。恋人と会うのは当たり前の事だろう、何が言いたい。

 どいつもこいつも、ずっとあいつを放置していたくせに、聖女であるサンドラが奇跡を起こして見せたから何だというのだ。奇跡を起こすのは当たり前だ、聖女なのだからな。

 預言者ははっきりと、あいつを聖女の生まれ変わりだと宣言したんだ。周りの大人達がどれだけ疑おうとも、私は初めから信じていた。

 祭りが行われて以降、あいつを私から引き離し、監視まで付けて、今になって聖女の貞操を守ろうというのか?

 こんな事なら、さっさとサンドラの純潔を奪ってしまえば良かった。ただの女にしてしまえば、あいつは自由の身になれた。そして、今も人知れず南の離宮に引きこもったままの、心を病んだ哀れな我が母と三人で、この国の何処かで静かに暮らす事も出来たはず。


「私の恋人だと公にしたはずなのに、学園以外では会う事も出来ないではないか。しかも学園で会うにしても監視の目が光っていて、二人きりになる事を許さない。何故だ!? 邪魔者は居なくなった。コソコソ付き合う必要は無くなったのだぞ。これでは、エレインが居た頃の方がまだマシだった!」


 サンドラをいびるあの幽霊女の顔など見たくもないが、私が我慢していれば良かったのか。サンドラが可哀想で、見ていられなかった。あの時はああする事が最善だと思ったのだ。

 これ以上あの女に、彼女を傷つけさせたくなかったからな。

 サンドラは優しい娘だから、決してエレインを責めるなと言ったが、二度目の襲撃の後、警告としてこちらから送った男達は、エレインに気付かれる前に返り討ちに遭って戻って来た。

 あの女、どれだけ周囲に手だれを配していたのだ。警戒の仕方が普通じゃない。だからこそ、あの女がサンドラを襲わせた黒幕だと言えるのだ。

 証拠もある。自分が特殊なインクを使っているとも気付かない馬鹿め。あの日エヴァンが、サンドラのドレスに付いたインクの色に気付かなければ、あのインクが特別で、エレインの使っている物だとは知らないままだった。


「コソコソ……ですか。学園中が知っていたのに、あれをコソコソとは言いませんよ、殿下。寧ろサンドラを守るために、ワザと見せ付けているのだと思っておりました。アレも悪かったのですよ。祭りで無理矢理良いイメージを持たせようとしたのが逆効果でした。殿下とサンドラの関係を知らぬ者達に、その馴れ初めを芝居にして見せましたが……あの脚本はちょっと」


 本当に腹の立つ男だ。この私に対して、歯に衣着せぬ物言いをして、思っている事をズバッと言い捨てる。だからこそ、誰よりも信用はしているが。


「私とサンドラで考えた脚本に文句があるのか。あれこそが真実だ。少しも脚色していなかっただろう」

「フッ、ククク……殿下、お二人がどんなに惹かれあったとしても、関係ありません。殿下のなさった事は、婚約者に対する裏切りでしかないのですよ。それをあんなに美化してしまって……ヒューバートが居た頃は、よく注意されていたのをお忘れですか? 私はエレイン様の言っていた事はもっともだと思いましたね。サンドラを選ぶと決めたなら、先に筋を通すべきだったのでは?」


 ヒューバートか、あの裏切り者め。エレインに肩入れし、私に苦言を呈する嫌な男だったな。元々ウィルフレッドの側近だと聞いたが、叔父上は何故あいつに拘って私の側に置いたんだ? 治癒魔法が何だというのだ。忌々しい。


「我々を父上に売ろうとしたあの裏切り者の話は金輪際するな。ところで、エヴァンはどうした? ここ数日、学園にも顔を出していないようだが」

「私の意見は無視ですか。……さあ? 体調でも悪いのでは? 私の元にも、特に連絡は来ておりませんね。彼に何か用でも?」

「いや、ちょっと思い出しただけだ」


 エヴァンも何を考えているのか読めない男だ。エレインと深い仲だと噂になったが、以前から付き合っていて、その上で私の側近になりたいと言ってきたなら、将来は影で王妃の愛人にでもなる気でいたのか? そんな男でも、サンドラの魅力には勝てなかったようだがな。

 

 私からも幼馴染からも見放されて、あの会場で見たエレインの顔は見物だった。いい気味だ、私のサンドラを傷つけた罰だ。本当なら、床に転がるあの女の腹を蹴り上げてやりたかったが、エヴァンが邪魔したせいでグラスを投げつけるしか出来なかった。まさかあいつ、わざと邪魔したのか?

 ノリス公爵家も、あの女の処分に修道院行きを選ぶなんて生温い、聖女に暗殺者を差し向けるような罰当たりなど、市井にでも放り出して、野垂れ死にさせれば良かったのだ。


「私がサンドラの教室まで会いに行く。付いて来い、アーロン」

「はいはい、行っても会えるかどうか分かりませんけどね」

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