19・私のイメージ
「なあ、あんた知ってるか? 何週間か前に、聖女様のご実家が火事で全焼したんだとよ。聖女様は外に出ていて無事だったらしいが、家族は全員焼け死んだらしい。小さな弟も居たって話だ。可哀想にな。一番身近な家族には、聖女様のご加護は与えられなかったって事か」
カウンター席で軽く朝食を取っていた宿泊中のお客様達の会話が、ふと耳に入って来た。
「ああ、スラム街に住んでたんだろ? そんな治安の悪いところに大事な聖女様を置いたままにしとくなんて、危ないとは思わなかったのかね。じゃあ今頃はきっと、城で優雅に生活してるんだろうな。なんたって、この国の王子様が恋人なんだろ? 聖女と言いながら、それもどうかと思うけどな」
サンドラの実家が、火事? 家族を全員亡くすだなんて、随分落ち込んでいるのでしょうね。彼女には色々とやられてしまったけれど、それとこれとは別の話。心からご冥福をお祈りします。
「ラナさん! ツナマヨおにぎり四個お願いしまーす」
「え? あ、はいはい、すぐ作るわ」
おにぎりの売れ行きは相変わらず絶好調で、毎朝仕事に行く前に買い求める男性客の列が出来、チヨの居るカウンターから宿の外までそれが続くというのが朝の風景となっていた。
そして私は今まで以上に大忙しとなっている。何故なら、チヨと二人で作っていたおにぎりは、買う側にしたら回復効果に当たり外れがあり、不公平ではないか、とチヨが言い出したのだ。その為今は私が一人で作る事になってしまった。気にする事は無いと思うのだけど、前は二人で作っていても、特に何も言われなかったもの。
どんなルールで回復効果が現れるのか、そのうち実験してみるべきかしら。
「チヨ、ツナマヨはこれで完売よ。後は焼鮭と……梅干し、おかかも出来るけど、ご飯の残りが、精々後5個分くらいしか無いわね」
「もう、その鮭は私達の朝ごはん用だから駄目ですよー。あ、いらっしゃいませー」
チヨは私に不思議な力があると分かっても、少しも態度を変えなかった。多分、彼女なりに薄々気付いていたからなのだろう。シンも、勿論タキも、これまで通りに接してくれる事に、どこかホッとしていた。
もしも私が公爵家の人間だと知られてしまっても、彼らなら大丈夫な気がした。
「えーっと、ですから、それはもう完売なんですよ。ごめんなさい。今出来るのは、梅干しと、おかかです」
「うめぼしってのは、昨日騙されて買ったスッパイやつだな。あれは食い物じゃない。思い出しただけで唾が出るぞ。前に見た事あるが、おかかってのも、あれは木の削りカスだろう、もっとまともなのは無いのか?」
「どっちもちゃんとした食べ物ですよ! 嫌なら明日、早めに来て下さいっ」
チヨは自国の食べ物を侮辱されて、頬を膨らまし、相手に食って掛かっていた。
チヨ……。腹が立つのは分かるけれど、感情的になってお客様に食って掛かるのは良くないわ。
私はチヨに加勢するために、急いで残りのご飯で作れるだけ梅とおかかのおにぎりを作り、それを全てカウンターに持って行った。
「いらっしゃいませ。いつもありがとうございます。ごめんなさいね、ツナマヨは売り切れてしまったんです。梅干しは駄目ですか? 疲労回復には一番効果がありますよ。おかかは、お魚を加工した保存食で、栄養がたっぷり詰まっているんです。どちらも体に良い食べ物ですよ」
その少年は、いつもなら出てこないはずの私が厨房から現れた事で、少し挙動不審になってしまった。まだ話をした事は無いけれど、多分、年は私とチヨの中間くらいで、健康的に日に焼けた気の強そうな男の子だ。
先ほどから気になっているのだけど、後ろに何か隠し持っているみたい。まさか、刃物なんかじゃないわよね?
少年は気まずそうに俯いたかと思えば、バッと隠していた手を前に突き出し、持っていたそれを私の前に差し出した。
動きが早すぎて一瞬それが何なのかわからなかったけれど、チヨを背に庇うように後ろに下がらせると同時に、私の視界に入ったのは可愛いピンク色の花だった。
「ラッ……ラッ、ラナさん! これ! もらってくれ! 俺が今仕事で育ててる花なんだ。何かラナさんのイメージにピッタリだと思って……!」
彼が差し出しているのは、新聞紙に包まれた可愛らしい淡いピンクのガーベラだった。たった一輪だけど、大きな花をつけた立派なもので、差し出す手はプルプルと振るえ、耳まで真っ赤になっていた。
エヴァン以外の男性から花をもらうのは初めてで、前世も今も、モテたためしの無い私には、この状況をどうしたら良いのか分からない。嬉しいけれど、すごく恥ずかしい。これ、彼はもらってと言っただけで、告白をされた訳ではないのよね?
そこへ食堂で朝食を済ませたお客様達が私達を微笑ましげに見ながら、ゆっくり部屋に戻って行った。
おかげで更に恥ずかしさが増し、真っ赤になった彼につられて、自分の顔も照れて赤くなっていくのが分かった。
「何よあなた、ラナさんのファンだったの?」
チヨは私の後ろからひょっこり顔を出し、ジトッとした目で彼を見ていた。
「違っ……わない。とにかく、これは俺がラナさんのために育てた、特別なやつだから。ちゃんと親方にも許可取ってきたから心配ないし。ん、貰ってくれよ」
私は彼の手からそっと花を受け取って、その花の可愛らしさに思わず笑みが零れた。
「ありがとう。とっても可愛いわ。私、ガーベラが大好きなの」
「へへ、その顔が見れただけで満足だ。他のより色が淡くて、ラナさんみたいだなって思ってたんだ。あー、昼飯どうすっかな……やっぱ、あるやつでいいや。うめぼしは疲労回復に効くんだっけ? それ二個くれよ」
「毎度ありがとうございます。これ、中身はおかかだけど朝ごはんにどうぞ。お花のお礼です。しっかり食べて、お仕事頑張ってね」
「……ヤバイ、俺今日すっげー頑張れそう……!!」
喜びを噛みしめる様に呟く彼に、私は軽く微笑んで、おかかのおにぎりを一つ、別に包んで彼に渡した。会計を済ませて出て行こうとした彼は、思い出した様に振り返り、照れ笑いして私を見た。
「俺、まだ名前言ってなかったな。ケビンって呼んでくれ。じゃあ、また明日な」
ケビンと名乗った少年は、満足気な表情で、颯爽と店を出て行ってしまった。
「ねえ、チヨ、ところでこれが私のイメージなの? 私は薔薇をイメージしてキツ目にメイクしているのだけど、ケビンにはこう見えているって事なのね」
「ええー、薔薇のイメージじゃないですよ。んー、薔薇だとしても、小さな白い花かピンクの花の付く可愛い品種でしょうね。私も、そのお花はラナさんみたいだなって思います。すごく可愛いですね」
「そう……」
「あれ? 嬉しくないんですか? 多分顔だけじゃなく全体の雰囲気の事を言ってるんだと思いますよ? 明日はこの花をイメージして、もう少し可愛い感じのお化粧にしてみて下さいよ」
自分とは正反対のイメージを作り出そうとしたけれど、性格は変わらないのだから当然と言えば当然か。ずっとこのメイクでやってきたけど、そろそろ違うメイクをしても良いかもしれない。折角可愛い顔に転生したんだし、もっと自由に楽しむ事にしよう。
「おはよう、ラナさん、チヨちゃん。あ、花を飾ったんだね」
「はよー。良いじゃん、女の子がオーナーなんだから、それっぽい飾りもあって良いと思うぞ。なんかその花、オーナーっぽいな」
出勤してきたシンとタキは、今日は表から入って来たかと思えば、すぐにカウンターに飾った花に気付いてくれた。シンまで私っぽいと言うのだから、周りの目にはこう見えているって事なのね。
「おはよう、シン、タキ」
「おはよう! 二人共、この花どうしたと思います? さっき、いつもおにぎりを買いに来る男の子がくれたんですよー。真っ赤になっちゃってー、二人共すっごく照れてて面白かったんですよー。うふふふ」
チヨが面白がって二人に報告すると、二人からは笑顔が消えた。
「へえ」
「ふぅーん、そうなんだ」
あれ? 何だか不穏な空気なんですけど、二人共どうしちゃったの?




