208・曾祖母の秘密
「なぜ私達を不審に思わないのですか?」
私が尋ねると、エルカット王は腰のベルトポーチから何かを取り出して私達に見せた。
最初に目に入ったのは翼を持つライオンと世界樹。どうやら紋章を模ったブローチのようである。
紋章の下ではドロップ型の黒い石がゆらゆら揺れている。
「二人とも、これと同じ黒い石の付いたペンダントを持っているね?」
確信を持って尋ねられた。
それもそうだ、神殿に入るにはこの石が必要なのだから。
私とシンは目を合わせ、同時にペンダントを出して見せた。
するとエルカット王はコクリと頷き、優しく微笑む。
「君達はどのようにしてそれを手に入れたんだい?」
普通に考えれば元の持ち主の身内と思うところだけれど、盗品の可能性もあるのだから、これは当然の質問である。
それに当時の状況を思えば他国での新生活の為に宝石類を換金してしまうとも考えられた。
現に私の曾祖母は、身に着けていた宝石類を身寄りのない子ども達にお金の代わりにあげてしまっていたのだから。
お先にどうぞとシンに目配せすると、シンは軽く頷いて王の質問に答えた。
「これは元々、祖母の物です」
エルカット王は真顔になり、シンの顔を凝視した。
「そういえば、シン・アルステッドと言ったね?」
「はい」
「もしやユアン・アルステッド卿の縁者なのか?」
「祖父をご存じなんですか?」
「直接知っている訳ではないのだが、私の叔母のソフィア王女の護衛として、その名が記録にあったからね。つまり君のペンダントはソフィア王女の物という事だろうか」
「はい、二人は結婚してワイリンガムの王都で庶民として暮らしていました」
「そうだったのか……。叔母は当時まだ十四、五歳だったはずだ。外国で庶民生活など、相当苦労しただろうに」
「いえ、ラナの曾祖母の援助で生活に困る事も無く、庶民生活を楽しんでいたみたいです。それから、彼女の曾祖母もペンダントの持ち主ですよ」
「ほお、君の曾祖母の名は?」
「名は私と同じラナ、旧姓はクロンヘイムと申します」
そう伝えると、エルカット王は息を吞んだ。
「――!! ラナ・クロンヘイムだって!?」
「は、はい……」
あまりの驚きように困惑する。
私の曾祖母はそんなに有名だったのだろうか。
「まさかここで……未来予知で民を救った巫女殿の曾孫に出会えるとは思わなかった……!」
未来予知という予想もしない言葉が飛び出して、私は耳を疑う。
「あの……それは私の曾祖母の話……ですか? 姫巫女様の預言だったのでは……」
「聞いていないのか?」
「いいえ、魔力を持たない人だったとしか」
「そうか……。父から聞いた話では、子どもの頃から何度か夢で未来を見ていたらしい」
夢で未来を見ていた……?
ふと、祭壇の下で見つけた巫女達の部屋が頭に浮かぶ。
確かにあの環境で暮らしていたら、何かしらの能力が開花しそうだけれど。
「とは言っても」
エルカット王はさらに続けた。
「実際その場面に出くわすまで、ただの夢か未来かは本人にもわからないのだとか。大災害の夢を見た時に初めて人に話してみたそうだよ」
「そのような不確かな情報だったのに、国民を避難させたのですか?」
「夢よりも前、他国の侵略が始まった頃にソフィア王女が神託を受けていたからだ。私達は神の怒りに触れた。楽園を血で穢した報いを受けるだろう、と」
「その『報い』ってのが予知夢の内容か……。確かに、ラナの曾祖母の予知夢が無ければ、国民は水の底に沈んでいたかもしれないんだな」
「そう、だからこの国の民及びその子孫は、あの方に感謝してもしきれない恩がある」
何だか、今まで不思議に思っていた事がすべて繋がった気がした。
女神の日記が私の手元に来たのは、きっと偶然なんかじゃない。
予知能力を持っていたからこそ、たくさんの子孫の中から「私」に女神の日記が託されたのではないだろうか。
私が祖国アルテミ復活の鍵となる未来をずっと昔に見ていたのだとしたら?
「あの……もしや、私達がこの国に来る事をご存じだったのですか?」
「正直半信半疑だった。ただの夢である確率は二分の一だからね」
「予知の内容をお聞きしても?」
「もちろんだ。私の父は君の曾祖母が国を出る直前に手紙を受け取っていてね、それには『神殿に二人の男女が現れる。彼女の声は神に届きこの地は息を吹き返す』と走り書きされていた」
予想が当たり、鼓動が早くなる。
「書かれていたのはそれだけですか?」
「それだけだ。何年先の事か、二人がどんな容姿なのかも書いておいてほしかったよ。お陰で私の娘がその予言の女性になると言いだして、随分前にペンダント探しの旅に出てしまった」
国王の娘……ペンダント探しの旅……。それって誘拐事件で出会った第三王女シェリア!?
彼女本物の王女だったのね……。
「失礼ですが、わざわざ危険を冒してペンダントを探しに行かなくても、陛下のお持ちになっているブローチがあれば神殿に入れるのではありませんか?」
「神殿には入れる」
「神殿には……?」
「石は反応するのに、なぜか祭壇の間ヘの扉は開かなかった」
だったら他の巫女や神官のペンダントでもよさそうなのに、彼女はピンポイントで私のペンダントを探していた。なぜ?
「これ以外に神官や巫女のペンダントは存在しないのですか?」
「皆紛失を恐れて、祭壇の間に置いて行ったらしい。持って出たのは最後に扉を閉めた君の曾祖母とソフィア王女だけだ」
「そうだったのですね……。今でも扉は開きませんか?」
「どうだろう、試してないんだ。他に気になるところが多すぎてね」
エルカット王は私とシンを見た後周囲を見回し、わかるだろ? と肩をすくめる。
水が抜けてあらわになった領地の視察と得体の知れない私達の捜索。実に大変そうだ。
「ふふ、それもそうですね。では今度試してみてください。もしかしたら開くかもしれません」
「ああ、そうしてみるよ」
その後私達は宿木亭の事をエルカット王に話し、移住する為の手続きを終えた。
これでもう後戻りはできない。
しばらくはワイリンガムとアルテミで二重生活をする事になりそうだけど、チヨの実家から人手をよこしてもらえるなら、どちらも問題なく運営していけるだろう。
ただ心配事が一つ。
誘拐事件で助けた第三王女の存在だ。
あの時は一応顔を隠していたけれど、救出に現れた集団が私達だと気づかれたらちょっと厄介である。
先手を打ってエルカット王に事情を説明しておいた方がいいだろうか。
でもワイリンガムにいた私達がどうやって王女より先にアルテミ入りしたのか説明ができない。
困ったわ、王宮と宿はかなり離れた場所にあるし、会う事は無いと思いたいけれど。
できれば彼女と顔を合わせる事がありませんように。




